【1-7】聖鐘歴2020年4月13日 ライド

「じゃ、ばーちゃん、行って来る」

「あぁ、行っといで。お昼までには帰って来るんだよ」

「うん、わかってる」


爽やかな風がまだ収穫を終えてない麦の香りを運んで来た。そろそろ別の行商人がやって来そうだから収穫には俺も参加する事になるだろう。天候は快晴。雲一つ無し。実に春らしい良い天気だ。


「あらライド、おはよう」

「おはようナイラおばちゃん」

「カゴを背負ってるって事は今日は森へ行くのね?」

「ああ、最近怠けてたからな。気合い入れて採ってくるぜ」

「そう、良かったわ。あの件でみんな心配してたのよ?ライドが森に行かないから魔獣が怖くなったんじゃないかって」

「ハハハ、そんな訳無いだろ?単に気分が乗らなかっただけだ。でも心配してくれてありがとな」


「いいのよ。あ、そうだ私ミンダさんの所に上着の修復をお願いしに行くんだけど途中まで一緒に行かない?森も方向同じでしょ?」

「ああいいよ。じゃ行こうか」


他愛もない話をしながら村を進んでいく。


そういえばナイラおばさんとこうやって散歩するのも久しぶりだ。小っちゃい頃はばーちゃんに怒られて泣きべそかく度にナイラおばさんの所に行って慰めてもらってた。一通り甘えた後はウチに帰る前に沢の方まで行って一緒に遊んでもらってたっけ。あぁ、ガイファおじさんが死んじゃったのも丁度その頃だったな…


「なぁ、おばさん、ちょっと聞いていいか?」

「何?遠慮しないで聞きなさい」

「何つーか、答えたくなかったら答えなくてもいいんだけどさ、その、ガイファおじさんが亡くなった時、どんな事を考えてた?」


「うーん、そうねぇ。一言で言えば、ふざけるなバカ野郎、ね」

「ええっ?何それ?」

「だってそうよ。兄さんったらいっつも、何かあったら俺に言えいつでも助けてやる、って言ってたのに助けてもらう前にいなくなっちゃったんだもの」


「おじさん面倒見良かったもんなぁ。沢で釣りをしようとしてた時釣り竿を上手く作れなかった俺に、こうやるんだぞって教えてくれたの覚えてるよ」


「でも結局1匹も釣れなかったんでしょ?帰ってきたら、海の神は冷たい奴だ、こんな時くらい魚に食いつかせろって怒ってたもん。私が、川だから海の神関係ないよって言ったら喧嘩になっちゃって」


「ハハハ!おじさんらしいな!」

「ほんとに。でもいい兄さんだったわ。何をやるにしても自分の信念を持ってた」


「信念?」


「えぇ、ライドにもあるでしょ?」

「うーん、ピンと来ねぇな」

「あるわよ。私から見たらちょっと兄さんに似てるわね」

「えー?そう?」

「ええ、自分がこうだ!って決めたらそこに真っすぐ走っていくでしょ?」

「……それ褒めてる?」

「さぁどうかしら?」



ナイラおばさんと別れた俺は森の奥へ来ていた。たったの5日しか経っていないのに、もう何年振りかの様に感じる。ある程度レプルを集めてた所で、何となく木陰に腰を下ろした。


あの後は大変だった。


現場の後処理を行ったカイさんに連れられて村に戻った俺は、そのまま家に帰り横になった。浅い眠りを繰り返していたらいつの間にか朝になっていたから起きて居間に行くと、村人が山の様に押し寄せてきた。


どうやら俺が寝ている間にカイさんがみんなに説明してくれていたらしいが、その内容は、ここら辺には普段出る筈の無い強い魔獣に俺が襲われていたのを見たカイさんが魔獣を討伐した、という筋書きだ。


その魔獣は死んだ後体内から強力な毒を散布するから、カイさんの主導で村人一同、一時的に風上に避難してもらったという事だった。だからワシの言ったとおりじゃろう!とニムじーさんが荒ぶった事で、これから村に櫓を立て、当番を決めて一日中周辺を監視する事が決まったらしい。


でも村長とばーちゃんの二人だけには事実を伝えた、とカイさんから聞いた。決して口外する事の無い様に、と申し添えて。みんなからは、災難だったな、とか、凄腕の冒険者が偶然村に居て運が良かったな、とか筋書きに沿った励ましを貰ったけど、


一通り騒ぎも落ち着いた後、村長とばーちゃんからは烈火の如く怒られた。


その時庇ってくれたのもカイさんだったけど。


おかげでばーちゃんの癇癪も次の日には収まっていたどころか、逆に心配されるハメになった。主に俺の精神面を。カイさんは一通り終わった後、やる事があるから今から村を出る、と深夜にも関わらずどこかへ行ってしまった。


