【2-3】2020年4月20日 ライド

勢い良く部屋を出た俺は爽快な気分で階段に通じる廊下を走っていたが、階段を下りている時にある事に気付いた。


あれ、結局勉強しないといけなくね?


重い足取りで事務室の扉を開ける頃には先程の爽やかな青空がどんよりと雲っていたが、取り合えず言われていた人を探す事にした。異様に視線を浴びている気がするが、えーと、どの人だろうと周りを見渡している中、一人の中年の女性と目が合った。


一番奥の方にある、ひと際大きく、いかにも偉そうな机からこちらを見ている女性は、金髪を全て後ろで結い上げ、意志の強そうなキリッとした目や、上品そうな佇まいはいかにも淑女という印象を抱く。


若い頃すんげー美人だったんだろうなーとか思っていたらその女性がニコッと微笑み、こちらへやって来た。


「こんにちは」

「あ、こんにちはっす。あのイレネスさんてここに居ます?」

「ええ、私ですよ。あなたは?」

「俺ライドって言います。アルクール村出身っす。あの、支部長さんからこの支部の事を案内して貰えって言われてここに来ました」

「そうですか。協会職員のお仕事はご存じですか?」

「いや、すんません。俺冒険者の方になりたいんで、あんまり知らないっす」


「それはそれは。ライドさんが冒険者におなりになるのであれば職員の仕事を知って

 いるのも無駄な事では無いですよ。どうですか?よろしければ各所を案内すると

 同時にどんな場所なのか、職員がどんな仕事をしているかご説明させて頂きます

 が?」


「え、いいんすか?勉強して来いって言われてるんで助かります!よろしくお願いします!」

「承りました。ですが残念ながら私は急ぎの仕事がありますので…そうですね、アメルさん?アメルさん!こちらに」


アメルと呼ばれた女性は、さっき受付で驚愕死しそうだったおねーちゃんだった。

はいっ!?っと向こう側に見える受付から体全体をこちらに振り向き返事をすると、早歩きでこちらの方へ向かって来た。


「アメルさん、この子に協会支部を全て案内して差し上げて下さい。その際、詳しい説明を添えて。代わりの受付はドーゼンさんがお願いします。口笛を吹いていたので余裕があるでしょう?」


げっ、という表情をした男性職員はそそくさと受付の方へ向かい、アメルさんが座っていた椅子に避難していった。


「ではアメルさん。お願いします」

「あ、は、は、はい。あのアメルです。よろしくお願い致します…」

「ライドっす。俺なんかに敬語使わなくてもいいっすよ?ただの田舎者だし、普通に喋ってくれた方が俺もラクっす」

「え、えーと、でも…」

「ご本人がそれで良いと仰っているのですから問題無いでしょう。ではごゆっくりどうぞ」


そう言われ俺達二人は事務室を出た。


「えーと、じゃあ…ライド君、ライド君は支部の事をどのくらい知ってる?」

「全然知らないっす」

「そっか、じゃあ文字通り全部廻った方がいいね。とりあえず4階から見ていこっか」


アメルさんに促されるまま付いて行くと、4階はだだっ広い1つの部屋となっていて、夥しい数の寝台が配置されていた。がらんとしていて、寝ている人は誰も見当たらない。


「ここは寝台室だよ。宿を取れなかった冒険者に有料で貸し出しているんだけど、時々怪我をした冒険者が運び込まれて一時的な治療を受ける場所としても使われてるね」


「へぇ~支部って寝泊まり出来るんすねー」


「うん。今日も20人くらいは宿泊を予定している筈だよ。あと数刻もしたら仕事を終えた冒険者さん達が上がって来るはず」


「いくらくらいで泊まれるんすか?」

「一泊一律1000レダルだね。食事は付かないから各自で賄ってもらう必要があるけどね。じゃあ下りよっか。あ、お手洗いは1階にしかないからね?」


1000レダルか、安いな。

王都の他の宿を知らないから相場がどんなものか分からないけど、俺でもあまり気に病む必要が無い程度の金額だ。アルクールのレプル王はそこそこ裕福なのだ。


「3階最初の部屋はここだよ。医務室。どの支部にも医術師さんが必ず1人は詰めてるんだよ。上で見た寝台に運ばれた冒険者さんの応急処置をしたり、体に異変を感じた冒険者さんを診察したりね。ただ、専門医ではなく総合医だから、より深い処置をする必要があれば関連する病院へ引き継ぐのも仕事の一つだね。今は冒険者さんを診察中みたいだから中に入るのは遠慮しようか」


