【1-2】聖鐘歴2020年4月4日 ライド

ここはイゼリフ王国にある辺境の村アルクール。

人族支配地域ラメンデの南西にあるパイロ大陸の中の、更に南西に位置する国の片田舎だ。

人口は50人くらいで当然の様に全員が全員顔見知り。

本気で走れば村1周10分というささやかさ。


村の主な収入源は農業だ。ほとんどの村民が励んでいる。この地の麦は寒冷時期によく育つから、春になると複数の行商人が買い付けにきて、その収入で次の冬まで乗り切るのがこの村流の暮らし方だが、もちろんその間何もしないなんて事は無い。


さっき会ったミンダおばさんは被服屋をやっていて、村民の破れた服をあっという間に復活させる女神だ。少しお年を召しているが。

牛を飼っているペソットさんは毎日やる気なそうに乳を売っているし、狩りが上手いビンゼさんは小型魔獣の他に兎やら鹿やらの干肉を売っていて、ディングのおっちゃんは若い頃王都の工事会社で働いていた経験を活かし、村の家屋や設備の修理を一手に請け負ってくれている。


アニエラさんなんて、これからは芸術の時代よ!とか言って上手いとも下手とも言えない、噛んでも味がしなさそうな何とも微妙な絵を村民に売りつけていた。

みんな半笑いで面白半分に買ってたっけ。あれはもう二度と売れないだろうけどあの人ならまた別の無味無臭の作品を作りあげるだろう。

見る人が見れば芸術性を感じるんだろうか?俺には分からない感覚だ。


腹が減れば腐るほどある麦からパニスが作れて、その辺の動物や弱い魔獣を狩れば肉が手に入るし、村人に必要な最低限の野菜は自作で賄える上に、喉が渇いたら近くの沢から引いた井戸水が潤してくれるから、こんな田舎でも食糧事情は問題ない。


欲を言えば美味として噂に名高いバルボの肉を塩胡椒焼きで食べてみたいが、この地域にバルボはいないし、仮にいたとしてもバルボ程の魔獣を俺が倒せるかは怪しい。


そんな感じでみんなたくましく生活を謳歌しているから、自分で言うのも何だが

こんな僻地にしてはいい村だと思う。

そこで俺はというと…


「さて、今日もやりますか」


そう言って俺は自分の体の中心から魔力を両腕へ伸ばしていき、先端へ届いたのを感じると、両手から世界へゆっくりと羽ばたかせる。


外へ出た魔力は、緩やかな風に吹かれた様になびく一枚の大きな布状に形成されていき、空中で揺らめきながら青白く存在を強調させていく。


ここは誰にも見られる心配の無い森の奥深くだ。


生え茂る木々はいずれも空まで達さんとばかりに背が高く、先程まで元気よく地に届いていた陽光のほとんどを包み隠している。


この森林に広範囲に渡って繁殖している木はレプルといって、実らせる果実は握りしめられる程小振りだが、かじると口の中いっぱいに瑞々しさとしっかりとした甘みを運んでくれるから、この国ではとても人気がある。

だが、いかんせん高い木の頭頂部に生えている事で収穫するのが困難なのだと。


ただ、俺に関しては問題無し。


揺らめく大布の真ん中の部分だけを木の頂点へとへ高く伸ばしていき、細長い三角形状になった大布のその先端部分を掌程の大きさに縮小させると、目の前に顔を出した淡い赤色の果実を包み優しくもぎ取る。昔は力加減を間違えて潰してしまう事もあったが今となっては朝飯前。

成っていた3つのレプルを手早く回収すると同じ要領で2本、3本と摘み取っていく。約2時間程勤しんだ結果、40個程収穫する事に成功した。

背中のカゴはもうパンパンだ。


この収穫方法の長所は木を切り倒さなくてもいい所だと思う。

レプルの木は表面がツルツルしていて登って取るのが大変だから、昔は果実の収穫の為だけに木を伐採していた業者が多数を占めたらしいが、木の数の減少に従って実の流通が少なくなり、一時期は今の1個あたりの相場の50倍まで高騰した事があったらしい。


その後イゼリフ王家により法改正が行われ、レプルの木の伐採は必要不可欠な場合を除いて一切禁止となった。この村にまで官憲が通達に来たと村長が言っていたから王家の本気具合がよく分かる。

伐採が禁止となった事に困った業者は、魔術師を呼んで風系統の魔法で実を包み込んで収穫出来ないか試した事もあったそうだが、衝撃に対してとても繊細だからよっぽど熟達した魔術師でもなければ成功率は低かったらしく、仮にうまくいったとしても、魔術師を雇う費用で利益は出なかったんじゃないかって当村御用行商人の

