【1-4】聖鐘歴2020年4月8日 ライド

レビンおじさんの家は広場に面している他よりも少し大きめの家だ。その家の陰から広場の様子を伺うと、広場でいつも商人の真似事をして雑貨を売っているポンスおじさんの店先に、一人の見慣れない男が立っていた。その距離約3メル。予想外の近さに思わず上げそうになった声を必死で押し留める。


「へぇ、色んな物を売ってるんだな。どこから仕入れてるんだ?」

「基本は王都から来る行商人からだな!その他には川から流れてくる珍しいモンがあったら拾ってドンよ!」

「珍しい物ねぇ。例えばコレか?この何というか、何とも言えない絵」

「いやこれはこの村に住む自称芸術家が書いたヤツだ。何とも言えねえだろ?家に置いててもしょうがねぇからドンしてる訳よ!」

「見る奴が見れば価値があるのかもしれねーが、俺にはよく分からんな」


どうやらポンスおじさんと陳列物について話をしているみたいだ。後ろから観察しているので、顔は分からない。


身長は大体180セルメルぐらい。黒髪で肩と耳にはかからない程度の長さ。赤と黒の2本の線で縁取られた襟付きの白い外套を羽織っていて膝下まで伸びている。かなり長丈だ。左手は外套の腰部分に空いている小穴に突っ込み、右手でアニエラさんの魂を掴んでいる。あと右手をよく見ると形の違う指輪が全ての指に嵌められていた。

お洒落好きの様だ。特に携帯している武器は見当たらない。素手で戦うのだろうか?


「お、レプルの実じゃねーか。これ貰っていいか?」

「おう!5レダルな!」

「5レダル?異常に安いな。相場はその10倍以上するぞ?」

「この辺の森林にはレプルの木がめっちゃあってな!この村の子供にレプル取り達人がいるんだ…っておい!ライド!何そんな所で覗いてんだ!?こっちゃ来い!お前の大好きな冒険者様が居るぞ!」


しまった、ポンスおじさんに見つかってしまった。いつもは注意力散漫なクセに何でこんな時だけ目ざといんだよっ!


ポンスおじさんが声をかけたと同時に冒険者がこちらを振り向いて、目が合った。


切れ長の目と、すっと通った鼻筋以外は何の特徴も無い鼻と、一般的な口。うん、普通だ。普通の顔だ。年齢は大体20代後半ってとこか。


正面を向いた事で外套の間から着衣が見えたが、灰色の上着、黒色の長下穿、焦げ茶色の革靴を上手く着こなしている。また、細身だが体全体をかなり鍛えているのが分かる。


ただ、何だろう今の一瞬で何か妙な違和感を感じた。


何かは分からないけど今はそんな事を気にしている場合じゃない。見つかってしまったからにはこちらの違和感を感じ取られる訳にはいかない。


よし、肚が決まった。向かおう。


「おいライド!聞いてんのか!?まったくしょうがねぇ野郎だ。アイツ冒険者に憧れてるからきっとアンタと話すのに緊張してるんだぜ!」

「そう言わないでくれよポンスおじさん。この村に冒険者が来るなんてほとんど無いんだからさ」


おじさんが話している間に冒険者の横を位置取る。大丈夫、自然な入り方だ。動揺は隠せてると思う。


「冒険者に憧れてるのか?」

「っ…はい!毎月1回行商人が来るんすけど、いつも冒険者新聞を売ってもらって読んでます!愛読書です!」

「あんなもん読んで面白いか?…ん?このレプルの実甘いな」

「そりゃもう!報じられていた事件を冒険者が解決したって記事を見る度にワクワクします!月1回の楽しみなんです!」

「冒険者さん、このライドがさっき言ってたレプル採りの達人よ!こないだなんか1日で120個くらい収穫して行商人を驚かせていたからな!」


「1日で120個…?この少年1人でか?尋常な量じゃねーな。どうやって採ってるんだ?」


咀嚼を止め、こちらを見据える冒険者。このクソオヤジ!余計な事言いやがって!今俺が抱えてる問題だって手に余るのに、新たな火種を持ってくるんじゃねぇよ!