扉から少し中を覗くと、男性の冒険者が上半身裸で寝台に仰向けに寝ているのが見えた。そしてその横には冒険者の腹の辺りに手をかざし、何らかの魔術を展開している初老の女性が居た。おそらくあれで体内の異変を探っているのだろう。アルクールに居るブノじーさんにも何回か診て貰った経験が有る。


「次はその横の部屋、ここだね。ここは複写室っていうんだけど、ライドくんは複写って知ってる?」

「聞いた事がある様な…どんな事するんすか?」


「支部の職員は毎日何かの書類を作ったり送ったりしてるんだけど、その書類の内容と全く同じものを作るんだよ」


「同じ書類を作るって事っすよね?何でそんな事するんすか?」


「例えば冒険者さんの報告書だね。冒険者さんは請けた依頼の完遂を認められるには協会に報告書を提出しないといけないの。義務だね。その報告書は内容の重要性によっては、支部から大陸支部へ送る事があるの。この支部でこんな大きな問題が発生しましたよーって」


「へー。大陸支部って?」


「その大陸にある全ての協会を統括する大きい支部だよ。ラメンデには大陸が5つあるから大陸支部は全部で5つだね。ここパイロ大陸で言うと、ローゼラス王国の王都ケイヴメントにあるケイヴメント大陸支部。大陸統括長はベリアス・シアンさん。偉い人だよ。協会は縦割りの組織になってて、下から支部、大陸支部、カフカの順に上がっていくの」


「あ、さっきそれ見たんですけど、カフカってなんすか?」


「協会本部の事だね。何でカフカっていうのかは知らないけど…その、ゾディアル様に聞いてみたら?」


「あ、そうだった。後で教えて貰おう!」


アメルは、ねぇあなたゾディアル様とどういう関係なの?と思わず口をつきそうになったのを慌てて止めると、話を続けた。


「えと、話が逸れちゃったね。要するに1枚しかない冒険者さんの報告書をそのまま大陸支部に送っちゃったらどうなる?」


「あ、ここで内容が分かんなくなっちゃうのか!」


「そういう事。もしかしたら移送中に業者さんが紛失しちゃう事もあるしね。それに冒険者さんだけじゃなくて、私たちも報告を上げるし、お金関係の書類とかもしっかり控えを残しておかなくちゃいけないし、とにかく保存しておかなくちゃいけない書類がたくさんあるの。その複製資料を作っている人達がここでお仕事しているんだよ。ちょっと作業を見せて貰っちゃおっか」


扉を少し開けて中を伺っていた状態から、正式に部屋の中へと案内された。中を見渡すと、5人と5人に分かれた机同士が向かい合っていた。その一番奥には大きい机が入り口を向いており、責任者らしき人が新聞を読んでいた。職員の1人1人の机には例外なく大量の書類が1段ずつ机の両端に山積みされており、その2つの山から1枚ずつ取り出すと目の前に2枚並べ何やら集中している。アメルさんに付いて行くと、その責任者らしき人の所へ案内される形となった。


「ガットンさんお疲れ様です」


「おぉ、アメルちゃん。今日も可愛いね。どうしたの?」


「ありがとうございます。支部長からの指示で、この子に今支部内を案内している所なんですけど、少し作業を見学させて頂いてもいいですか?」


「ああ別に構わないよ。しかし、支部長の指示…ねぇ。ふ~ん…おい坊主、ぶっちゃけお前支部長の隠し子だろ?」


「ええっ!?違いますよ!今日初めて会ったんすから!」


「ほうほう、まぁそういう事にしといてやるか。いいぞ、自由に見ていけ」


アハハと苦笑いをしていたアメルさんは一礼すると、近くに居た職員の斜め後ろに俺を誘導した。何人かの職員は目線だけで俺達を一瞥していたが、あまり興味を惹かれなかったのか視線を再度手元へと落としていた。


「邪魔にならない様にこの辺で、ね?あ、見て、丁度今から複写するみたい」


職員は、左の山から文字がびっしりと横方向に書かれた書類を手元に置くと、そのすぐ右に白紙を置いて集中し出した。どうやるんだろうと眺めていたら、職員が右手の人差し指で白紙の上にサッと横になぞって行くと、その跡に左の書類と全く同じ文字

が並んで行った。それを下方向に20回程繰り返すと、あっと言う間に同じ書類が出来上がっていた。


「おお、すごい!」

「ああやって指先に極小の魔術陣を展開して、一気に同じ文字を紙に焼き付けるんだよ。図形とかあったら掌でやるみたい。普通に手書きで書く速度より何倍も早く記せるの。ここに居るみなさんが火系統の魔術に長けてらっしゃるからこそ出来る高等技術だよ」


