【2-5】2020年4月20日  ライド/オイズ・ホード

ニッシッシ。

何とかうまく行ったぜ。


ドロムさんとイレネスさんとの打ち合わせ通りに事は進んだ。2人の話では、パンタフェルラさんって人が最後までゴネるだろうって言ってたが案の定だった。


そこで俺逹が立てた作戦は、俺とドロムさんが揺さぶってイレネスさんがズドンだ。

芝居してたから口調を少し変えて泣き真似まで見せたが、あのイカついドロムさんが俺と同じ様に泣き真似を被せて来た時は吹き出しそうになるのを必死で我慢したが何とか耐えた。


その甲斐あって俺は無事この組に潜る事が出来た。本当の意味で、冒険者が戦っている現場で空気を感じる事が出来るのだ。神聖級と一緒に居るんだが魔獣と全然戦闘しないからなあの人。


そんなこんなでさっきまでゾディアルさんと打ち合わせをしていた広間の机と全く同じ場所で簡単に自己紹介をしていた。


「ライドっす!アルクール村出身で15歳!夢は冒険者になって困っている人を助けていつか神聖級になる事っす!改めてよろしくお願いします!」


「神聖級とはまた大きく出やがったな小僧。俺はロダン・コーツだ。階級は黄金。歳は今年で25だ。魔術も近接戦闘もイケるぜ。よろしくなライド」


ロダンさん。

目つきが鋭く頭に防護布を被っていて一見盗賊の様に見えるけど感じのいい気さくな兄ちゃんだ。身長はゾディアルさんと同じくらいだけど、やや細身だ。魔術師でもあるみたいだから、あまり鍛えないのかな?


「アタシはアーラだよ。アーラ・メイベル。同じく黄金で23歳。この組では斥候を務めてる。戦闘に入る時はアタシの指示に従いなよ?じゃないと死ぬぜぇ?」


アーラさん。

少しだけ波がかった黒髪で、肩にかからない程度に伸ばしている。表情がコロコロ変わる様で、今言った台詞の最後では、ニヤリと笑って俺をからかう様に片眉を上げている。身長は俺と大体同じくらいだが、斥候をやっているだけあってかなり細い。


「そう脅すなアーラ。心配しなくていい。落ち着いて指示通り動けば君に危害は加えさせない。私はパンタフェルラ・サルメルだ。階級は白楉級で、年齢は…あまり言いたく無いな。剣による近接戦闘が得意だ。この組の代表を務めている。よろしくな、ライド君」


パンタフェルラさん。

大剣を左腰に掲げ、背中にはこれまた大きな盾を背負っている。腰まで真っ直ぐに降りた綺麗な茶髪と深紅の瞳が目を引く。身長はロダンさんより少し低いぐらい。体の線は極めて女性らしいが、引き締まった筋肉が戦士の風格を漂わせる。う~ん、美人だ。


実は支部長室に入ってきた時、思わず叫んで近づきそうになった。初めて見る寿人だったからだ。ほんの少しだけ黒い肌とピンと尖った長い耳が特徴的だが、1番の違いと言えば、寿人は俺逹平人や獣人と違ってかなりの長寿だという事だろう。平人や獣人と比べると数が少なく、基本的にはどこかに集落を作って寿人同士で生活しているのが普通らしい。


それもそうかと思う。寿命が違えばいつも見送るのは寿人の方だから。


例えば俺が寿人だったとして、アルクール村で生活していたとしたらどうだろう。家族にも等しい住人達がどんどん死んでいくのだ。俺を残して。想像するだけで身震いしてきそうなのでそれ以上は考えないようにした。


パンタフェルラさんは見かけはアーラさんとそれほど変わらないけど、きっと平人の感覚からすればかなりの高齢なのだろう。


だが大丈夫。俺は女性の年齢問題に関しては敏感なのだ。詳しく聞かない事が明日も太陽を拝めるコツだ。


「皆さんよろしくっす!これからどうするんすか?」


「俺達長期間の依頼を終えて王都に帰って来たばっかりなんだよ。だからこれから打ち上げしようぜって話をしてた所なんだ」


「そうそう!もう待てねぇよ!早く行こうぜ!」


「待て、ライド君の宿を確保するのが先だろう。引き受けた矢先に彼だけ支部で寝泊りなど認められないぞ」


「ああ、それなら問題ねえ。俺の部屋に泊まればいい。寝台が1つ空いてるからな。料金1人分追加すりゃいいだろ?」


「あーそっか。アンタいつも1人で寝泊りしてたもんな。よし解決したぜパンタ!メシだメシ!麦酒だ麦酒!」


「分かった分かった。では4人で向かおう」


「あ、俺もいいんすか?俺手持ち足りるかな?」


「当然だろう。それにお金は必要無い。既に貰っているからな。君を6日間丸々養っても何の支障も無い」


さっき支部を出て行ったのが見えたが、ドロムさん一体いくら渡したんだ…?