「…大した事はしてないっす。その、落ちて偶然無傷だった実とかもありますし」


「いやそれはあり得ねーな。レプルの実の強度は知っている。簡単な風魔術で起こした風圧ですら危ういんだ。あの高さから落ちて無事ならそれはもうレプルじゃない別の何かだ。…まぁいいさ、深くは聞かねーよ」

「いや~本当に大した事ないんすけどねぇ!アハハハ…そっそれよりもお兄さんの事聞かせて下さいよ!烬灰じんかい級ってホントですか!?お名前は!?」


よし、何とか話を逸らせたぞ。

この冒険者の追求を見せない姿勢に救われた形になったが、結果良ければ全て良し!


「カイ・オンサードだ。ほら、冒険者章」


カイと名乗る男性は、衣服の中に入って見えなかった首飾り状の級章を首元から

取り出し、俺の掌の上に乗せてくれた。


級章は、はっきりとした灰色をしていて陽の光に照らすと反射して眩しい。そして、薄い楕円形の金属の表面にはとても精巧な絵が刻まれていて、地面に敷き詰められた砂の真ん中に凛々しい棒が突き立てられている。良く見てみると砂の中には骨や髑髏が埋まっていて何ともおぞましい雰囲気を醸し出している。


うわぁ……これが本物の烬灰じんかい級の級章かぁ。いいなぁー羨ましいなぁーカッコイイなぁー欲しいなぁーねだったらくれない…


「ライドっつったか?俺は人探しの為にこの村に寄ったんだが、最近怪しい人物を見なかったか?」


心臓が1回大きく跳ね上がった。


目の前にある烬灰級章に心を奪われ油断していたのもあるが、このカイという男がリーエさんを探しているのがほぼ確定となったからだ。それがわかった時、自分でも驚くほど冷静になった。この男が、目の前に居るこの冒険者が、リーエさんの優しさを踏みにじった奴だ。孤児を保護する為に一所懸命に尽力してきたリーエさんを…


許せない。

どこかの底から沸々と湧いてきた怒りが熱い。俺は剥き出しそうな敵意を奥底に押し込みこう言った。


「見ました!まさに今日です!森の奥からイベル山の方に向かっていきました!」

「どんな奴だった?」


「女です!身長は大体俺より10セルメルくらい高い170セルメルくらいで腰まで伸ばした紺色の髪。両袖の無い黒い外套を羽織っていて、下穿は太腿の中間くらいまで。変な形の首飾りを下げていて、パッと見は美人でしたが、怪我を負って血だらけだったので怖くなって逃げてきました!」


「どうして怖いと思った?」

「どうしてって……だってこんなド田舎にある薄暗い森の中で血を流しながら歩く女なんていないっすから。どうせ人に言えねぇ事情でどっかから逃げて来たに決まってます!関わるとロクな事に…」


俺がそう言い終わる前だった。


「バカヤロー!ライド!黙って聞いてたら何だてめぇこの野郎!人を外見で判断するんじゃねぇ!マウラばあさんが聞いたら泣いて悲しむぞ!それにおめぇ…どうした?おめぇはそんな事言う奴じゃねぇだろ?おめぇなら村に無理矢理連れて行ってでも助けるだろうが!?」


「…っ!!」


「まぁ落ち着けよ店主さん。いつも高い志を持っている人間でも不測の事態が目の前に現れたら気が動転するもんさ。ましてやこいつはまだ子供だ。アンタが言う様に不用意に近づいた結果、もしそいつが危ない奴だったら今頃この子は帰って来なかったかもしれねーだろ?」


「いや、まぁ…そりゃそうなんだがよぉ…俺はコイツがちっさい頃から知ってるからよ。こいつは困ってる奴が居たら自分が先陣切って真っ先に助けに行く様な奴なんだ。こいつがこんな事言うはずがねぇんだよ…」


「気持ちはわからないでもないが、過ぎた事を責めても仕方が無い。ライド、情報提供感謝する。悪かったな」

「っす……あの、その女を今すぐ追うんすか?」

「いや、調べたい事もあるから少しこの辺りを見てから、だな」


「…何時頃っすか?」

「気になるか?」


「はい。滅多に冒険者は来ないんで仕事ぶりをみたいなって」

「そうか。だが悪いが一人で行動させてくれ」


「…探してるのはその女っすか?」

「それは言えない。守秘義務が有るからな」


「…わかりました。無理言ってすんません。あとポンスおじさん、何かゴメンな」

「いや俺も言い過ぎたぜ。確かにカイさんの言う通りになった可能性もあるしな。お互い水に流そうぜ」

「うん。じゃカイさん、これで」

「あぁ」



あれだけ猛り上がった怒りの炎が、滝に打たれた様に見る影もなく消滅していた。自分では冷静なつもりだったが、気が逸りすぎたかもしれない。


あの瞬間立てた作戦は、あえてリーエさん本人の人物像を伝え、もうこの村には居ないかもしれないと思わせて山の方へ向かう冒険者を見送った後、リーエさんに報告する事だった。


