【2-2】2020年4月20日 ライド

「…………何すかこれ?読んでるだけで頭痛くなってきたんすけど」 

「じゃあ頭痛薬が必要だな。薬屋に行くか?冒険者割引で安く買えるぞ」

「まだ冒険者じゃないんで遠慮します…」


受け取った紙ペラ1枚にはこれでもかとぎっしり文字が敷き詰められていた。何回目を通しても頭に入って来ず、くらくらとして来るが、昇級が思っていたよりも遥かに厳しい事だけは理解出来た。


「これゾディアルさん、全部通ったんですか?」

「2回特例で上がってるから全部は通ってねーな」


「特例?ズル?」


「バカ、よく読め。そこの真ん中から少し上の所、そう、そこだ。『昇級は、原則として予め協会によって定められた下記記載条件の全てを満たした際に承認されるが、当該級冒険者が一般水準を超える模範的な功績を挙げた場合、原則条件の未達成事項があっても特例的に昇級を認める事がある』って書いてあんだろ?要するに、あなたその階級にしては結構凄い事やったので他の条件達成してませんけど上がっていいですよ、って言ってんだ」


「へー、ゾディアルさんってすごいんすね」

「……アリガトウ、とても嬉しいよ」

「これを基に支部長さんが試験内容を決めてるんすか?」


何故か呆れた様な顔でこちらを見ていたドロムさんが答えてくれる。


「ああそうだ。だが俺が決めるのは実技関係や指定依頼だけだ。筆記試験は協会本部から試験用紙が送られて来る。そもそも俺は現役時代黒十字止まりだったから、法魔以上の試験内容なんぞチンプンカンプンだ」


「黒十字!?すげぇ!初めて見た!でもこう言っちゃ何ですけど、支部長さんが試験内容分からなくて大丈夫なんすか?」


「横に神聖級座ってて何驚いてんだコイツ…問題ねぇよ。冒険者と職員じゃ必要とされる知識が違うからな」


そのドロムさんの答えに補足する様にゾディアルさんが続けた。


「そうは言うが、もちろん共通して知っておかないといけない知識も有るぞ。例えば…そうだな。ドロム。ヴォルゼレム帝国において、冒険者は犯罪人または容疑者の拘束と移送は出来るが、取り調べは出来ない。それは何故だ?」


「帝国の帝都安全保安管理所が取調べをする権利を保有している事が協会と交わした条約に明記されているからだな」


「その通りだ。もっと詳しく言えば、冒険者は捕まえた犯罪人または容疑者を管理所に引き渡さないといけない義務まで課されている。その資料で言うと、黒十字級昇格条件の一番上の項目、特定国家特記事項に関わる話だな。これは黒十字以上の冒険者と協会職員であれば誰でも知っている基礎知識だ」


「ほうほう、なるほど。それで?」

「ライド、お前が冒険者で大成するにはこういう知識を全て頭に入れておかないといけない。何をしないといけねーか、分かるな?」

「ま、ま、ま、まさか…」


「そうお勉強だ。お前の大好きな」


いやああああああ!

あの教育にうるさいばーちゃんがサジを投げ出す頭だぞ俺!?冒険者になれば勉強とは無縁と思ってたのに!


「何でそんな勉強する必要があるんすか!?冒険者ってもっとこう、強い魔獣をガッーッと倒して、みんなからワーッって褒められて、報奨金がガッポリ入って来て…そんなんじゃないんすか!?」


「それはあくまで冒険者の一部分だ。現実は人と触れ合う機会の方が遥かに多い。依頼人の社会的地位が高ければ高い程、それ相応に求められる知識と経験と品格が必要になって来る。例えばお前がある国の領土に入って目の前に現れた魔獣を倒すとする、それをそこの国民が目撃していれば衛兵に捕まるのはお前だ」


「はいぃぃっっ!?何で魔獣を倒して俺が捕まるんすか!?」


「その国では『生きとし生けるものは全て平等で何人たりとも殺戮を行ってはならない』という国内法があるからだ。下手すりゃ極刑、よくて労働罪人、誰が悪いのかと言えば勉強を怠ってその国の法を知らなかったお前だ。誰も言い訳なんて聞いてくれねーぞ?」


ドロムさんが、あーあそこなぁ…と眉間に皺を寄せて苦い顔をしている。魔獣を倒したら捕まるなんてその国の人はどうやって安全を確保してるんだ?