モルフェさんが言っていた。


そういう歴史を聞くと俺の収穫方法はなかなか貴重なんじゃないかと思う。

誰にも言えないけどな。


さて、カゴにはもう何も入らないからこのまま帰って他の村人に売り捌くのがいつもの俺の日課なんだが、今日はとっておきのお楽しみを用意してある。


適当な高さの平べったい岩に腰掛け、中身がダメにならない様にそっとカゴを置き、肩から下げた鞄からある物を取り出す。


そう、冒険者新聞だ。



今回の冬は長かった。


例年であれば3月の頭には春の訪れを迎えるからその頃には行商人がやってきて

色んな物が買える。ある人は調味料を、ある人は流行りの服を、ある人は謎の造形物を…アニエラさんだな。それぞれが欲しい物を購入し、何の刺激も無い日常に活力を入れているが、俺の場合はそれが冒険者新聞だった。


花びらが舞い始め木々が緑を失うまでの間、1月に1回は行商人がやって来るのがこの村の習慣だが、物心ついた頃から月1回手に入れる冒険者の最新情報を目で追い、頭の中で映像を浮かべると、まるで自分も人族支配地域ラメンデを股にかけた冒険をしている様な気になれるのが楽しくて仕方なかった。


毎年冬の間は憂鬱だった。


村人を震え上がらせるゴッフェートでさえ逃げ出すというこの地域特有の寒さで、行商人が情報を持って来られないからだ。その間、あの冒険者は今どこで戦ってるんだろうとか、あの事件は解決出来たのかとか、意味も無く窓から灰色の空を見上げ、答えの無い妄想の日々で悶々とするのは辛かった。


それが今年はあろう事か1ヶ月長引いたのだ。

15歳にもなったというのに寝床の上で暴れてしまい、ばーちゃんに怒られるハメになった。


待ちに待った瞬間が訪れたのは昨日の昼過ぎの事だった。

モルフェさんが約4ヶ月ぶりに夢を詰めた馬車で来てくれたのだ。


聞けば、王都を発つ時点ではアルクール村にはまだ寒波が滞在していると聞いていたが、村人が心配だったからイチかバチかの見切り発車をしてきたとの話だった。


村民一同で崇め奉り、あっという間に馬車を空にした時のモルフェさんの顔は

面白かったな。

「ライド、ほらいつものヤツだ。出発する日に発行されたからホヤホヤだぞ」と、当然の様にお目当てのブツを渡してくれた時は歓喜のあまり泣きながらモルフェさんに抱き着いてしまった。

この村でもシルゼリア教を信仰しているが、もしこの村にモルフェ教を立ち上げたら村人一同で改宗するかもしれない。


行商人を引退したら始めてみてもいいんじゃないかと思う。


何かお返しがしたかった俺はモルフェさんに1日滞在してもらい、カゴ3個分約120個程収穫したレプルの実を破格の値段で売った。どうやってこんなにレプルを集めたのか?と心底驚いていたが、まだ溶けてない雪の上に落ちて無事だったのを全部拾って来たと言い切って納得してもらった。


レプルの実は季節関係なく長期間実り続け、衝撃に弱い割には摘んだ後もかなり日持ちするから、長旅の多い行商人にはとても気に入られる。

通常であれば、あまり怪しまれない様にモルフェさんには精々10個程売る程度に留めていたが、今回はそれぐらい恩を感じたという事だ。


また翌月来るというので村人勢揃いで見送り、帰路の無事を祈った。


そんなこんなで、せっかく待ったのであれば、いつもの森で誰にも邪魔されずにゆっくり目を通そうと、直ぐにでも読みたい気持ちを1日抑え続け今に至るという訳だ。


どれどれ早速…

おっ第一面はカルシャイプ半島の争乱か!


確か去年最後に見た新聞で争乱が勃発したって報じられたんだよな。

あれから半年経って、そうか終結したのか……えっ!?ワズル共和国側が降伏したのか!?確かワズル側には首都民を保護する名目で、法魔級が数人在籍してる冒険「デルオラス」が護衛に就いたって聞いていたのに…なになに?ベヌン峡谷でワズル共和国軍とエギン族が尽交戦中に、エギン族側に付いた傭兵団「夜明けの砂塵」が王座まで侵入した直後、首都を制圧!?速やかに終戦宣言がなされ、公議の結果エギン族側の要求が7割程度通る事となった、かぁ…


尽交戦中に別動隊が首都を制圧って絶対事前に決められた作戦だよな。前々から新聞の片隅に夜明けの砂塵の名前はチラホラ出てたけど、まさかデルオラスが突破されるなんて協会の面目丸潰れだと思うけど大丈夫なのか。



お次は…

業駑ごうど級冒険者4人組がイスメデアス魔境の踏破に成功!?すげぇ!

