第3話 人間は生きた資料

 この物語はその子の過去が進行上、かなり重要なものとなっていて、彼女は幼いころに両親を目の前で殺され、その犯人を捜し続けている。

そんな彼女に同情した主人公が手伝いをしていくうちに様々な出来事に巻き込まれていくというもの。

 それはかなりの文量を使って書いたものなのだけど……

「浅い」

「えっと」

「彼女は幼いころに復讐を誓った」

「はい」

「でも、それだけじゃない」

「?」

 それだけじゃないというのは何のことだろう。

「復讐を誓ったのは何歳?」

「えっと、六歳です」

 七歳の誕生日の前日に両親が殺されてしまっている。

「そう、書いてある。でも、今は十六歳。彼女は十年間、復讐心を抱き続けている?」

「そうです」

 彼女、ヒバリは、それから身寄りがなかったため、孤児院で育つことになるが、復讐心を糧にして人一倍努力をして特待生として、帰属ばかりが通う学園に通うことになる。

「そう見えない。まるで昨日の出来事みたい」

「それは、強烈な出来事だから鮮明に覚えているというか」

「言う通り。でも、話はそこじゃない」

 神崎さんはパラパラと紙の束をめくり、指でさしてこちらに見せてくる。

「彼女は復讐心を抱いた状態で十年間生きている。その十年間の中には彼女が現在の学園に入学してからのことも含まれている」

「はい」

「主人公達は、彼女に出会った瞬間、近寄りがたい印象を受けている。でも、他の同級生は違う。出会った場面、『何か怒ったような表情』は変」

「そう、ですか?」

「仮に、彼女が幼いころに怒りの表情を浮かべて、その後一切、表情を変化していないなら納得できる。でも、主人公達と、出会う瞬間、きっかけもなく、怒りの表情を浮かべるのは変」

