【1-5】聖鐘歴2020年4月8日 ライド

「な、何でここが…?」


思わず口をついたのはやっぱり年相応の震えた情けない声だった。


「ずっとお前を張っていたからな。今日一日中俺を監視していただろ?」

「………………」


バレていた。

何で?どうしてバレた?

リーエさんは顔全体に驚愕を貼り付け微動だに出来ないでいる。


「…いつ、分かったんすか?」

「いつかと聞かれたらお前が広場の商店の店主に呼び止められた時だな」


「何でそんなとこでっ!?」

「お前が家の影から広場を覗き込んでいたのはわかっていた。他人の視線には敏感な性質タチでな。だがその覗き込みが何を意味するのかはわからなかった。こういう村では冒険者が珍しい事もあるから、始めは好奇の視線かと思っていた」


「…………」


「だがお前の視線があまりに粘っこかったから何らかの敵意を持たれている可能性を考えた。だからお前がどんな表情で俺を見ているか確認する為に、店主がお前ににお前の顔を見たんだ。店主に名前を呼ばれた後ではもう遅いからな。」


そうか今わかった。

あの時感じた違和感。


それはポンスおじさんが俺の名前を呼ぶ直前にカイさんがこちらを振り返った事によるものだったんだ。もしポンスおじさんに呼ばれた後だったらが顔に出ていたに違いない。


「お前の表情から読み取った感情は『焦り』だった。その瞬間に確信した。コイツは何か俺に探られたらマズいものを持ってるってな」


「………」


「まぁそんな事はどうでもいい。ライド、そこをどけ。そこに立っていられたら邪魔になる」


どうする…?どうする…?どうする…?今の話を聞いていても分かるけど俺程度の一般人に比べたらこの人の洞察力は並じゃない。そんな人を口八丁で出し抜けるとは思えない。


横目でリーエさんを確認すると、体は正面に身構えているが怒りとも恐怖とも思えない表情で、口を固く結びカイさんを睨んでいた。


だが光明はある。今のカイさんの台詞から分かったが、カイさんは俺に危害を加えるつもりは無いのだろう。少なくとも見境無しに人を虐殺する様な人ではないって事だ。広場で話した時に抱いた印象通りで僅かに安心する。


どうなるかは分からないけどリーエさんが今すぐに殺されるよりはマシだ。少し、時間を稼いでみよう…


「…本当にそれだけの理由ですか?俺、これでもコソコソするのは結構得意なんで納得出来ません」

「お前が納得しようがしまいがどうでもいい。早くどけ」


「嫌です。教えて下さい」


カイさんが突き刺す様な視線で俺を見据える。喉の奥で怯えた声が聞こえたが歯を閉じて何とか踏ん張った。


「おい、お前こいつに何を吹き込んだ?時間を稼いでいるつもりか?まぁいいだろう、どうせ逃がさないからな」


視線を俺からリーエさんの方に移し、戸にもたれていた体を起こし、直立した。両手を外套の腰穴に突っ込み、1歩俺達に近づいた。体が強張る。


「理由はそれほど無い。敢えて言えば『お前の人物像』だな」

「俺の……人物像?」


「お前が不審人物と会って逃げた理由を言った時、店主が怒っていただろ?お前はそんな事言わねぇ、そんなやつじゃねぇってな。慣れ親しんだ村民から見てを無視出来なかった。」


「………」


「そして不審人物の特徴がそこの女とぴったり一致したのも違和感の一つだな。お前、パッと見て怖くなったから逃げ出したって言ったな?さっき森へ行ってみたが、あの木の茂り様じゃ日中でもそれほど明るくない筈だ。暗い森で少し見ただけでそこまでの特徴を記憶出来るかどうかは怪しい。紺色の髪色を判別するのも難しいし、ましてや全身から血を流している人間を目の前にして驚いているはずだ。そこまで特徴を完璧に捉えられている理由は一つ。この女を知っているからだ。まぁお前がそういう特殊能力を持っていて本当にこの女が山へ逃げて行ったという線も一応考えたが、お前が俺に虚偽の情報を伝えた可能性の方が高かった。」


心音が鳴り止まない。


「………その後村で何やってたんすか?……散歩している様にしか見えなかったっすけど」

「ただの確認作業だ。この村の間取り、面積、周りの地形、環境とかな。あぁ、この小屋は見逃していたぞ。村から見て少し小高くなっている道の死角にあったからな。あとは村人にお前の評判を聞いていた」


「…俺の?何でそんな事…あっ」


「そう、それも確認作業の一つだ。お前という人間が本当に店主の言う通りの奴なのか、だな。結果は上々だ。お前随分この村の住人に好かれてるな。みんな口々にこう言っていた、ライドは嘘つくような奴じゃないってな。それと村全体で匿っている線もナシだ。それとなくこの女に関する質問をしてみたが全く違和感は無かった。あと最近お前犬を飼い始めて飯時にはエサを与えに行ってるらしいじゃねーか。それで確信した。お前が単独でこの女を極秘裏に匿っている、とな。それと尾行するなら視線の送り方と気配の消し方を練習しろ。相手から見えていないかどうかは問題じゃない。まさに素人のソレだったぞ」


「………じゃあ、森に入るフリをしたのも?」


「俺が消えればお前が行動を開始すると踏んでいたからな。これは俺の甘さなんだが、正直言って匿っている場所が分からなかった。まずここを見落としていたし、村のどこかに地下室があるかもしれない。森のどこかかもしれないし、山の中っていう可能性もある。だからお前の後を付ければ分かると思ったんだよ。丁度晩飯時だったからいつもの様にエサを持って行くんだろ?」