「どうだ、冒険者で上を目指すのも中々しんどいだろ。この間の野営の時言ったじゃねーか。冒険者にこだわる必要はねーってよ」

「言われましたけど…でもそんなんで諦める程、村を旅だった俺の決意は緩くないっすよ!!」


「はぁ、強情な奴だな…わかったよ、俺に付いて来てる間は俺が持ってる知識をお前にも分かりやすい様に教えてやる。気づけば試験を解いている時、あれ?これ知ってるぞ、あ、これも知ってる…とスラスラ問題が解ける様になっている筈だ」


「えっ?ホントっすか!さすがゾディアルさん!俺一生付いて行きます!!」


「ハッハッハ、一生は要らんぞライド君。だがどうだ少しはやる気になってきたな。この俺から直接教えて貰えるなんて無い事だぞ?」


「ハイ!もうバリバリっす!!何なら今すぐにでも始めてくれていいくらいっす!!」


「今すぐは無理だ。ドロムと大事な話があるからな。だが手始めに支部の職員がどんな仕事をしているか勉強してみてもいいんじゃないか?ドロム、誰か適当な奴は居るか?」


「あ…あぁ、下に副支部長のイレネスが居る筈だ。そいつに案内してもらえって俺が言ってたと伝えろ」


「だ、そうだライド君。早速調査に行ってきてくれたまえ」

「りょーかいっす!イレネスさんっすね!?行ってきまーす!!」


敬礼してドタドタと慌ただしく部屋を出て行ったかと思えばその足音はすぐに聞こえなくなった。


「話の着地は人払いかよ…お前のその口の上手さは神懸かり的だな…昔ザントヘインで伯爵を追い詰めた時の事を思い出したぜ…」

「別に大した事は無いが、あーいう種類の奴はノせる方が良い。下げた後上げるのがコツだ」

「そうかい…勉強になるよ…」



時は少し遡り1階事務室。

この部屋で働いている職員は副支部長を含め総勢15人居るが、今日は3人が夜勤対応の為、12人が執務中であった。ある者は小さく口笛を吹きながら書類を書いていたり、ある者は横の席の同僚と声色を抑えて雑談していたり、比較的忙しく無い時間帯という事もあり、ゆったりした空間が流れていた。


そんな中、受付をしていたアメルが、自分の口を両手で塞ぎながら、よたよたと副支部長が座っている机に向かうのを見た職員は、何だ、いつもの事かと特に気にはしなかった。


「ふ、ふ、ふ、ふくしびゅちょー」

「何ですか?アメルさん。そんなへっぴり腰で。デローチでも現れましたか?あなた虫が苦手ですものね」


職員からどっと笑い声が起こった。

大方そんな所だろう、と。


「ば…ば…ばば、ば」

「ばばば?」


アメルは落ち着く為に1度大きく息を吸い込んで腹に力を溜めた。


「『万象無剣』ですッ!し、神聖級のゾディアル・ハースランド様が今こちらへ来られましたッッッ!」


アメルのその叫びを聞いた直後、職員達は何を言ってるんだコイツは、と信じる素振りも無く横に居る同僚の顔を見合い苦笑を浮かべていたが、小刻みに震えているアメルが一向に立ち直らないのを見ると、不信から半信半疑へと徐々に変わるに連れざわつき出し、いよいよ期待へと心情が移り変わる頃には、ちょっとした歓声が起こり始めた。