「なにかきっかけが必要ってことですか?」

「そう、因果関係がない」

「……髪の色が同じとかですか?」

「詳しくする」

 こくこく、と頷いた神崎さんはスカートからスマホを取り出した。

「これ」

「さっき言っていたサイトですか?」

「コメントを貰う」

 数年前からこのサイトからの書籍化も増えてきている。

そのなかでも、よく目に入るサイトだ。

「コメントを貰えるんですか?」

「そう。読者の」

 新人賞などに応募すると、その出版社によってはアドバイスをくれるところもあるけど、一般の人から言葉を貰ったことはなかった。

「一般の人からアドバイスをもらうってことですか?」

「違う。反応を知る」

「……えっと」

「コメントは、人間が感じたもの」

 向けられたスマホの画面見ると、ランキングなどもあるみたいだ。

「人間は生きた資料」

「資料……」

「登場人物にする」

「はい?」

 神崎さんはスマホを少し触ると、こちらにもう一度傾けてきた。

「この人は、いろんな人の小説にほとんど肯定的なコメントだけ。この人は逆」

 誰がどんなコメントを送っているかわかるみたいだ。

「人間の行動は、見れる。でも、心情は、わからない」

 今度は一つの物語に寄せられた多くのコメントを見せられる。

「この人は、コメントを、自身の読んだ証明にしている可能性もある」

「確かに……」

 否定的なコメントを書いている人でも、ただストレス解消に使っている可能性もあれば、もっといい物語にしてほしいと心から願っている可能性だってある。

「想像した?」

「え?」

「君の書いた小説をのせる」

 そういえば、そういう話だった。

「君の小説を、評定する人がいる。君とは、違う価値観を持つ、サンプル」

「自分と違った価値観に触れるってことですか」

 小学校か中学校か、読書を勧める先生がそんなことを言っていたかもしれない。

違う価値観に触れる。

「肯定していても、心の中では馬鹿にしている登場人物とかも考えられ………え、なんですか?」

 神崎さんがじっとこっちを見ていた。

 神崎さんも当然、僕とは違う価値観を持っている。

先生などが言ったことは、学校の勉強などのためとしか考えていなかったけど、僕がそれをうまく使えていなかっただけらしい。


「可能な限り、速く、全部」

「明日、持ってきます」

「ひま」

「え?」

「この後」

「今日はこのまま帰るだけですけど」

「そう」

 鞄を肩にかけると、神崎さんは立ち上がった。

「今から、君の家に行く」

「……え?」


「おかえ、あら? いらっしゃい」

 目の前には母さん、隣には神崎さん。

普段、出迎えることはないので、たまたま通っただけのだろうけど、さっそく気づかれてしまった。

「おじゃまします」

「まぁ! ゆっくりしていってね」

「えっと、同じ部活の人」

 正確には元になってしまったけど。

「じゃあ、部屋行くから」

「あらあら」

 何か勘違いをしていそうだけど、神崎さんをこのまま、玄関に立たせたままにするのもどうか思うので、部屋に逃げてしまうことにする。

「お邪魔します」

神崎さんが僕の部屋にいるというのは、とても違和感がある。

同性の人すら来たことがないので、異物感がぬぐえない。

「ここに入ってます」

 今までのものが詰められた引き出しから、その端が覗いている。

「そこに入ってるのが今までに書いたやつで、USBは……」

「名前は」

「えっと、……田中練太郎です」

「実名じゃない」

「あっ、えっと応募する時は、田郎連たろうれんです。田んぼの田に右側が月じゃない方の郎、連続の連です」

「わかった」

 スマホに打ち込んでいた。

「『田郎連』」

「はい、それであってます」

 そう答えつつ、神崎さんに目的のUSBメモリを渡す。

「作ったら見せる」

「わかりました」

「帰る」

「え、もうですか?」

「急ぐ」

 送っていった方がいいのかな、と考えていたら、玄関を出ると同時に走っていってしまった。すごく足が速く、追いつけそうにない。後姿を見送って、家の中に戻った。

「あら、もう帰っちゃったの?」

「ちょっと貸すものあっただけだから」

「ふーん。言ってくれれば車出したのに。家どこなの?」

「わからない」

「まあ、しかたないわね。ご飯もう少し時間かかるから」

「わかった」

 部屋に戻ってノートパソコンを開いた。

最近書いている小説を最初から読み直してみる。神崎さんの言っていたことを思い出しながら。

「……確かに」

 意識して読んでみれば、過去の主人公と似たような知識量になってしまっている気がする。そして、序盤の脈絡のつけ方が雑かもしれない。もっと、過去のことを。

 つまり、想像力が足りてないってこと。

主人公の知識量を変えるにはどうすれば?

例えば、頭のいい主人公。パソコンで書いているのだから、足りない知識はすぐに調べられる。わからないことはすぐ調べて、知っている風に書くとか。そもそも、なんで頭がいいかも。天才って書けば簡単だけど、秀才なら、勉強に力入れている理由も。