魔術って単純に火をボーッと出したり水をシャーッって出したりするだけじゃないんだな。こんな事村に住んでいたら一生知らなかった事だ。あんなに大量の書類の山をどうするのかと思っていたが、なるほど、この速度ならあと数刻もすれば終わるかもしれない。


部屋出る際、もう一度責任者さんにお礼を言って俺たちは退出した。


「その横の部屋は資料室だね。今見た複写室で複製した資料を置いたり、私たちの手書きの資料があったり色々だよ。ここは関係者立ち入り禁止だからごめんね?次は2階に降りようか」


いやはや貴重なものを見せて貰った。複写か。やってみたかったけど一般的な魔術が使えない俺には難しいだろうな。あ、でも魔術って今からでも習えるのかな?そうしたら俺にも使えたりして。


というかアメルさん素は可愛らしい話し方をするんだな。受付の時のつっけんどんな印象があったから意外だわ。


「さて、ここが2階。一番奥の支部長室はもう行ったと思うから割愛ね?2階は支部長室の他にはこの経理室しか無いよ。支部長室よりも広いね。ここで冒険者への報酬を計算したり、依頼人からどの程度依頼料を貰うかを決めたりしているの。難しい案件は副支部長や支部長も交えて決めてるけど。その他には支部が営業するにあたって必要な経費や、各種予算の算出だったり、職員の給料とかもここで取り扱ってるの。もう少し上がらないかなぁ」


最後願望の様なものが聞こえた気がしたが、扉から少し覗いた部屋の中では多くの職員が算術機を使って数字とにらみ合っていた。俺もあの算術機で勉強する日が来るのだろうか…


ここも関係者以外はお断りと言うアメルさんに付いて1階に戻って来ると、広間には先程よりも冒険者が多くなっていた。


「おお、生の冒険者達が増えてる!」

「そろそろ第15刻だから依頼を終えて帰って来る冒険者さんも多くなってくるよ。ライドくんは冒険者になりたいの?」

「はい!冒険者として困っている人を助けたいんす!そしてゆくゆくは俺も神聖級になるんす!」

「それは頼もしいね!じゃあそんなライド君には是非これを購入する事をお勧めするよ」


そう言ってアメルさんは、階段に一番近い受付の横に置かれていた本棚から何冊か取り出し、俺に渡した。


「冒険者協会規約前編?それと…一般薬用生物及び植物並びに一般食用生物及び植物に関する基礎知識?何すかこれ?」


「冒険者になったら誰でも磁鉄級から始まるんだけど、昇級には筆記試験を受けて合格しないといけないんだよ。だからみなさんこの本を読んで勉強するか、依頼で実際に現物を扱って知識を得るかで試験対策をするの。これは紫銀級まで上がる時に必要な知識が載ってる教本だね」


また現実に戻された。

やはり避け様のない運命らしい。

いかん、目が水泳しだした…


「へ、へ~でも俺たぶん実践派だからな~、教本はどうかな~…」


「今すぐに買わなくても大丈夫だよ。購入する人も一応再確認しとくか、って感じだから。どの支部も受付の近くに置いてあるから良かったら買ってね」


「う~ん、考えておこうかなぁ~…ちなみにおいくら?」


「本によって違うけど、この2冊はそれぞれ500レダルだね。内容が難しくなれば値段も上がるよ」


あ、安っ…

買おっかな…


「次はここ受付だね。今入り口から見て一番左の受付に居るんだけど、ここは企業からの依頼の相談を受ける窓口だよ。の右隣りは民間人専用の依頼相談窓口。そこから一番向こうまでは冒険者専用の窓口だね。今はお客さんも居ないし、冒険者さんの数が少ないから真ん中2つしか開けてないけど、もう少ししたら報告に帰って来る冒険者さんで溢れるから4つ全部開放する事になると思うよ」


なるほど。時間帯によって忙しさが違うから、その都度対応を変えるのか。もう少ししたら屈強な戦士たちで溢れ返るんだろうな。楽しみだ。想像してた光景を一足楽しんでいると入り口から見て右手の壁に到着した。先程の獣人さんは居ない。残念。


「次はここ、依頼掲示板だね。掲示板が6つあると思うけど、それぞれの階級によって分けているんだよ。一番右から左に向かって磁鉄、赤銅、紫銀、黄金、白楉、支部取扱の順に並んでて、階級毎に依頼書が貼られてるでしょ?」