「今日は休養に努め、依頼を請けるのは明日だな。詳しい話は明日にしよう」


その言葉が号令となって一同で街の酒場へ向かう事になった。いよいよ明日から冒険者の魔獣討伐見学だ。


寝れるかな?楽しみだ。



オイズ・ホードはいつもイラついていた。


冒険者を始めたのは12年前の18歳の時。

それまでは何の変哲も無い田舎町で生まれ育った。

オイズが10歳の頃、父親が盗賊に殺された。

行商をやっていた父はその日もいつも通り隣町で商売すべく出発したが、運悪く盗賊に襲撃され、何の奇跡も起きず、なす術なくやられた。それまでは割と裕福な生活が出来ていたが、父の収入がなくなった事で生活は一変した。


大人しい母だったが、生活費を稼ぐ為に織物屋で働く様になると精神的な疲労から夜に酒を飲む様になり、悪酔した母はオイズに当たった。15歳になる頃にはオイズもパニス屋で働く様になったが、母の酒代が膨らんでいった為、生活が楽になる事はなかった。


誰もオイズ達の事を気にしなかった。


3年が経ち、ますます生活が困窮する中、ふと思った。俺はこの片田舎でこの生活を続けるのか?くだらねぇ。


そう思ったオイズは、愛想が尽きた母と色の無い街を捨てた。


何の目的も無く流れ着いたのは、この地域で1番栄えている街メーファンだった。何の仕事をするか街をブラブラしながら考えていた時、目に入ったのはメーファンの冒険者支部。何となく支部に入ると、受付の男から、新規登録か?と聞かれたから、特に意味も無く、そうだ、と答えた。


その日からオイズは冒険者になった。


オイズは冒険者の仕事が楽しくなってきていた。

最初は街のゴミ拾いや害虫駆除や雑用ばかりでイライラが募っていたが、赤銅、紫眼と上がるに連れ、徐々に周りのオイズを見る目が変わってきた。何者にもなれず、他人から尊敬もされず、つまらない人生を送る筈だった自分が、こんなに持て囃されるとは夢にも思わなかった。自分はここで1番の冒険者になろう、そうしてもっと周りから一目置かれる存在になろう、と初めて人生の目的が出来た。


その直後だった。



あの女、パンタフェルラ・サルメルがメーファンに来やがった。



あいつは強かった。

それはもう俺なんか比べるまでも無く。

俺と同じくこの街で冒険者を始めたというのに、あっという間に階級で並ばれた。俺に集まっていた視線が自然とパンタフェルラに向かい出した。


俺は街を去った。

耐えられなかった。

また昔の様に周りに気にされなくなるのを恐れて。


逃げる様にして辿り着いたのは王都ショルへだった。

王都の支部は実力者揃いで、競争が激しかったが、あの映像を消し去りたくて、俺はもう一度頑張ってみようと思った。そしてあいつが居なければ俺は頑張れた。数年掛かったが、俺は黄金級に上がった。本当に嬉しかった。これで過去の嫌な思い出を払拭出来たと思った。


黄金級としての依頼も慣れた頃、ショルヘに居た唯一の白楉級冒険者が長期間街を離れる事になった。ショルヘ支部は必要最低限戦力を確保する為に、現存の冒険者から近い内に白楉級を選定する為試験を実施する事に決めた。


あの日音を立てて崩れ去ってしまった人生の目的が、今度は音も無く目の前に現れた。もう一度、もう一度だ。また注目を浴びたい。尊敬されたい。俺の居場所で俺が1番になる。きっと今が一生に一回の本気を出す時なんだ。