いつの間にノインの光が途切れたのか小屋の中は薄い暗闇に包まれていた。


これが烬灰級冒険者…

ぐうの音も出ない完璧な推理だ。

俺の今日半日の行動を完全に読まれていた。

こうやって聞くと俺の隠蔽工作の甘さを実感させられる。


引き伸ばしはもう無理だ。

いざとなったら俺が身を挺してでも…


「さて、問答は終わりだ、ライド。そもそもお前は何故この女を庇う?容姿にでも惹かれたか?本当にそこをどかないと多少痛い目を見るかもしれねーぞ?」


「カイさん!止めて下さいよ!リーエさんから聞きました!リーエさんが働いていた孤児施設を襲ったのはアンタなんだろっ!?それにこんなにボロボロになるまで痛めつけて……どんな理由があるかは知らねぇけど冒険者として恥ずかしくねぇのかよっっ!!」


「………成程。そう言う事か。リーエ……ねぇ」


険しい視線を一層深めたカイさんがまた一歩歩みを進め、外套の腰穴から出した右手でリーエさんを指さした。


「っ!?手は出させねーぞ!」


「おいライド、聞け。その女の本名はリエラーナ・ガステル。国家連名指定の非合法組織で薬師として暗躍している重罪人だ。その女が作った毒で何人もの人間が命を落とした。どんな妄言を吐いたかは知らんが、そいつを庇えばお前まで捕縛されるぞ」


「なっっ!?そんなワケねぇだろっ!数日間一緒に居たけどとてもそんな事出来る人には見えねぇよ!」


「信じられねーなら本人に聞いてみろ」


「リーエさんっ!嘘だろうっ!?何かの間違いだよなっ!?リーエさん!」


リーエさんは先程と変わらずジッとカイさんを睨んでいた。表情は落ち着いているが濃紺の瞳はまるで恨むように濃度を上げていく。顎へ向かって一筋の汗が滑っていくのが見えた。


何故答えてくれないんだ?本当にそんな事をしていたのか?でもそんな人なら何で俺の為に泣いてくれたんだ?カイさんが非道な冒険者って嘘なのか?答えが無いからこんな極限状態でも余計に考えてしまう。


わかんねぇよ、リーエさん。



その時雲の切れ間から月明りが3人を射した。暗闇の最中、徐々に左方へ移動していた黒髪の男は射した光で視界を確保した瞬間、外套から抜いた左手で小刀を2本、少年の左側から僅かに見えていた対象の右肩と右腕へ放った。男は小刀が対象を貫いた瞬間に少年の脇を駆け、対象を確保する……予定だった。


想定外だったのは、放った小刀が対象まで届かず、両手を広げた少年の真横で宙に浮き空中で留まっている事だった。瞬時に異常は感じたが、この機を逃すまいと続けざまにもう一度左手で2本の小刀を放つが、先程から宙に浮いていた2本の小刀がそれを相殺する。次はどうするか、僅かな逡巡の中感じた違和感は自らの両手にあった。視線を下ろすと両手の前腕部分に何かに刺された筈の傷が、今まさに血潮を吹き出そうとしている所だった。せっかく舞い込んだ好機を逸するのは惜しかったが、男は一度状況を再確認する為に出口のすぐ外まで後方へ飛ぶ事にした。月明りのおかげで内部の様子は視認出来る。


そこには何が起きたのか分からず、目を見開き口を大きく開けている女と、今にも崩れ落ちそうに肩で呼吸をする少年が居た。



何が本当か分からなかった俺は何も考えない事にした。


もしリーエさんが重罪人だったとしたら、きっと俺がやっている事も犯罪なんだろう。それでもハイどうぞ、何て今更引き渡せない。何か事情があるに違いない。だって一緒に過ごした間に感じたリーエさんの優しさは本物だと思ったから。


やる事が決まれば体が勝手に動いた。


多分カイさんは話をしながらどこかの拍子でリーエさんを確保しようとするつもりだったと思う。だからそれを防ぐ為にカイさんが話している最中に予め魔力の布を展開しておいた。小刀を弾いた所までは良かったけど、流れでカイさんの両腕を尖らせた魔力布で思わず攻撃してしまったのは申し訳無いと思う。さっきの一戦でもうほとんど体内の魔力が残っていない。いずれにしろもう今しか好機は無い。


「リーエさん!逃げろ!後ろの戸棚の横から外に出られる穴がある!小っちゃいけどリーエさんなら通れる!ほら、早くっっ!」


そう呼びかけるもリーエさんは顔を俯かせて立ち尽くしたまま動こうとしない。


「何やってんだよ!アイツが近づいて来てるぞっ!?大丈夫!俺の能力で何とか止めるからその隙にっ!」

「いいえライド君。あの男と対面したら無理よ。もう逃げられないわ」

「そんな事言ってっ…じゃあどうするんだよっ!?」


「こうするのよ」


リーエさんは左手を俺の首に回すと、右手で拾った小刀を俺の首筋に突き付けた。同時に小屋へ再び入って来たカイさんに向けてこう言った。


「私を見逃して。さもないとこの子を殺すわ」






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エンプシー・リギウスのよいこのための

わくわく魔獣図鑑


          出版:生命生体研究所

          共著:冒険者協会



5、タンタ

  まちのなかにときどきあらわれるねずみ

  がたまじゅうだ。からだは10セルメル

  くらいでおちてるごみをたべてくれる

  よ。まちをきれいにしてくれるからみか

  けたらおれいいってね。でもふえすぎは

  きんもつだ。


  だい20しゅしていまじゅうだ。



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