「すげー!いっぱいあるっすね!でもこの支部取扱って?」


「うん。カフカによってその支部に最低限必要な冒険者の戦力を定義付けられてるんだけど、ここショルヘは必要最低限戦力が白楉級なの。だから仮にそれ以上の問題や緊急度の高い脅威に関する依頼が発生した場合は、この支部取扱って所に張り出されるんだよ。一応誰でも支部取扱依頼書は窓口に持って来る事が出来るんだけど、副支部長以上が依頼の受発注を担当するから、資格無しと判断されたらそもそも依頼を受けられないの。ちなみにその支部の必要最低限戦力階級の冒険者さんは筆頭冒険者とも呼ばれるよ」


「へぇ~よく考えられてんすねぇ。お、1件貼られてますね」


「あーこれはメイズガズラの卵の採取依頼だね。この町の商人さんからの依頼なんだけど、もうかれこれ半年くらいずっと貼り続けられてるかなぁ」


「メイズガズラって確か10メルくらいある三つ首、三つ足、三つ尾のすげー気持ち悪い魔獣っすよね?半年も放っといて大丈夫なんすか?」


「よく知ってるね!依頼主の商人さんも、いつか誰かがやってくれたらいい程度の心持ちみたいだからいいんじゃないかな?」


「小さい頃はわくわく魔獣図鑑を毎日眺めてたっすからね!それなりに詳しいすよ!それにしても依頼人によって事情が違うんすねぇ~。あ、これは?」



支部取扱掲示板の左側に、似顔絵の下に色んな文字が書かれている紙が10枚以上貼られていた。


「これは指名手配されている重犯罪者の情報だね。人相書きとそれぞれどういう特徴があるかを知らせているんだよ」


「へ~、うわ、この人悪い顔してんなあ。ディクテル・カイズ…捕縛のみ?懸賞金10万レーヴァ…?どういう事っすか?」


「指名手配犯をどういう状態で引き渡すかの条件だよ。この人で言うと、捕縛のみだから必ず生きた状態で帝国に引き渡さないといけないんだね。レーヴァっていうのはヴォルゼレム帝国の通貨単位だよ。イゼリフ王国のレダルに換算すると1000万レダルだね」


「いっ、1000万レダル!?何やったんすかこの人!1000万もあったら…バルボの塩胡椒焼きが山ほど食える!」


「アハハ…何をやったかは公開されてないから分からないけど、未熟な内は不用意に追ったりしたらダメだよ?」


その後、左右へ蟹歩きする様に、その他の階級の依頼書を興奮しながら一通り眺めて事務室に戻る事にした。


「最後になっちゃったけど、ここが私の執務室だよ。事務作業が主だね」


最初にお邪魔した部屋へと戻って来た。

扉をを開けると、4席が向かい合う様に並んだ合計8席のシマが左右に1つずつ配置されていて、その奥には事務所の入り口を監視する様に、イレネスさんが座っている副支部長席があった。


右手の奥の方に窓口があり、鉄格子の隙間から冒険者たちがたむろする広間が見える。あ、今1組支部に入って来た。自分の机で書類に何かを書き込んでいる職員や、受付と机の間に置かれている書籍棚の中から資料を探している職員や、イレネスさんに何やら報告している職員など、全員自分の仕事に勤しんでいる。


「事務員の仕事の中心は受付での窓口対応なんだけど、そこでお客様から受けた仕事や冒険者さんに発注する仕事の内容整理をここの机で行ってるよ。流れとしては一つ依頼の相談を受けて、机で処理する間は別の事務員が受付対応するって感じだね。そのお客様の依頼はこの支部で請け負えるか?とか、この冒険者さんに発注して問題ないか?とか、過去の資料を参考にしたり、自分で判断できなかったら副支部長に相談したりして、冒険者業務を滞りなく進める為に私達が居るの」


アメルさんを顔を見ると可愛らしい表情の中に僅かな誇りを感じた。支部全体を見終わって、今まで冒険者しか眼中に無かったけど冒険者達が一つの仕事を終わらせるのには目に見えない職員の努力があってこそなのだと思った。そんな事を考えていたら唐突に後ろから声が掛かった。


「そうだ、ここに居る皆が全ての冒険者を支えてくれてるんだ。どうだ?タメになったか?」


振り返るとゾディアルさんが事務室の入り口に立っていた。アメルさんがまた驚いて軽い悲鳴を上げた。


「あ、ゾディアルさん。今支部を全部案内してもらった所っす。何か俺、冒険者の方にばかり目が行っててちょっと恥ずかしい気分すね」

「職員の価値を少しでも知れたのなら上出来だ。職員を蔑ろにする冒険者は絶対に大成しない。覚えとけ」


ゾディアルさんに気付き始めた職員達が声にならない声を上げ、入口へ向かって一斉に頭を下げ始めた。その光景に気付いたイレネスさんが慌てて机から立ち上がって、こちらへ向かおうとした時、ゾディアルさんが右手でそれを制し、結構、こちらから、と言ってイレネスさんの方に歩み出した。