頭の悪い主人公は、年齢を下げるとか。僕が中学一年とか、二年の時までの知識だけ使うとか。自分のことももっと思い出さなきゃいけない。

「やれること、もっとあったなぁ」

 これを先に自分で思いついていれば、今日くれたアドバイスは、次のステップのものだったはずだ。だから、遅れを取り戻すためにも、ひとつひとつ潰していくしかない。


***


 放課後、先に神崎さんが部室にやってきていた。

「君のアカウント」

「あっ、これがそうなんですね」

 見ると、僕の書いた物語のタイトルのいくつかが並んでいた。

「これでコメントが来るんですか?」

「いくつかある」

「え⁉ もうあるんですか?」

 昨日渡したばっかりだ。こんなにはやく反応が来るものなんだ。すごいなぁ。

「見る」

「えっと」

 これがコメント。神崎さんの言う資料・・

「……」

「概ね良好。ただし、これから」

「……はい」

 一度ネットに流されたのなら、今後、もっと多くの人に見られる可能性がある。

現段階以上に、多くの、資料が。

「どう」

「……嬉しいです」

「そう」

 もちろん、褒められるのはうれしい。

この人たちが喜ぶような物語を書いてみたい。そう思ってしまう。

この人たちが感想を送ってくれた物語は、もう展開も結末も決まってしまっているけど。

「単純ですけど、やる気出ますね」

「そう。やり甲斐がある」

 この物語のどこを気に入ってくれたのだろう。

たまたまその時だけいいと感じて、あとになればつまらないと思ったかもしれない。

でも、書き続ければ……

「落ち着く」

「え、あっ、ごめんなさい」

 神崎さんが袖を引いていた。


「これから、コメントは増える。そのたび、書くのを止める気?」

「え」

「はやく書く」

「は、はい」

いつもなら真っ先に開くのに、ノートパソコンを開くのを忘れていた。

「じゃあ、その、書き始めますね」

「……」

 神崎さんはスマホの画面から視線を動かさなかった。


「ごめんなさい」

「……」

「ごめんなさい」

神崎さんに謝られる。

「これは、よくない。途中から書いた人が変わったみたい。こんなに影響が出るとは思わなかった。予想できなかった、私のミス。ごめんなさい」

「謝らないでください」

 明らかに僕が悪いのだ。

 寄せられた返信を変に意識してしまったのだろう。

「今回書いた分は、全部消します。ごめんなさい」

「次は、時機を考えて伝える」

「わかりました」


帰宅し、ベッドの上で天井を眺めていた。

明らかに僕の力不足なのに、神崎さんから謝られてしまったことが心に残っていた。

 早く消して続きを書こうと思い、ベッドから起き上がる。

鞄から取り出したノートパソコンを開いて、文章を見た瞬間に指が止まってしまった。

 一瞬、僕は、二時間と少しをかけて書いた文章を消してしまうことを。『もったいない』と思ってしまった。

 くだらない、と少し自分を笑ってしまう。

 もったいないと思うのなら、失敗しなければよかったのだ。

 地の文が、主人公の考え方が、それ以前の分とほんのわずかに変わってしまっている。

 褒められた、あの物語に近づこうとしてしまっている。

 僕が気づくくらいなのだから、神崎さんのように僕以外が見たら一発でわかってしまうほどの変化だ。

 Deleteキーを押した。

 数ページ分の文章が無になった。

 今まででも、今回以上の量を消してしまうことは何度もあった。

 でも、今回のものはそれらとは違う。

 今回のものは、他人から与えられた変化だ。

 他人からの、しかも、ただの一文程度で文章が変わってしまうというのは、ライトノベル作家を目指している人間としては致命的だ。

 自分で創作できていない。

 そう思って、ベッドに再び戻ってしまう。

 書く気も起きず、そのまま目を閉じた。


***


「こんにちは」

 先に部室に来ていた神崎さんに声をかけた。

「うん」

「昨日の、コメント、もう一度見せてもらってもいいですか?」

 神崎さんがじっとこちらを見てくる。

 その目は、本当に見せて大丈夫か、と確認しているように見える。

「昨日、帰ってからなんですけど、すぐに寝ました。続きを書く気になれなくて」

「ごめんなさい」

「あっ、責めてるわけじゃないです。神崎さんは一切悪くないので。それよりも、僕の見方が悪かったというか。人間として見てたな、と思いまして」

 それが今まで考えて出した結論だった。

「資料だと言われていたのに、寄せられたコメントの言葉通りの意味を捉えて満足していただけでした。資料として、上手に見れていませんでした」

「そう」

「なので、リベンジさせてください」

「わかった」

 神崎さんが整理してくれていたのか、コメントが分類されていた。

 目を通しやすいのでありがたい。

 これを糧としなくてはいけない。

 使えるものは使わなくては成長できない。

「神崎さん、ありがとうございます。これからもお願いしてもいいですか?」

「まかせて」

「それと、神崎さんは時機を見て伝えると言ってくれましたけど、多分そうしちゃうと、その時期は永遠に来ないままになっちゃうかもしれないので、来たらすぐ見ることにします」

 昨日見てしまってから、今日起きて、落ち着いて思ったことは、僕は怖かったということだ。使うと決めたとはいえ、簡単に影響を受けてしまうという事実に対する不安や恐怖は残っている。

 だから、一度逃げてしまえば、もう自分から見ることは難しいかもしれない。

「私が、一日の終わりに分類したものを送っておく」

「ありがたいですけど、負担になりませんか?」

「目を通して分類するだけ。送られてきたコメントは手も加えない。負担は大したことない」

「ありがとうございます。何か、お礼ができればいいんですけど」

 スマホの画面を触っていた神崎さんの動きが止まった。

「もしかして、何か手伝えることありますか?」

「ある」

「教えてください。出会ってからお世話になってばっかりなので」

「土曜、一日、付き合ってほしい」

「わかりました」

「そう」

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僕らの青春 皮以祝 @oue475869

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