その矢先。


「お黙りなさいッッッッ!!」


その場に居る最高権力者からの、怒気を孕んだ叱責が執務室を支配した。部屋は冷水を撒かれた様に、先程の喧噪とは打って変わって一面が静寂に満ちている。


一喝した女性は少し咳払いをし、立ち上がって両手を腰の後ろに回すと、もう一度部下に目線を投げた。


「アメルさん。いつも言っているでしょう。報告は誰が聞いても内容が理解出来る様、事実を正確に伝えなさい」


何一つ取り乱す事無く、いつも通り冷静沈着な上司から注意を受けた事でアメルはやっと平常心を取り戻した。


「すっ、すみません…では改めて。先程、2人の男性が窓口にいらっしゃいました。1人は白い外套を羽織った黒髪の成人男性。もう1人はその男性の連れと思われる10代半ば程の赤髪の少年です。黒髪の男性から、支部長に会わせて欲しい旨依頼されましたが、顔馴染みが無く、危険人物である可能性を考慮してお断り致しました。しかし再度男性より小声で、自身の身分証明物を見て欲しいが私が大声を上げない様に自分の両手で口を塞いでいて欲しいとの申し出が有りました。不審に思いながらも言う通りにし、男性が胸元から取り出した物を目を凝らして確認すると、それは『万象無剣』の二つ名と、ゾディアル・ハースランド様ご本人の氏名が魔刻された虹色に輝く薄い鉄板でした。結果的に口を塞いでいた事が功を奏し、口を開けて叫ぶ事は有りませんでしたが、私は驚いてまともに喋る事が出来なくなりました。何とか支部長がいらっしゃる事を身振りでお伝えすると、お連れの少年と2人で支部長室へ向かわれました。それが5分程前の出来事です。以上です」


アメルが報告している最中、声には出さないものの、所々で職員同士が目を見開いて予感を確信している光景を視界に収めながら、部屋の責任者は自身に上げられた報告内容を頭の中で吟味し、部下に指示を出した。


「未だに支部長が何も言って来ない事実と、アメルさんが見た情報から判断するとおそらくご本人でしょう。アメルさんへの接し方から察するに、おそらく周りに知らせない様にしたいのだと思います。ですので、今騒ぎを聞いて何事かとこちらを見ている広間の冒険者と、受付に残っているサルマさんには伝えないで下さい。あと2階と3階に居る職員にも。何か聞かれた場合は副支部長の癇癪が起こったとでも答えておく様に。あとは特に指示が無い限り対応は不要。お茶出しも要りません。さて、皆さんは通常業務に戻って下さい」


パンパンと両手を叩いた上司は、全員を元の業務に戻らせる。皆いつも通りを装っているが、そわそわと落ち着かない様子で仕事をし始めた。無理も無い。かく言う上司も実は少し動揺しているのだから。


ショルヘはそれほど大きくない協会支部で、たまに法魔級が仕事で訪れた時は、ここを拠点にしている冒険者を含め支部全体が色めき出す様な規模の小さい所だ。それが、もしかしたら生涯1度も会う事が無いかもしれない冒険者の頂点が来ているとなれば、意識の半分以上が支部長室に向いていても誰も咎めないだろう。上司はとにかく2階の邪魔をしない様にと決め、あと数刻の内に終わらせておかないといけない書類の進捗を早めていた。


そんな時だった。事務室の扉を、突然誰かがガチャリと開けて入って来た。前髪が少しだけトサカ立った赤色の短髪をした、素朴でありながらどこか愛嬌のある顔立ちの少年が執務室の中を左右に見渡している。先程少し聞いた特徴を咄嗟に少年に当てはめた上司は、失礼があってはいけないと、立ち上がって優しく微笑むのだった。



「しかし、少しは落ち着いてる所を見せて欲しいもんなんだがな。扉のカギは閉めたぞ。防音は?」

「さっきから動かしてる。外からは聞こえねぇから大丈夫だ」


ゾディアルは扉から長椅子に戻って来ると、再びドカッと腰を下ろした。支部長席の机の上に飾られる様に置いてある小型装置が、一定距離まで進んだ空気の振動を遮断している。


「さて、大きな話が2つある。まず1つ目は、オルベンクのアンテ・ファンテに関する騒動が一先ず決着を迎えたが聞いているか?」

「色んな噂が飛び交って何が事実か分からねぇ、大陸支部からも情報が下りて来ない。どうなった?」


「結論から言うと大失敗だ。デレイロ侯爵には逃げられた」


ドロムは思い切り拳を振り下ろした。十分な強度を誇る机はその痛みを主張するだけに留まった。


「ふざけるなっ!!ヤツを追い詰めるのにどれだけの労力を費やしたと思ってる!?ウチからも過去に何人も応援に出してんだぞ!?協会の面子丸つぶれだッ!一体何がどうしてそうなったッ!?」


