【1-3】聖鐘歴2020年4月8日 ライド

今日も今日とて俺は日課の収穫に来ている。


いつもの様に体から出した魔力布を伸ばし、レプルの実を収穫。この森の木は半分くらいレプルの木だから俺一人が乱獲しても問題は無い…と思う。昔は魔力布をどれだけ伸ばしても木の半分に届く程度が関の山だったけど、毎日の反復練習のおかげで今や木の高さを上回る程伸ばせる様になっている。


既にカゴの半分くらいは採れたからあと少し頑張れば………ん?木陰で微かに動く物体が視界に入った。ニムさんが言っていた魔獣だろうか?少し緊張しつつ足音を立てない様にそろりと近づくと、大きな木の根元で落ちている木の実を齧っている存在が見えた。


何だインビーか。


インビーは兎に3本の尖った角を装着した様な外見をしている魔獣だ。


あれに貫かれたら流石に無事じゃ済まないと思うが、動きはそれほど早くないのでよっぽどの事がない限りやられはしないだろう。わくわく魔獣図鑑でも第19種指定されていた。第20種が最低だからそれなりにお手頃に倒せる魔獣ですよって位置付けだ。


早速魔力布を出し、硬くして先を尖らせて背中から一突き。「ギュッッ」と短めの断末魔を響かせ動かなくなった。


ひらひらとそよぐ魔力布を今度は紐状に変え、インビーの両足を縛って吊るした後、紐の一部を尖らせて血抜きを行う。その後は小刀を持って角を取り、皮を剥いで、手早く内臓を取り、肉を解体する。解体は両手を使う作業なので、魔力紐は俺の頭から出している。頭から出た紐がインビーの両足を縛って吊るしている様は、傍から見れば相当滑稽なんじゃないだろうか。おっと心臓から魔核を回収するのを忘れていた。

何に使うのか分からないが、行商人はそれなりの値段で買ってくれる。


この魔核の有無で動物か魔獣か分類されるらしいが、魔核無しにこの世に生まれてきた動物には同情してしまう。最下層を除いて魔獣の方が圧倒的に戦闘力が高いから、動物にとっては生まれた瞬間に周りが天敵だらけみたいなものだ。


動物は人間が保護してあげよう。色々な恵みをくれるし。


さて、後処理もかなり上手くなったな、俺。

昼食には焼いたインビーを出してもいいかもしれない。



女性の名前はリーエさんと言うらしい。

歳は聞いてない。


「女性に年齢を聞いてはイカンぞ!ワシの様になるからな!」と、この村唯一の独身貴族ブーガスのおっちゃんが言っていた。おっちゃんは昔、王都の綺麗どころを嫁にするんじゃぁ!と意気込み王都ショルヘで結婚活動を行っていたらしいが、24歳の女性を限定して狙うという謎の性癖を満たすべく、女性と接する際に開口一番に年齢を聞いては嫌がられるというのを繰り返し、終いには「最近王都に女性の年齢を聞いて言い寄る不審者が出没している」との連絡を受けた衛兵にしょっ引かれた経験がある。


幸い、事情を聴いた衛兵からは説教を食らうだけで済んだ様だが、その後も婚活は

上手くいかず夢破れ、失意の中アルクールに戻って来たという訳だ。


正直、年齢を聞く聞かない以前の問題じゃないかと思うが、他者の貴重な失敗談は

己の糧になる。その話を聞いて俺も女性に不用意に年齢は聞かない事に決めた。

まぁリーエさんはさらっと教えてくれそうだけど、どう見ても20代前半くらいだから聞く必要もないだろう。


リーエさんはパニスが絶品だとたくさん食べてくれた。うちのばーちゃんが精魂こめてふっくらと焼いたパニスが上手いのは分かっていたが、そうやって他所の人が改めて評価してくれると俺も嬉しい。


怪我も大分回復した様で、昨日夕食を届けに小屋へ入った所、右腕だけで倒立しているリーエさんが居た。何してるんですか、と聞くと、体が鈍らない様にしないとね、と言って、その状態のまま涼しい顔で片腕立てをしていたのには唖然とした。

あんな細い体のどこにそんな力があるんだろうか。


ここ3日間でリーエさんとは色んな話をした。主に俺の話を。


ここはどういう村なのかとか、俺が森でレプルや薬草を収穫している事や時々現れる小型魔獣を狩っている事とか、村民の事とか。レプルの採り方はボカして説明したが、ブーガスのおっちゃんの小話をしたら手を叩いて笑ってくれたな。


そしてその小話の延長線上でリーエさんが28歳である事が判明。人は見かけによらないものだと思ったが、リーエさんからは「年を下に見てくれるのは女性によっては喜ぶものなのよ」と言われた。リーエさんは喜ばないのだろうか?女性の年齢問題、奥が深い。