作戦自体は結果的に成功した…と思う。

だがどうやら表現が悪かった様で、ポンスおじさんがあんなに怒るとは思わなかった。


実際の俺はポンスおじさんの言う通り誰であろうが半強制的に村に連れ帰って治療を施したと思う。先日リーエさんに全く同じ事をした様に。ポンスおじさんの発言で、作戦が円滑に進まなくなった事に対してほのかな憤りがあるものの、同時に俺の事を信頼してくれているのも実感したから、何とも言い表せない複雑な心境だ。


そしてそんな俺のモヤモヤ感を5割増しにしてくれているのが、俺を庇ってくれたカイさん。


少し会話をしただけじゃ全てはわからないが、リーエさんが言う様な事をする冒険者には見えなかった。偶然目的が一致しただけの別人なんだろうか?それとも本当にあの人が孤児施設を破壊して、リーエさんに重症を負わせたのだろうか?もしそうだとしたら一体どんな顔でやったんだろう。


今すぐにリーエさんに人相を伝えれば分かるだろうけど、この村を出て行ってくれるまでは安心出来ないと思う。相手は烬灰級冒険者だ。俺が疑われれば尾行などお手の物だろう。だからずっと一緒にくっついておきたかったんだけどなぁ。


こうなったら仕方がない。目を離すのは怖いから監視を続けよう。大丈夫、この村の構造は知り尽くしているから絶対にバレない死角から監視出来る自信はある。とにかくカイさんがこの村を出るまでだ。


あと少し。

気を抜くな。


・・

・・・


結果から言うとカイさんはあっけなく村を出て行った。それも俺が供述した嘘情報通りに、日が沈んだ後イベル山方面に続く森の中へと入っていった。


広場で解散した後、村を出るまでカイさんが何をやっていたかと言うと、意味も無く村中を練り歩いたり、その際に道端で会った村民と世間話をしたり、最後は村唯一の食堂で夕飯を食べたりで、俺の気苦労は一体何だったのかと言いたくなるくらい颯爽と去っていった。戻って来る可能性もあるが、その時は別の場所を探す為の腰掛けに過ぎないだろう。何とか難を乗り切れそうだ。


やっと安堵した俺はそういえば昼食を食べていない事に気付き、俺が食べてないという事はリーエさんもお昼抜きという事実に気付いて帰路を急いだ。



「ばーちゃんただいまー」

「おかえり。夜ご飯出来てるよ。あんたお昼ご飯食べてないだろ?あんたが狩ってきたインビーの肉も焼いてあるから早く食べな」


焼きたてのパニスに、出来立てでまだ湯気が上る野菜のレーチェはいつもの定番だが、今日は主役が違う。香草と塩で揉んだ後に表面をパリッと焼いたインビー肉の

いい香りが鼻腔をくすぐってくる。


「あーありがと。いただきます。う~んうめぇー」

「随分疲れてるねぇ。ずっとあの冒険者にひっついてたのかい?向こうも仕事で来てるんだからあんまり邪魔するんじゃないよ」


俺は口の中を忙しくさせながら答えた。


「カイさんはもう村を出たよ。詳しい事は教えてくれなかったけど何か人を探してるんだってさ」

「こんな辺鄙な所にかい?冒険者ってのも大変だねぇ」

「でもかっこよかったぜ?何つーか大人の男!って感じで」

「憧れるのもいいけどもちっとゆっくり食べな。喉に詰まらせて死んじまったらあんたの両親に合わせる顔が無いよ」

「こんな美味い料理を作るばーちゃんが悪いのさ!ごちそうさまっ!今日も美味かった!じゃこっちの分の料理持って行ってくるわ」

「そのあんたが最近森の入り口で飼ってるっていう犬だけど、いい加減ウチに連れてきたらどうだい?こんな夜遅くに出ていかれたら心配でたまったもんじゃないよ」

「村に入ってきたがらねぇんだからしょうがないだろ。それに森の中には入らないから大丈夫だよ」


ばーちゃんは食器を洗っている手を止め、俺の方に振り返って言った。


「…ライド、聞きな。あんた魔力で良からぬ事してないだろうね?あんたのは特別なんだ。誰にも知られちゃいけないし、誰にも使ってはいけないよ?」

「その小言耳が重みで落とされる程詰まってるよ。大体こんな村でどんな悪さするんだよ?ファリカねーちゃんの下着かっぱらって行商人にでも売るってか?あ、ブーガスのおっちゃんでもいいかもな」

