【1-8】聖鐘歴2020年4月13日 ライド

物心ついた時には既に両親はこの世を去っていた。丁度俺が生まれた頃に王都で発生した流行り病がこの村にも魔の手を延ばした。村人のほとんどが感染する事態となり、王都から医者が来た頃には既に半分が病死していたらしい。つまり俺の両親もその半分に入ってしまった訳だ。


悲しみとぶつけ様の無い怒りが村を包んだが、家族を失った筈の村長やばーちゃんが村人に喝を入れ、生きる気力を与えてくれたと、レビンおじさんが言っていた。その時王都から駆けつけてくれたブノじーさんで、あまりの惨状に胸を痛め、医術師として今も定住してくれている。


幸か不幸か、その時に居た乳児や幼児で助かったのは俺だけ。おかげで同世代の友達がいない中、一人でどうやって時間を潰すか考えていた事が多かった。今考えれば冒険者に憧れたのも必然だったと思う。見果てぬ旅の中、荒れ狂う魔獣と勇敢に戦い、信頼できる仲間と共に苦難を乗り越えていく。野原で大の字に寝っ転がってそんな妄想をしていたらあっという間に日が暮れた。


転機が訪れたのは、8歳の時。

大陸の異常気象の影響でイベル山から下りて来たシュロークが森に出没する様になり、村人が襲われる事件が起こった。シュロークは灰色の毛並みと白い尻尾と真っ赤な目が特徴で、2足歩行の人型魔獣だ。大きい個体だと3メルを超える事もあり、その巨体に見合わない俊敏な速度で人を襲う。硬く細長い爪はいとも簡単に肉を割き、執拗に尖った歯は一噛みで四肢を奪う、第16種指定魔獣だ。


村には戦える人は居ないし、魔術師も居ない。出来る事といえば魔具を使う時に魔力を流す程度。実に一般的な村民しか居ない。事態を重く見た村長が王都の協会支部に討伐依頼を行う事になった。


村を訪れた冒険者は紫銀級の4人。

大剣と大盾を持った屈強な戦士と、長槍を抱えた中肉中背の槍士、小刀を器用に扱う小柄な斥候と、純鉄の杖を持ち魔帽を被ったひょろっとした魔術師だ。


結果は上々。約1ヶ月間に渡り、かなり広域に渡って捜索、討伐を行ってくれたおかげでシュロークは現れなくなった。村人一同で冒険者達をもてなし、気分良く帰って行ってもらった。後から聞くと、滞在の間寝泊まりする小屋をわざわざ作ってくれたり、差し入れを持って来てくれたり、村人に対する好感度が上がった事で、本来なら2週間の滞在予定を延ばして慎重に仕事を進めてくれたらしい。

ばーちゃんからは、これが人同士の思いやりさね、と教えられた。


俺はと言うと、生まれて初めて見る本物の冒険者達にくっつき回っていた。シュロークを倒す所を見たいとのお願いには全く耳を貸してくれなかったので、こっそり後を付けて行った。戦士が最前線に立って相手の攻撃をいなし、斥候が攪乱した隙に槍士が急所へ一撃、最後は魔術師の火魔法で討伐完了。まさに毎日夢見ていた光景が目の前で繰り広げられた事に興奮して尾行がバレた後は、色んな人から盛大に怒られた。


滅多に無い機会なので俺は生まれてからずっと抱えていた悩みを魔術師に打ち明けた。俺は魔力が使えないのだ。


人族において魔力が使えるのは普通の事だ。

生まれて来る時から既に持っているのだから。

俺以外のみんなは当たり前の様の魔具を使えるが、俺が何回挑戦しても相手はウンともスンとも言わない。色んな人に魔力の使い方を聞いてみたが、口を揃えて、教え方がわからないという答えだった。何故なら、みんな何かの試練を乗り越えたわけでも無く、気付いたら使えていたから。ばーちゃんは、魔力が使えなくても生きていくのに支障は無いから気にするな、と言っていたが、いつか冒険者になりたいと夢見ている俺からすると死活問題だった。


依頼の合間に魔術師は戸惑いながらも色んな事を教えてくれた。集中して体の至る所に散在するであろう魔力を意識して、その全てを一方向に回し、渦を作る。その渦が体全体に生き渡ったら内側の最先端部分を自分の魔核に当てて流し込む。流し込んだら魔道具に触れて作動するかどうかを確かめる。もし失敗したら今度は渦を逆方向に回してみる、それでもダメだったら違う方法に挑戦。


魔術師が言うには、最善の教え方は分からないが、人によって感覚が違うので自分に合った感覚を探すのが良いのではとの話だった。あと一番びっくりしたのは俺以外にも魔力を使えない人がこの世に居る事だった。自分だけじゃないと分かると少し安心したが、やはり魔力を使えないのは嫌だから諦めずに頑張ろうと思った。


異変が起きたのは10歳の時。

その日以降、俺は毎日森に行って練習していた。家でも出来るけど、何となく自然の中でやった方が身に付きそうな気がしていたからだ。2年間練習して成果は一度も無いが、絶対に諦めないと決めたから心は折れなかった。