去り際に数日後に戻って来るって言ってたけど、この村からどこかへ向かって数日で帰って来るなんて不可能だ。隣町でさえ、ホルハースで往復して3日かかるのに、徒歩で発って行ったカイさんがそんな時間で戻ってこられる訳が無い。


何となくだが、俺の精神的な傷を気遣ってくれたのだと思う。実際どんな顔でカイさんと話せばいいのか未だに分からない。カイさんからしたら俺は、重犯罪人をしつこく庇って正当な職務を何度も邪魔して来たクソガキだ。


それでもカイさんは村長とばーちゃんに俺にあまり非が無い事を何度も丁寧に説明してくれた。カイさんとしては一連の出来事を別に気にしていないのかもしれないが、俺はやっぱりダメだ。合わせる顔が無い。それから俺は数日間、何をやるわけでも無くだらりと過ごしていたが、いい加減体を動かさなきゃな、と思い今日ここに来ている訳だ。


こうやって何もしない時間が続くと、ついリーエさんの事を思い出してしまう。あの日に起きた色んな出来事が未だに信じられなくて、リーエさんは本当に存在したのかとすら思ってしまう。出来るだけ後悔しない様に生きようと決めた時があったが、もっと俺が上手く立ち回っていたらこんな結末を迎えなかったんじゃないかって自分を責めたくなる。




「はぁ、ダメだ、やっぱり気が乗らないから帰るか、って顔してんな」


突然横から声を掛けられて反射的に跳ねてしまった体をそのまま声がする方へ向けると、そこにはレプルの木にもたれ掛かって立っていたカイさんがいた。


「…カイさん。本当に戻って来たんすね」

「あまり嬉しそうじゃないな。合わせる顔が無いとでも思ってたか?」


この人の洞察力はどうなっているんだろう。

俺の心の底をいつでも覗いてるみたいだ。


「正直、そうすね。どんな顔して話したらいいか分かんないす」

「ハッ、糞ガキが一丁前に責任感じてんじゃねーよ。本を正せばオルベンク協会支部の失態だ。お前が気に病む事じゃない」


そうは言われてもな。

俺も自称思春期の男の子だ。

そろそろ誰かに頼られてもいいんじゃないかって思ってたのに、蓋を開けたらバカなクソガキのままだった事を改めて実感したんだ。

そりゃ陰鬱にもなるさ。


そう考えていた間にこちらに来たカイさんが同じように木陰に座る。


「よっ…と。どうだ、少しは気持ちの整理がついたか?」

「どうでしょうね。よく分かんないす。みんなとは普通に喋ってるけどボーッとする事が多くなりました」

 


「ハッ、そうか。なぁオイ、お前あの女に惚れてたんだろ?」

「えっ!?何すかいきなり!」

「ウハハハ、やっぱそうか。まぁしょーがねーよな。あんな美人が弱ってたら男たるもの守ってナンボだ。俺がお前だったら手足引き千切ってでも立ち塞がったかもしんねーな!カカカ!」


そう言って快活に笑うカイさんが意外だった。この間の印象と全く違う、近所のにーちゃんみたいな感じだ。もしかしてこっちがカイさんの本当の顔なのかな?というか俺が散々反抗したことに対して何も思ってないのか?


「あの、カイさん。本当にすみませんでした」

「あ?何だよ改まって。別に謝られる事なんて何もされてないぞ」

「いやその、すげぇ敵対したし、言われた事何一つ従わなかったし、それに…怪我させちゃったから…」

「そんな事気にしてたのか?どーでもいい。俺もそれなりに場数潜った冒険者だ。お前如きが俺の邪魔出来るなんざ1000年早い」

「はは、そっすね」


特にそれ以上何も言う事が無かったから黙っていた。風に揺れる木々が擦れる音が顔の周りを擽って来る。


「お前、最後彼女に耳元で何て言われたんだ?」


やっぱり気付いてたのか。


「…………私、実はインビーの肉苦手なの、って言われました」


「はぁ?どういう意味だそりゃ」

「分かんねっす。もう答えを教えてくれませんから。でも一生考え続けるだろうなって思います」

「そうか。まぁいいんじゃねーか?それで。世の中答えが無い事の方が多いからな」


リーエさんは俺の事をどう思ってたんだろう。あんな事になっちゃったけど、少なくとも一緒に過ごした時を楽しんでくれてたらいいな。


「あの一つだけ聞きたい事があるんすけど」

「何だよ?答えらえる事しか答えねーぞ」

「最後、カイさんが左手に持ってた筒の様な武器で…」

「拳銃だ」

「えっ?」

「拳銃っつーんだ、あの武器」

「拳銃…」

「そうだ」


聞いた事無いな。

去年、月課の冒険者新聞を買ったついでにラメンデの武器100選っていう辞典を

買ったんだが、そんな武器載ってなかったぞ?