それからは必死に依頼をこなした。ガムシャラに勉強した。一歩ずつ目標に向かって近づいているのが分かった。


そんな時だった。あの女がショルへ支部に現れた。


過去の苦い自分が蘇ったが、俺は自信を持っていた。だから目を逸らさずに奴に宣言した。ここで1番になるのは俺だと。前の俺だと思うなと。


そしたら一瞬困った様な顔をしてあいつはこう言った。


「すまない、どこかで会っただろうか?」


あいつは白楉級に上がっていた。



その日理由も無くイラついていた俺は、特にやる気が起きなかったから同じ組のドルとケンプの3人で支部の広間でたむろっていた。こいつらもパンタフェルラが気に入らなかったらしく、見下した様な目がムカつくとか、女のクセにとか、そんな事を愚痴っていたからツルむ様になったのは必然だった。


今日は何すっか考えてていたら2人連れの男が支部に入って来た。1人は白い外套を羽織った黒髪の男でもう1人はアホそうな赤髪のガキ。どうやらそのガキは見たまんまの田舎者らしく、メルモルの所に行って、初めて獣人を見たと言い興奮していた。黒髪の男に引き摺られながら受付の所に行くと何やらアルメが驚いている様だったが、しばらく固まっていたアルメが動き出したのを見た後、何かやらかしたのか、奥の方で副支部長の怒号が聞こえた。


ちょっとしたらガキが降りて来て事務室に入っていった。遠くて鉄格子があったからよく見えなかったが、どうやら副支部長と話しているらしい。


その時からちょっとした違和感を感じていた。


視線を送らない様に観察すると、アルメに支部を案内させている様だ。違和感はますます膨らんだ。案内が終わったらしいガキが黒髪の男と向こうにある机で何やら話し出した。気になった俺は顔を伏せて聞き耳を立てたが、聞こえてくるのはガキが所々で放つ驚いたり怒ったりする声だけだった。


話が終わったと思ったら黒髪が支部を出る所で、ほんの少しだけ視線を送ったら一瞬強烈な殺気を当てて来やがった。冷や汗が出て心臓が止まりそうになったが、横に居る2人は全く気づいていなかった。俺だけに放って来やがったんだ。


そこでピンと来た。


恐らく奴はあのガキの護衛だ。それも凄腕の。

階段を上がって行ってしばらく帰ってこなかったのは支部長と話をしていたんだろう。そしてあのガキは平民に扮した貴族。だから職員に支部の案内をさせていた。

何らかの理由であの護衛がガキのお守りを出来ない間協会で預かる事になったんだ。

そうやって頭の中で思考を巡らせている中、ここ一月程顔を合わせずに済んでいた女の組がとうとう帰って来た。一瞬目が合ったが、空気でも見る様な目で見て来やがった。


イライラが止まらない。

どうやらムカつく事にあのデカい依頼を無事達成したらしい。

副支部長に呼ばれ支部長室に向かったみたいだが、帰って来た時にあのガキを連れていた事で、さっきの予想が確信に変わった。あの護衛が不在の間、あの女の組が護衛につく事になったんだ。


そこで気付いた。

だからどうだってんだ。


俺には何も関係ないし金が入る訳でも無い。

このままあのガキと遠くへ行ってくれれば俺のこのイラつきも収まるんだが。

全くもって1日中無駄な時間を過ごしたと思い、2人を連れてヤケ酒を飲みに行った。


異変があったのは翌日の朝だ。

深酒をしてしまい少し遅くなって支部へ向かうと、丁度支部から出てきたあの女の組と例のガキが連れ立って出ていくのが遠目から見えた。ガキのお守りご苦労様と心の中で悪態をつきながら支部へ入ると、冒険者達がザワついていた。そして先に支部に着いていた2人から何があったのかを聞いた。


その瞬間、ある事を思いついた俺は、自分の奥底に留めていたものが蓋を開けて体内を這いずり回り、口の両端を無理矢理を吊り上げていくのを感じた。


「おいお前らちょっと耳貸せ。楽しい事思いついたぜ」





~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

エンプシー・リギウスのよいこのための

わくわく魔獣図鑑


          出版:生命生体研究所

          共著:冒険者協会



16、キークル

   もりやはやしにすむしょくぶつがた

   まじゅうだ。からだは10セルメルく

   らいでこうごうせいしているよ。

   きのみだとおもってちぎらないでね

   それキークルのかおだから。


   だい20しゅしていまじゅうだ



~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る