「神聖級ゾディアル・ハースランドです。支部長からはあなたの仕事ぶりを聞いています。職員を良く教育してくれている、と。これからも変わりなく尽力して頂きたい」


右手を差し出し、イレネスさんと握手をする。


「イ、イレネス・ヘーゲルと申します。この上ないお言葉です。ありがとうございます。部下へは口うるさく言う事も有りますが、皆さんが良くやってくれている結果だと存じております」


周りの職員からは、ホ、ホンモノよ…、とかマジかよ…、とか嘘みたい…など、あらゆる感嘆の声が聞こえる。アメルさんはもうする必要ないのに、目を点にしてまた口を両手で塞いでいる。イレネスさんも若干緊張しているみたいだ。声が少し上擦っている。こう見るとゾディアルさんがどれだけ天上人なのかを肌で実感する。

俺はもう全く緊張しない所か、顔を見ると警戒してしまうが。


「それは良い事です。何にせよこの支部はドロムが居る限り大丈夫でしょう。あなたからすると、やきもきする事も多いでしょうが、必ず守ってくれる男です。引き続き支えてあげて欲しい」


「はいっ。承知致しました」


「それと俺の事ですが、出来ればここに居る人以外には伝えないで欲しいのですが」


「大丈夫です。すでに箝口令を敷いていますので、最小限には抑えられるかと」


「聞いていたお話通りですね。助かります。あと入り口にいる少年の事で支部長と少し話をして来ました。後ほど支部長室で詳細を聞いておいて頂けますか?」


「彼の事で、ですか…?分かりました。指示を仰いでおきます」


ん?俺の事?何の話をしたんだ?不思議に思っているとゾディアルさんが、例の腰鞄から確実に鞄より大きい白い箱を取り出すと職員からどよめきが上がった。


あの鞄良いよなぁ、欲しいなぁ。


「お願いします。それとこれは差し入れです。ドプレス大陸のレンビエント共和国にあるマスロフという街で売られている焼き菓子の詰め合わせです。日頃お世話になっている冒険者代表としてのお礼です。皆さんで召し上がって下さい」


「甘菓子の家と言われているあのマスロフですか?………はい。有り難く頂戴致します。ご好意感謝致します」


「ええ、それではこれで。みんなもよろしく頼むぞ」


ゾディアルさんがこちらに向かいながらそう言うと職員から威勢の良い返事が帰ってきた。甘菓子の家?何それ、食べたい。


「こいつを案内してくれたのは君か?もう口を塞ぐ必要は無いぞ?忙しい時に悪かったな」


「ンッ?ぷはぁっ!と、と、と、とんでもないです!」


「お前もちゃんと礼言え」


「アメルさん!あざっした!職員さんがやってくれてる事、俺忘れないっす!」


「ライドくん…うふふ、早く神聖級になれるといいね?」


「ほう、神聖級になるのか。丁度いい、そんなお前にうってつけのいい話がある。早速広間の机で打ち合わせといこうじゃないか」


納得いった様に手をぽんっと叩くゾディアルさんを見て俺は嫌な予感がした。


「むっ!この感じは!また無理難題をやらされる展開!嫌だ!俺は段階を踏んで無理なく強くなりたい!」

「そんな都合の良い話があるか。いいから来い。来ねーとラパン横断走行大会開催すんぞ!」

「どっちもいやだーーーー!」


職員に縋りつく様に両手を延ばし、涙目になりながら後ろ襟を引きずられ事務室から自動的に去っていく少年。職員は、あの『万象無剣』と歳の離れた兄弟の様に振る舞う姿を見て、結局あの少年は何者なのだろうと頭の上に疑問符を浮かべ、長年の経験から何か面倒毎が起こりそうな予感がしていたイレネスは、一刻も早く状況を把握すべく支部長室へと向かった。





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エンプシー・リギウスのよいこのための

わくわく魔獣図鑑


          出版:生命生体研究所

          共著:冒険者協会



14、カンビル

   うすぐらくじめじめしたところをこの

   むまじゅうだ。からだは30セルメル

   くらいでこうもりといっしょにいるこ

   とがおおいけどとべないからあたまか

   らおちちゃうよ。どうやってさかさに

   なってるんだろうね。


   だい20しゅしていまじゅうだ。



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