「それで?」

「あ、ハイ。あの拳銃は、人を殺せるんですよね?」

「ああ、頭部や心臓を撃ち抜けばほぼ即死だな」


「…リーエさんを攻撃した時、カイさんは…その……即死させるつもりだったんすか?」

「………さぁな。それを聞いてどうするつもりだ?」


「俺、ずっと考えてたんす。もしあの時カイさんが拳銃でリーエさんをちゃんと…」

「自分が余計な事をしたせいで攻撃が外れて結果的にリーエさんを苦しませたんじゃないか、ってか?」


何でこの人は俺が考えている事が分かるんだろう。

俺の中で一番モヤモヤしている部分なのに。


「あのな、さっきも言ったがお前如きに邪魔される俺じゃねーんだよ。結果として彼女は自分の意志で死を選んだんだ。その精神を認めてやれ。今となってはそれが全てだ。」


「カイさんからそんな台詞が出てくるなんて意外なんすけど…」


「死んだ人間の事をあれこれ言ってもしょーがねーだろ。確かに彼女は重罪人だ。だからと言って彼女が生きてきた人生全て否定する権利なんて誰にもねーよ。大事なのは今からどうするか、だ」


今からどうするか…

そうだな、いくら考えても仕方ないよな。

もうリーエさんは居ないんだから。

でも知っておきたい事もある。それを知らないと俺は今からどうする事も出来ないと思う。


「リーエさんはどんな組織に居たんすか?何が彼女をそこまで駆り立てたんでしょう?」


そう聞いたらカイさんは少し黙った。

多分話すかどうか悩んでるんだと思う。

国家連名指定非合法組織…だったっけ?大物の匂いがプンプンする。


「んー…まぁいいか。お前、人族支配地域ラメンデに蔓延する孤児とか奴隷に関する問題を知ってるか?」


「いや分かんないす。この村にはどっちもいないから」


「だろうな。この村は良い立地条件にある。強い魔獣も生息してないし、盗賊が積極的に狙う事も無い。牧歌的で、のどかで、住民全員が一つの家族みたいだ。まさに理想的な村だな」


「はぁ、それが?」


「その規模が大きくなればなるほど社会が複雑になっていく。貧富の差が生まれりゃはみ出し者も出てくる。事故や戦争で親族を失くした奴も居るだろう。親族が亡くなれば金が無くなって犯罪に手を染める奴も居るかもしれない。そもそも実の両親に捨てられてる奴だって居るしな。そういう事情を抱えた奴らが孤児や奴隷になっていくんだ。奴隷制を廃止している国もあるが、そういう国は孤児の割合が多い傾向にあるから絶対数はそれほど変わんねーな」


そういえばリーエさんが、カイさんも孤児だって言ってたな。

噂通りの男だとも言ってたし、カイさんって有名な冒険者なのかな?


「あいつらの組織の名前は、孤児奴隷独立解放同盟アンテ・ファンテ。目的は簡単に言えば、ラメンデ中の孤児を保護し、奴隷を解放してみんな集めて一つの国を作りましょうねって所だ」


孤児奴隷独立解放同盟アンテ・ファンテ…」


「ただやり方がいささか過激だ。奴隷が収容されている所を破壊してそいつらを持って行ったり、孤児院に居る子供をさらっていったりな。それ自体もよろしくねーが、その基準が曖昧なのも問題だ」


「基準?」


「ああ、例えば『無実の罪を着せられ奴隷落ちした女の子を救出した』これを、どう思う?」


「良い事だと思います。俺がその女の子なら一生感謝するでしょうね」


「まぁそうだな。じゃあ『快楽の為に何人も殺して犯罪奴隷となった殺人鬼を解放した』これはどうだ?」


「許されないでしょ!最悪っすね!ただの犯罪仲間じゃないっす……あ」


「気づいたか?基準が曖昧ってのはそういう事だ。今の二つの例は実際にあった事件だ。孤児に関して言えば『孤児院で不当に体罰を受けて精神疾患を患った子供を救出した』場合もあれば『真っ当な教育と施しを受け同居する孤児や職員とも仲良く暮らしていた子供を攫っていった』場合もある」


「………難しい問題すね」


「そう、複雑なんだよ。俺達の目的は組織の活動を防ぐ事だが、根本的な解決にはならない。物事にはいつも表面と裏面があるが、一番重要なのは間の側面だ。そこを疎かにすると大変な事になる」