「ふぅ、わかってたらいいんだよ。あとブーガスに売るのは止めな。また王都から衛兵呼ぶハメになるからね」

「ワハハハ!確かに!あ、そういや犬がばーちゃんのパニスは絶品だって言ってたよ!んじゃちょっくら!」

「そりゃ見込みのある犬だ。すぐ帰って来るんだよ」


玄関を出ると、自信満々の体を自慢する様に、まん丸いノインが出迎えてくれていた。どこの家も照明魔具で室内を照らしていて、夕餉の煙とパニスの匂いをお供え物の様にノインへと送っている。表を歩いている人は誰もいない。向こうの方に雲が多数見えるけど十分明るい夜だ。手籠に入れたレーチェがこぼれない様に均衡を取りながら足早に歩を進めていく。


リーエさんを巡る一件はばーちゃんにも言って無い。言えば心配になって騒ぎ出すのが目に見えてるからな。何かしらで一度騒ぎ出したばーちゃんは怖い。以前この村の食堂でおやつをタダで食べていた事が発覚した時はそれはもう、酷かった。


店主夫妻のベルドーテさんとレネさんからすれば近所の子供がおやつをねだりに来て「将来大成したらツケを払いにくるんだぞ?ハハハ」ってな感じで気軽に俺に与えていたらしいが、ひょんな事からその事実がばーちゃんの耳に入った矢先、俺を店に連れていき、不肖の孫が迷惑をかけて本当に申し訳ないと頭を下げて謝った。


正直言って俺も夫妻も、え?そんな事で?という反応だったが、ばーちゃんの正義には反する行為だったらしい。家に帰った後は1週間食事時は毎日説教が続き、あのばーちゃんの料理の味がしなくなったのを覚えている。たかがおやつタダ喰い事件程度でその有様なのに、今回の件がもしバレた場合は騒ぎすぎて天に召してしまうんじゃないかと本気で思う。