イスメデアス魔境って確か5年くらい前に発見されて、まだ誰も最深部まで到達出来てなかった魔境だよな。組代表の業駑ごうど級冒険者メルネイネ・ワーラスコスは「この結果を私たちを支援してくれた全ての人達に捧げたい。仲間同士の強い結束が踏破に繋がったと思う」と語った。しばし休息の後、本魔境の情報が随時公開される見込み。続報を期待せよ、だとさ。

くぅ~カッコイイぜ!少しでも魔術を嗜む者でメルネイネを知らない奴はいないからな!俺は残念ながら魔術は使えないけど、凄いと思うのは勝手だ!いつか会ってみてぇなぁ。



さてさてお次は…

協会が新しい魔具の開発に成功したと発表した。新しい魔具は一定範囲内の人同士が簡単な意思疎通を取れる機能となっている模様。開発責任者の技術局主任技術者エーガン・ジュラインは「いずれ人族支配地域ラメンデのどこに居ても自由に話が出来る魔具を生み出す為の足掛かりに過ぎない」と、控えめに語った。今後の飛躍的な技術革新が待たれる、かぁ。

頭良い奴はやっぱ違うんだろうな。

一定範囲内の人同士が簡単な意思疎通を取れる機能とか言われても、どういう仕組みなのか俺程度のオツムじゃさっぱりだ。でもエーガンが言う様に、どこに居ても誰かと話が出来る魔具があれば、いつでもばーちゃんと話が出来るって事だから俺も冒険者に…いや止めよう。ばーちゃんが居る限り村で暮らそうって決めたじゃないか。深く考えるのはよそう。


その後隅々まで目を通すも、俺のお目当ての記事は無かった。


一通り新聞に目を通した後、背中を石に下ろし、緑を見上げた。陽の差し加減から太陽はそろそろ頂点を極めそうだ。


「はぁ、やっぱ神聖級冒険者の記事なんてそうそうあるもんじゃねえよなぁ」


そう、冒険者の頂点、神聖級冒険者に俺は憧れている。

人族支配地域ラメンデに7人しかいない神聖級冒険者。


冒険者新聞では烬灰じんかい級から業駑ごうど級までの冒険者に関する話題がほとんどで、神聖級の記事はほとんど出ない。でもたまにとんでもなく大きな事件が報じられた時、その中心にいるのはいつも神聖級冒険者だ。


例えばアイズガンツ王国で起こったソルサレオ政変。


新聞の情報によると、首都ソルサレオで革命を謳い立ち上がった首都民を中心に結成された革命軍と、その革命軍を裏で支援していたと言われている闇組織「ゴイの盃」が手を組んで王家転覆を狙った事件は誰もが国家崩壊を予想していたが、神聖級冒険者が介入した結果、実際に戦争が起こったにも関わらず、結果として誰一人死亡者を出さず両者で手打ち、終結となった。


また、ファンクライヒ王国の港町アーミフォートで発生した前代未聞の占拠事件では

首謀者のナル・ドレッツェンは「首を狩る狐」という実力者13人を擁する地下組織の首魁として当時街に居た住人全てを人質に取り、街を明け渡せと国に要求したが、

事態を重く見たファンクライヒ王家が極秘裏に冒険者協会に事態の解決を依頼し、

派遣された神聖級冒険者が構成員の捕縛に成功、無事アーミフォートは一人の犠牲も無く開放された、という事だった。


どちらの事件も解決に導いたのは3年前に神聖級冒険者となったゾディアル・ハースランド。


神聖級に昇級して数年経たずに挙げた大きな功績を新聞で読む度に、俺は彼に惹かれ、強烈に憧れた。特に興奮したのは、前神聖級冒険者との交代劇。

あれがきっかけで動向を追う様になったからな。


協会が公開しないから顔も声も年齢も分からないし、業駑以下の階級にいた時から活躍は報じられていたけど、新聞の取材も受けないからどんな話をするのかも分からない。分かっているのは男性という事だけ。けど事実を列記した字面だけで俺の心は踊った。