一番びっくりしたのは、俺が生まれて間も無い頃に両親を亡くしたが、ばーちゃんと二人で不自由無く明るく暮らしている事を話した時、突然リーエさんに抱擁された事だ。柔らかい感触と鼻をかすめる良い匂いに何が起こったのか分からずにただドキドキしていると「あなたを真っすぐ育ててくれた素敵なおばあ様ね。大事にしてあげなさい」と言われた。


リーエさんは少し、泣いていた。


自身の事を少しだけ話してくれたが、どうやらリーエさんは孤児の保護に関する仕事をしているらしい。ここに来る前もある施設で仕事をしていたが、冒険者に襲撃され、命からがら落ち延びてきた、との話だった。


なるほど、抱擁の意味を履き違えなくて良かった。


リーエさんの話を聞いていて少し怒っている事がある。その冒険者についてだ。


俺は冒険者というものは、常に弱者や救済を求めている人の味方であり続けなければならないと思っている。強きに猛然と立ち向かい、弱きを決死の覚悟で守る。それが俺の理想の冒険者像だ。そりゃあ、この世の中綺麗事ばかりじゃないって事は俺でも分かってる。でもどんな理由があれ、孤児施設とその保護人を襲うなんて事が許される訳が無い。まさに非道な冒険者だ。


もし村に現れたら全力でリーエさんを守ろう。



森の出口を抜け、背中のレプルがつぶれない様にあぜ道の平らな部分を歩いていると我が村が見えてきた。いつもの景色、変わらない匂い、少しだけ違うのは、今他所からとある美人が訪村している事。俺しか知らないけどな。リーエさんの怪我が完治する日は近い様に思う。そうなったらやっぱ出ていくのかな。

少し寂しいな。


森から続くあぜ道は村の裏入り口に繋がっている。その裏入り口に1番近い場所に居を構えるミンダおばさんが、今日も大あくびをかましているのが見えた。


「おばさん、いつも眠そうだな。ほらっお裾分け。それ食べてシャキっとしなよ」


そう言って俺は背中のカゴから1つ取り出しておばさんの手に乗せる。


「あぁおかえりライド、ありがとう。今日も豊作じゃないか。その肉はインビーかい?」

「ああ、帰りがけに遭遇してね。この小刀でサクッと一発だ」

「頼もしいねぇ。その肉も誰かに売るのかい?」

「いや、今日はうちでばーちゃんと食べようと思ってるよ。最近あんまり口にしてなかったからな」

「あんたが取ってきた肉を食べたらマウラばあさんも若返りそうだね」

「はは、そりゃいい。ばーちゃんには出来るだけ長生きして欲しいからな」

「だったら早く帰ってやんなね。あんたの帰りをいつも待ってんだからさ。あ、そうそうライド、今村に冒険者がやって来ているみたいだよ?」


「………何だって?」


「あたしも直接見た訳じゃないけどさっきうちの店に来たレビンさんが言ってたよ。さっきまでは広場に人だかりが出来ていたらしいね…ってあんたどうしたのさ、そんな怖い顔して」

「おばちゃんありがとう、じゃっ」


間違いない、リーエさんを追って来た冒険者だ。


急に心臓が激しく収縮を繰り返すのがわかる。一刻も早くリーエさんに知らせないといけない。


いや、焦るな。まずはばーちゃんに顔を見せて、荷物を置こう。というかリーエさんに知らせる前にまずその冒険者を観察した方がいいかもしれない。一先ず観察して、その特徴をリーエさんに伝えるんだ。確率は低いと思うが別人の可能性だってある。


よし、そうしよう。


「ばーちゃん!ただいま!」

「おかえりライド。今日もたくさん採ったねぇ。おや、それはインビーの…」

「そんな事はどうでもいいんだ!今村に冒険者が来てるってホントか!?」

「あぁさっきナイラから聞いたよ。今広場に居るみたいだね。あんたまた冒険者にしつこく旅の話を聞くつもりかい?今来てる冒険者はどうやら烬灰級らしいけどほどほどにしとくんだよ」

烬灰じんかい級ッ!?…………ちょっと行ってくる」


最悪だ。


今までこの村の依頼で訪れた冒険者は紫銀級と赤銅級だけだ。それがよりによってこんな時に烬灰級だって!?


落ち着け、俺。

まずはその冒険者を確認しに行こう。




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エンプシー・リギウスのよいこのための

わくわく魔獣図鑑


          出版:生命生体研究所

          共著:冒険者協会



3、ヨポ

  やわらかいくちばしがとくちょうのとり

  がたまじゅうだ。からだは20セルメル

  くらいできのみきにとまっていることが

  おおいよ。でもすこしおでぶちゃんだか

  らとべなくなったらどうしよう。

  みかけたらたすけてあげてね。


  だい20しゅしていまじゅうだ。

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