ただばーちゃん、安心してくれ。

カイさんが素通りした今、完治したリーエさんが無事出発したらいつもの日常が戻るから。



コンコン

「リーエさん、居る?俺、ライド」

「ええ、入っていいわよ」


小屋の扉を開けると、小屋の上方の壁にある格子から射したノインの光に照らされたリーエさんが、座禅を組んで集中している見えた。


「お昼はごめん。ちょっとバタバタしててどうしても来れなかった」

「全くよ。お腹が空き過ぎて座禅で気を紛らわしているのだから」

「えっっ!?本当かよ!?マジでゴメン!!」

「フフフ、冗談よ。全く問題無いわ。こうやって誰の目にもつかない所で匿ってくれているだけでありがたいのだから」

「そうは言っても俺が気にするよ。夕食を持って来たんだ。冷めない内に食べてくれ」


この数日ですっかり打ち解けた俺達は、いつの間にか友達と話す様に喋っていた。

友達と言っても同年代が村に居ないから8歳下のポイと10歳下のミミンと喋る感じかな。持っていた手籠から本日の一品を順次出していく。


「ありがとう。いただくわ」


そう言ってまだ温度を保っているレーチェを一啜り。

ごろごろと自己主張をしている野菜を一口で食べると、パニスを齧る。


「パニスもそうなのだけど、このレーチェもとても美味しいわ。おばあ様は本当に料理が上手ね」

「村に一軒食堂があるんだけど、正直言ってばーちゃんの料理の方が美味いんだよな。だからほとんど行ってないんだ」

「自然だわ。毎日自分の家でコレが食べられるのなら行く必要が無いもの」

「そうなんだよな。おじさんとおばさんには悪いけど、ばーちゃんが食堂やってたらもっと客が入ってると思う。あ、このインビーの香草焼きもイケるぜ?」


まだほんのり熱を感じるインビー焼きは、脂が乗って一番美味しい尻部分の肉を持って来た。


「うん、本当。美味しい。このインビーは今日あなたが?」

「ああ、レプル採ってた時に出合い頭にな。本当はお昼に持って来る予定だったんだけど」

「言ったでしょ、気にしないで。こうやって食べられるだけで満足なのだから」

「そう言って貰えると狩って来た甲斐があったよ」


控えめな言動の割にはいつもにも増してもしゃもしゃと食べている。

やっぱ腹減ってたんだな。服用する事で魔核を強制的に稼働させる治療薬らしいから。具体的な原理はよく分からんが。


「すっかり元気になったな。最初会った時が嘘みたいだ」

「あなたには本当に感謝しているわ。………ねぇライド君、実は明日にはこの村を出ようと思っているの」


あぁ、やっぱそうだよな。そんな予感はしてた。昨日辺りから一気に活力を取り戻した感じは見受けられてたから。わかってはいたけど、折角友達になれたのに…寂しいな。


「…そっか!よかったじゃん!職場の同僚と合流して、また仕事が待ってるんだろ?無事な姿を見せてやってよ!」

「ええ、ありがとう。今抱えている仕事が一段落したら必ずこの村に来るわ。その時に改めて御礼するわね」

「わかった!んじゃ楽しみに待っとくよ!」


そう言って俺たちは微笑みあった。

何事も無く送り出せる事となって良かった。やっぱ人助けはするもんだな。俺も嬉しいし、何より誇り高い。これで俺も少しは冒険者に近づけたかな?


あ、そうだこの機会にリーエさんに今日あった事を伝えよう。


「そういえばリーエさん、食べながらでいいから聞いてくれ。今日俺がお昼にここに来る事が出来なかった理由なんけど、実は冒険者が来たんだ」


その瞬間リーエさんは壊れたおもちゃの様に俯き、全身の動きを止め、しばしの間停止した後、ゆっくり下ろした腕からと持っていた食器をドンッ、と床に押し付けた。顔を上げたリーエさんは血走った目を見開いていて見た事の無い表情で…


「何故……?」

「えっ?」


「何故最初にそれを言わなかったのよッッッ!」


小屋中を乱反射したリーエさんの咆哮が耳を劈いた。吊り上がった眉は落ちる気配が無く、叫んだ後に勢い良く食いしばった歯はギリギリと音を立てている。


「ごっっ、ごめん!実はもう問題無くなったから伝えるのを後回しにしていただけなんだ!」


「……どういう事?」


「その冒険者はリーエさんを探していたみたいだったけど、嘘の情報を伝えて今頃イベル山を捜索中なんだ。1刻程前にその冒険者が森に入っていく所をちゃんと監視していたから間違いないよっ!」


「……………そう、そうだったのね…ごめんなさい、少し興奮してしまったわ…本当にごめんなさい」


再び俯いたリーエさんからは今しがたの激情は感じられない。

失敗したな、命を狙われているんだから何よりもまずその事を話すべきだった。


それにしてもびっくりした。


「いや、俺の方こそごめん。言う通り最初に話しておくべきだったな」

「いえ、私が悪いの…本当に申し訳ないわ…それでその冒険者はどんな風貌をしていたの?」


「身長が大体180セルメルぐらいの男。黒髪で烬灰じんかい級の冒険者だったよ」

烬灰じんかい級……?級章は確認した?」

「あぁ、実際に手に持たせてもらってこの距離で確認したよ」


「……どんな形をしていたの?」

「灰色の楕円形で砂の上に棒が立っている絵が彫刻されてたよ。本で見た事があるけど、間違いなく本物だった」

「そうね…その特徴であれば間違いないわ…」


リーエさんは何やらブツブツ呟きながら考え込んでしまった。

実際に襲われたリーエさんなら真偽判定出来ると思っていたのだが違うのだろうか。


「ねぇ、その冒険者の名前は聞いた?」

「うん聞いたよ、その人の名前は」


「言う必要は無い。ここに居るからな」


声がした瞬間に思わず振り向いた。


そこには小屋の入り口の戸に背を預けて両腕を組み足を交差させながら、月明りに照らされて佇んでいるカイさんが居た。




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エンプシー・リギウスのよいこのための

わくわく魔獣図鑑


          出版:生命生体研究所

          共著:冒険者協会



4、マンク

  つちのなかをにょろにょろはういもむし

  がたまじゅうだ。からだは30セルメル

  くらいでたまにちじょうにかおをだす

  よ。1つのおめめでまわりをかくにんし

  ているだけだからそっとしておいてね。


  だい20しゅしていまじゅうだ。



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