少なくとも自分の耳にまでは届いた怒号を受け入れたゾディアルは、深く腰掛けた長椅子から伸びる足をゆっくりと組み替える。


「怒りは尤もだな。色んな事があって俺も頭に来ている。2週間半くらい前の話だ。アンテ・ファンテとは別件でオルベンク支部に寄ったんだが、支部長に会うや否や泣き付かれた。明日アンテ・ファンテが潜伏している地下集会所を急襲するから手伝って欲しいってな」


項垂れた頭を右の掌底に押し付け、吐き出すようにドロムは言った。


「ザカスの野郎…正気かよ?神聖級に救援依頼をする水準じゃねぇだろうが…その前にまずベリアスさんに打診すべきだ」


「あんたの言う通りだが、事態は急を要しているみたいだったんでな。取りあえず、事前に調べた情報を纏めた報告書と侯爵捕縛計画書を持って来いと手元に並べさせたんだが、これがまあ酷かった。時系列もバラバラだし、以前行動した結果が次の行動の理由になっていないから、穴だらけだ。まるで色んな箇所が破れた人形を多種多色な布でツギハギに修復した様な計画書だった」


「その時点で既に失敗している様なモンだな…」


「ああ。マズいと思った俺は、取り急ぎ翌日の襲撃を止める様指示を出して自分で情報を集めた。その結果、既にデレイロ侯爵の証拠隠滅工作が終わった後だった事が翌日になって分かった。もう集会所襲撃にはほとんど意味が無くなったんだが、それを利用して、逆にこちら側から罠を仕掛け、もう一度侯爵を表舞台に引きずり出す方向で計画を進めた方が良いと伝えようと思った矢先に、功を焦った支部長が冒険者に襲撃命令を出し、末端だけで構成された組織の人間の半分を死亡させ、俺自ら逃げた責任者らしき女を追ったが自殺。侯爵には完全に逃げ切られ、捕縛した構成員は何も知らなかった。それでお終いだ。近く詳細が下りて来る筈だから目を通しておいてくれ。」


「………王家とは?」


「会おうと思ったが止めた。あの王家に肝が据わった奴は居ない。決定的な証拠を突き付けない限り猿芝居かまされるのがオチだ。デレイロ侯爵の財力を維持させる方に傾くだろう。王家にも大分旨みがあるみたいだ」


ゾディアルの話の途中から頭を抱えていたドロムは、重く深い溜息をついた。その音を片耳で感じたゾディアルは伏し目がちに呟く。


「結果論になるが俺の判断も少し甘かった。俺が来た時点で指揮系統の頂点を俺に変更して陣頭を取ればこんな事にはさせなかったが、長期計画の最後を俺がかっさらえば支部長の顔も立たんだろうと、他の冒険者や職員には顔を見せず、支部長とだけ話をしていたからな。だがまさか勝手に襲撃の指示を出すとは思わなかった」


「あの馬鹿野郎が。昔から軽率な行動が多かったが、支部長にまでなってまだ分からなかったのか」

「知っている様だな」

「あぁ…同期だ。若い頃お互いザントヘインで現役を過ごしたからな」


「そうか。まぁ何にせよあの支部長はもう終わりだ。オルベンクに白楉級の知り合いが1人居たんだが、事後そいつに裏で話を聞くと、保身を優先する傾向が強く、いつも決断が遅いとキレていた。後処理が終わった段階で、俺からコル爺に事の顛末を報告した後、奴を罷免する様ベリアスのおっさんに直接指示しておいた」


「ベリアスさんに会ったのか?どうだった?」

「そりゃあもう盛大に暴れたぞ。俺にまで当たるくらいな。部下が涙目で宥めていて気の毒だった」

「それは…可哀想に…」


あの男が暴れるとどうなるかを一番知っているドロムは、先程までの怒髪天が妻にビンタされた時の様にしなびるのを感じた。


「今後貴族を捕縛する計画を実行する際は最終計画書を必ず大陸統括長の目に通させた方がいいかもな。今まで支部長預かりだったが、こういう事例が発生したら対処する必要がある。コル爺とオズワルドに相談する予定だ」