とある日、あまりに集中していたのか、魔獣の接近に気付けなかった。気配を感じた瞬間には、既に口を開けて俺の顔に牙を立てようとする大鼠に似た魔獣ポドモが真横に居た。


瞬間的に回避した俺は一目散に逃げたが、逸る気持ちが足の回転を乱し、豪快に地面に倒れた。振り向くと、思っていた以上に離れていなかった距離から噛みつく為にこちらへ飛んでくるポドモの姿が見えた。両親にも会えず、魔力も使えず、冒険者にもなれず、生まれてたったの10年でこの世を去る事になるなんて、俺可哀そうだな、なんて事を考えながら、目を瞑り反射的に伸ばした右手が喰われる事は無かった。

一向に痛みがやって来ないのを疑問に思った俺が目を開けると、異常な光景が待っていた。


俺の右手から伸びた青白い網の様なものがポドモを捕獲していたのだ。早く地上へ下りようと空中でジタバタするポドモだが、網は全身をガッチリと捕まえており、逃れられそうにない。何が起こったのか分からなかったが、不思議とこの網の動かし方を理解していた俺は、捕まえたままのポドモを何回か地面に打ち付ける。しばらく打ち付けていたらポドモが動かなくなったので、網で遠くへ投げ、無事帰還する事に成功した。


その時以来、俺は魔力が使える様になった。


森に行って色々試すと、様々な形状に変化させられるのが面白かった。3メルくらい離れている所に居るインビーを、放った紐で拘束したり、急な雨に降られた時は傘の様にして雨宿りしたり、布の様な形にして空中に浮かせて移動してみたり。俺の体から切り離す事は出来ないみたいだが、応用は利きそうだった。


照明魔具を付けた時、ばーちゃんは泣いて喜んだが、俺が使える様になった魔力の事を、照明魔具を魔力布で巻いて浮かべる実演付きで話すと、真剣な顔をして「この事はあたし以外の人間には絶対話してはダメだ、約束しろ」と、もの凄い剣幕で詰め寄られた。何故?と聞いてもこの話は終わりだ、約束を守れ、と取り付く島も無かった。何かおかしな所があったのだろうか?その時の光景は時々夢に出る。


そこからは森の中で誰も居ない時にしか使わない事にした。森の中でしか使えないのなら、とインビーやポドモを狩ったり楽々と薬草を摘んだりして遊んだ。どうやら使えば使う程成長するらしく、最初は伸縮限界が3メル程度だったのだが、5年経った今となってはレプルの実を採れる程となっている。


・・

・・・


「って感じっす」


「……………………」


ばーちゃんとの約束を破っちゃったけど、俺はカイさんに話す事にした。理由は色々あるけど、カイさんは信じられると思う。ただ、話の途中からカイさんの顔がどんどん真剣になっていって、終わった今となっては無言で何かを考えている。

どうしたのだろうか?


「あの、カイさん?」

「ん?ああ、悪い」

「どうしたんすか?」

「いや、ちょっと考え事を、な」

「…?はぁ」


「ライド少し見せてくれないか?この間俺が投げた小刀を受けたがどんな形にしていたんだ?

「あー魔力布っすね。俺が一番得意なやつですよ。ホラ、これです」


そう言って俺は右手からヒラヒラと波打つ青白い布を出して見せた。


「どれだ?」

「いやこれですよ。ホラ、こうやって布の先端を上手に使えばこんな小石とかでも持ち上げられるんすよ。便利でしょ?」


「………そうだな、すげー便利だ、あり得ない程にな。レプルもそれで採ってたのか?」

「はい、こうやって実の高さまで伸ばして先っぽで優しく摘まむんす。布だから柔らかいんすよ」


「……柔らかくても小刀を防げるのか?」

「いや、あん時は硬さを変えたんです。後ろに突き抜けない様にめっちゃ魔力込めました。ん?だから一気に疲れたのかな?」


「……そういえば小屋で俺の両手を攻撃した時はどういう形状にしたんだ?」

「あー……あの時は、こうやって布の両端を尖らせるようにしてそれぞれの端で両腕を突いたんす……その、ごめんなさい」


カイさんの顔が強張っている。

やっぱ怒ってたのかな…


「いや、気にしなくていい。なぁ、あそこに木の枝があるだろ?あれ切れるか?」


カイさんの指先をが指している方向を見ると、10メルくらい先に大木から伸び出てどろんと撓っている木の枝が見えた。


「出来ますよ。こうやって布を細長くして、ちょっと固くして、先端部分を剣みたいにすれば…ホラ、切れました」


カイさんの顔はもはや怖い。

言われた事をやっただけなのに何故か怒られそうだ。


「……成程な。よく分かった。おいライド、もう一回小石を持ち上げてみてくれないか?」

「はい、これでいいっすか」


「ライド、俺にはその小石が宙に浮いているようにしか見えないぞ」

「は?何言ってんすか?布でくるんでるでしょ?」


「ライド、一つ教えてやる。お前が出す魔力布だが、お前にしか見えていない。他人には見えないんだ」





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エンプシー・リギウスのよいこのための

わくわく魔獣図鑑


          出版:生命生体研究所

          共著:冒険者協会



8、エチャチャ

  いたずらずきなさるがたまじゅうだ。

  からだは50セルメルくらいでしろいか

  らだにまっくろいおかおがとくちょうだ

  よ。たまにまちなかにあらわれてはふく

  をひっぱったりするけどほんとうにふく

  をひっぱるだけだからきにしないでね。


  だい20しゅしていまじゅうだ。



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