「大事なのは側面、かぁ。カイさんは孤児奴隷独立解放同盟アンテ・ファンテを追ってるんすか?」

「いや、あくまで一組織だ。こう見えても忙しくてな。色んな案件抱えてんだよ」


そんな感じがする。俺が憧れる、まさに世界を駆ける冒険者だ。もしこの村に来たのがカイさんじゃなかったら結末は違ったんだろうか。


「彼女とはどんな話をしてたんだ?しばらく一緒に居たんだろ?」

「リーエさんとは…俺が一方的に喋る事の方が多かったっすね、俺の事とか、村の事とか。あんまり自分の事は話してくれなかった。今となってはその理由も分かりますけど…でも」

「でも?」


「よく分かんないんす。一つだけリーエさんの事を教えて貰いました。不幸な孤児を保護してみんなが幸せに暮らせるような場所を作りたいって言ってました。その時の顔、すげぇ優しかったんすよ。あーこの人本当に子供が好きなんだなって。でもカイさんから逃げ出そうとした時からのリーエさんがあまりにも別人で、ホントに同じ人なのかなって」


「人は誰でも二面性を持ってるもんだ。その差があんまり無い奴も居れば極端な奴だって居るさ。それに彼女に関して言うと、どっちも本当のリーエさんだったんだろう」


「どっちも………本当?」


「ああ、彼女自身の事は詳しく知らねーが、元々自分も孤児だったんじゃないか?あの組織にはそういう奴が多いからな。自らの過去の苦労を次世代の子供達に味合わせたくない、きっかけはそんな所だろう。だが現実は厳しい。理想を追い求めれば追い求める程重く圧し掛かって来る。だから強硬手段に出た。心の底では違うと思いつつも、だ。本人も言ってたろ?もうその方法しかない、ってな。まぁ俺の勝手な推測だから鵜呑みにはすんなよ?」


しっくり来た。

俺の事を真っすぐ育って良かったって泣いてたのも、炎毒に俺を巻き込まない様にしてくれたのもリーエさんだ。表現は全く違うけどどっちも俺の事を思っての行動だったんだと思う。


未だに最後に聞いた言葉の意味は分からないけど、しっくり来たら何となく悲しくなって来て、涙が出てきた。1回出てきた涙が止まるまでには少し時間がかかった。


カイさんは何も言わずに隣に座っていた。


・・・


「よう号泣少年。もう泣き止んだか?」


俺の洪水が無事終息を迎えたと同時に、ほぉ聞いてた通りレプルが生ってるな、食うか、と言って採りに行ったカイさんが戻って来た。採りに行ったとは言っても俺のすぐ目の前だ。木を少し見上げて何をするかと思えば、一回大きく飛んで落ちて来た時には両手にレプルを握っていた。烬灰級冒険者ってそこまで出来るものなのか?魔力布でシコシコ採っているのがバカらしくなるな。


そういえばレプルを採っている時は半日中魔力布を使っても全く疲れないのに、カイさんが投げた小刀を受け止めた時、体中の魔力が一気に枯渇した様に疲れた。どういう違いがあるんだろう。


「…おかげさまで。レプル、どうやって採ったんすか?」

「どうやってって、普通に毟って来ただけだ。ほれ1個」

「…そうすか…あざっす」


この人は過去の歴史を一体何だと思ってるんだ。


「うん、ここのレプルは甘みが強くて美味いな」

「そうなんすか?他所で食べた事ないから分かんないすね」

「ああ、低予算で採れる方法が確立すればこの村でレプル特需が起こるかもしれねーぞ」

「そうしたら俺はもうお役御免っすね」

「そういやお前レプル収穫を仕事にしてるんだっけか?」

「仕事っていう程のもんじゃないすけどね。ただ、その、得意…というだけで」


不意に会話が途切れたので俺も手持ち無沙汰に俺もレプルを齧る。噛んだ瞬間に口いっぱいに爽やかな甘みが広がる。うん、いつもの味だ。


「ライド、俺からもお前に聞きたい事がある」


食べ終わったカイさんが急に真面目な顔をして俺を見る。

あぁ、やっぱり。

これは避けられねぇよな。


「お前の能力について教えてくれ」






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エンプシー・リギウスのよいこのための

わくわく魔獣図鑑


          出版:生命生体研究所

          共著:冒険者協会



7、グロコ

  みずべにすむわにがたまじゅうだ。

  でもからだはわによりとてもちいさい

  50セルメルくらい。えいりなはがつい

  てるけどみずくさをおもにたべるこわく

  ないまじゅうだよ。かわいいけどにんげ

  んにはなつかないからおぼえておいてね。


  だい20しゅしていまじゅうだ。



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