「あぁ、その方が良い。頼むぜ。支部目線で動いてくれる神聖級はお前とオズワルドさんとシグルドぐらいだからな。しかし… 1年間にも及ぶ捜査が水の泡かよ。せめて集会所の責任者くらい確保出来れば良かったんだがな」


「その女はアルクール村で死んだ。どうやらイベル山を単独で越えて来たらしい」


膨大な労力と莫大な経費を払った計画がおじゃんになった事を素直に諦められず、いっその事全て冗談だったらいいのにと夢想していたドロムは、ゾディアルから放たれたその言葉で我に帰る事となった。


「は…?ちょっ…アルクールって…ここの管轄じゃねぇか!!」

「変な所で真面目だなあんたは。あんなド田舎管轄するもクソもねーだろ」

「お前はそう言うかもしれんが、責任の一端を感じちまう。しかし1人でイベル山を越えたって…余程の実力者だったのか?」

「戦闘能力は大した事無かったが、事前に調べた所、凄腕の薬師だった様だ。自前で筋力強化薬を製造していたから、それでイベル山を突っ走って来たんだろう」


イベル山の山道に巣くう魔獣は麓の平和さと反比例する様に凶悪だ。高所を好む魔獣が多い為、幸いなことに滅多に地上には降りてこないが。


「無茶な事しやがる…ただじゃ済まないだろう、ボロボロだった筈だ」

「それが見つけた時には既に回復していた。自前の回復薬の効果らしい」

「マジかよ?クソ、言っちゃなんだが、協会に是非とも欲しい逸材だぜ。だが、お前から一瞬でも逃げ切れるなんて信じられねぇな」

「王家に話をしようかと悩んでいたから、レイゼーンの方を先に調べたんだ。先入観もあってまさかイベル山に向かうとは思わなかった」

「ワハハ、そうかよ。お前でもそういう事あるんだって分かって俺ぁ今少しホッとしてるよ」

「当たり前だろ、俺だって1人の平人だ。判断を誤る時はある。それに最終的に自殺させちまったからな」

「そう、さっきのお前の話を聞いていて引っ掛かったのがそこだ。何があった?」


「村人の1人が命を懸けてその女を守ってきやがった。情に絆されたらしい」


先程頭を抱えていたドロムは、前傾が止まらず今度は机に突っ伏した。


「………その情報は聞きたくなかったぜ。その村人、捕縛したのか?」


「まぁ聞け。村人自らが身を挺して守ったせいでその女を確保しづらくなったのは確かだが、結果として自殺を許したのは俺の失態だ。炎毒で自殺したから住人に影響が無いように一時的に避難させたが、強力な魔獣が出てそれを討伐したという体で説明してある。事実は村長にだけしか伝えていない。つまり他の村人は一切知らない。知る必要は無いからな。つまりどういう事か分かるな?」


「ここだけの話…って事だな?」

「それが一つ目の話だ」

「はぁ、分かったよ。それに越した事ぁねぇ。それでその女を庇った村人はどうなった?」

「旅に出た」

「ハァ?そりゃまた随分急な話だな…………ってオイ、まさかそいつ…」


「ああ、さっきまでそこに居たうるさいガキだ」


突っ伏した状態で話を聞いてたドロムはゆっくりと顔を上げ、最終的に天を仰いでしまった。


「………同盟の一員である可能性は?」

「無い」

「………で?アイツをどうするつもりだ?」


「別にどうも。冒険者になりてーって言ってるから少し教えてるだけだ。ま、俺が持ち込んだ厄介事にモロに影響食らったガキでもあるからな。俺にも少し引け目はある。そしてここからが2つ目の話だ。これからすぐに俺はこの街を出ないといけないんだが、戻ってくるまでの約5日間、今日を含めると6日間だな。ここであいつを預かって欲しい」


「ずっと事務室に置いとけばいいんだろ?別に構わねぇぜ」


「いや、そうじゃない。実は今絶賛修行中でな。あいつをどっかの冒険者の組に入れて仕事を見学させたい。この街近隣を中心とした簡単な討伐依頼でいい。適当な奴らは居るか?」


ドロムは真上に上げた顔を徐々に定位置に戻すとふさふさとした髭に片手を当て、

思案し始めた。


「………状況的に頼めるのはパンタフェルラの所の3人組だな」


「パンタフェルラ?どっかで聞いた事あるな。名前からして寿人か?階級は?」


「そうだ。冒険者としては5年くらいの経歴だが実年齢は60を超えている。パンタフェルラが白楉級。あとの2人は黄金級だ」


「ここの筆頭か。信頼は?」


「出来る。ただ、人間性は大丈夫なんだが、ガキ1人保護しながらなんて、慎重なアイツが請けるかどうか…」


「そんだけありゃ追加報酬は十分だろ」


ゾディアルは、腰に下げていた小振りな鞄に手を入れると、鞄より明らかに大きい袋を中から取り出し、ドロムへと放り投げた。


「それが技術局ご自慢の改良型拡張鞄か。つーか、オイ、何だこのカネの量は!こんなのホイホイと与えられる訳ねぇだろうが!」


「アルクールの件で責任の一端を感じると言ってただろ?何かしら対策を打つ時の予算としても使え」


「会計処理を疑われて俺に調査が入んだろうが!」


「その辺は俺が適当にやる。とりあえず追加補正予算申請をベリアスのおっさんに送っとけ。すぐに認可が下りる様にしておくから、その後に大手を振ってそれを使え。飲み代でも良いぞ」


「はぁ…ホントにメチャクチャな上司だぜ…経理からなんて言われるか…」


「もし金以外がいいと言い出した場合だが、保護任務を無事完遂出来たら、特例昇級の功績の1つに数えてもいいと言え。俺が保証する。それでもゴネる様だったら要望を聞いといてくれ。出来るだけ検討する」


「分かったよ…要は反抗しても納得させりゃいいんだろ?つーかそれならお前が直接アイツらに指示出しゃいいだろ。『万象無剣』のお願い事なんか断れる奴の方が少ないと思うがな」


「言っただろ。俺は支部長の顔を立てる癖があるんだ。それにあいつに対して変な目が向くのを避けたい。神聖級と関わりのあるガキなんて噂が立ったらよからぬ事を考える奴も出て来るだろう。何よりあいつの婆さんと約束したんだ。立派な大人に育てて村に返すってよ。だからあいつの素性を聞かれたらあんたの遠い親戚とでも言っとけ」


「よく言うぜ…だが、いまいちピンと来ねぇ。全冒険者の中で一番忙しいかもしれねぇお前がそこまでする理由は本当にそれだけか?」

「義理堅いんだよ俺は。人情で神聖級まで上がったんだ」


大袈裟なくらい両腕を左右に広げ澄ました顔で自己紹介するゾディアルを、ドロムは冷ややかな目で見ながらしぶしぶ受け入れる事に決めた。


「誰が信じんだそんな戯言。あーもう分かった。ちゃんとやっとくから安心して仕事して来い。ちょうど今日の夕方にパンタフェルラ達が中規模遠征から帰って来る筈だ。今日を含めて6日間で良かったな?」


「あぁ問題無い。ここに来て正解だった。やはり頼れるのは信頼出来る友人だな。帰ってきたら久しぶりに飲もうぜ」


「歯の浮くような事言いやがって。お気に入りの店を予約しといてやるよ」


じゃあ頼んだぜー、と言いながらゾディアルは左手をヒラヒラさせながら颯爽と扉から出ていった。


ドロムは防音装置を止め、腕を組み、やたら存在感がある袋の中身をチラっと見た。そういえばもう少しで娘の誕生日だった事をふと思い出すと、引き出しからいそいそと申請書類を取り出した。


実に忙しい昼下がりであった。





~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

エンプシー・リギウスのよいこのための

わくわく魔獣図鑑


          出版:生命生体研究所

          共著:冒険者協会



13、ログリー

   おもにこうやにすんでていわにぎたい

   してあそんでいるよ。からだは30セ

   ルメルくらいでどうみてもいわだけど

   あめがふったらにげるよ。にげるとき

   はちいさい2ほんのあしでいっしょう

   けんめいにげるからみつけたらぬれな

   いところにもっていってあげてね。


   だい20しゅしていまじゅうだ。



~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る