「メルネイネもそうなんだけど、ゾディアルってどんな人なんだろうなぁ。

 すげーイカつくて強そうなんだろうなぁ」


誰に聞かれる筈も無い独り言は空しく宙を舞い、鬱蒼とした森の奥に吸い込まれていく。お楽しみは終わってしまったがまた1ヶ月後の続報に期待しよう。


「さて、もうそろそろお昼だし帰る…」


ダッダッダッダッダッ……ガッッ……ドザッッ


そうつぶやきながら、先程静かに置いたカゴを取ろうとした時、木々の隙間を縫い走ってきた何かが突然目の前に現れ、倒れた。


隠れていた木の根を蹴躓いたのか勢いを地面で削る形となった様だ。

薄暗くて良く見えない上に、咄嗟の事に気が動転したが、近づいてよく見ると体中に傷を負った女性で、荒々しく息を立てている。


至る所から血を垂らしており、その姿はまるで天敵に狙われた動物や魔獣が命を散らしながら逃げてきた様で、今にも事切れそうだ。


「ちょっ!あ、あの!大丈夫っすか!?」


思わず口から出たのは年相応の情けない声。

それで冒険者に憧れるなんてよく言ったものだと思う。


「ハァッ…ハァッ…ハァッ…」

「えっと…聞こえますか!?あのっ……ダメだ…連れて行こう、少し我慢して下さいね!」


軽く体を揺らしながら耳元でかけた声が全く届いていないのを確認した俺は、背中に背負って村に連れ帰る事にした。

レプルの実を持ち帰れないのはほんの少し残念だと思ったが、重大さは比べられる訳もないので、女性を背負って全速力で村へ走った。


・・

・・・


「…ねぇ」

「あっ!気づきました!?」

「えぇ…あなたは?」

「俺はアルクール村のライドっす!アンタが俺の目の前で倒れてっ…それで!」

「そう…」


森の出口に差し掛かろうとした時、背負った女性が意識を取り戻したらしい。

気丈に話してはいるが、荒い呼吸は最初に見た時と変わらない。


「…どこに、向かって、いるの?」

「俺の村っす!」

「構わないわ…ここで下して…」


何言ってるんだ!?そんな事出来る訳がない!


「そんなん無理でしょ!置いていける訳ないっすよ!」

「いいの…きっとあなたに迷惑を掛けるわ…」

「迷惑ならもう掛かったっす!アンタを背負う代わりに集めたレプルの実を置いてきたんですから!」

「……ごめんなさい。埋め合わせは、必ず、するわ…」

「埋め合わせはいいっすから黙っておぶさって下さいっ!」


「…わかったわ、じゃあ一つだけ。あなた以外の村人から目の付かない所に運んでちょうだい…」

「何でそんな事っ?その傷はどうするんすか!?俺のばーちゃんなら傷を…」

「お願い。迷惑を掛けるのはあなただけにしたいの。傷は見た目程深くはないわ。治療薬も持っているし、少し休んだら動けると思う」


「……わかったっす」



何の刺激も無い、事件も無い村で育った俺は人の死に慣れていない。

最後に死んだ人を知ったのは向かいに住むナイラおばちゃんのお兄さん、

ガイファおじさんが死んだ時だ。


弓で仕留めた鳥が川に落ちて流されているのを拾おうとして飛び込んだが、

そのまま一緒に流されたらしい。


おじさんの事は好きだった。

よく家の前で会う度におじさんが「狩りに出る時はビンゼじゃなく俺に言えよ?」と嫌味の無い笑顔で話しかけてくれたのを覚えている。気の置けない仲だった。


その時ですらおじさんとは結局対面しなかったのだから、人が目の前で死体になるのは嫌だ。本音を言うとすぐに医術師のブノじーさんかばーちゃんに見せたかったが、自分で治療が出来ると言うのなら仕方がない。


それに何か事情がありそうだから、出来るだけ知られたく無いのだろうと思った。

そう自分に言い聞かせて、来た時以上の速度で村へ戻る。

目の前で倒れた人が死んでいくなんて見たくないと、尚更そう思う。


俺は目の前で困っている人を見捨てたくない。助けたい。

冒険者ならそうするはずだ。きっとそうだ。


・・

・・・


「降ろしますよ?いいっすか?」


そう言って返事を待たずに静かに女性を降ろし、

壁にもたれ掛かる様な体勢にさせた。


ここは村はずれにある無人の小屋だ。

元々移動用のホルハースを飼う為に作られた厩舎らしいが、大昔にホルハースを手放して以来誰も使っていない事を知っている。それにぼこっとした大きな道に遮られているから村からは直接見えないし、大きな木の根元に建てられているからあまり目立たない。


「あんまり綺麗な所じゃないっすけど…本当にいいんすか?」

「ええ…構わないわ…」


先程よりは呼吸も安定していると思う。

だが、改めて見ると尋常じゃない出血量に見える。


「あの、治療薬持ってるって言ってましたけど」

「ええ、私の腰にある鞄の中に、瓶に詰められている赤い色をした液体があるはずよ。それを私の体全体にかけてくれないかしら?」

「わかりました…えーと、これっすね」


女性の腰に括り付けられた鞄を取り外し中を覗くと、握りこぶしから少しはみ出る程度の大きさをした細長い瓶があり、女性が言う通り赤い色をした液体が入っている。女性の傍らで片膝立ちになり瓶の蓋を外し、中の液体を女性の頭の上から、首筋から、手足の先まで、見えている体の部分に満遍なくかかる様に降り注いでいくと、

傷口がシュワシュワと音を立て、体から薄い煙が上がっていく。


「あのっ!これ大丈夫なんすよね!?」

「外用薬よ。全部は治らないけど止血効果は高い薬。問題ないわ。次は橙色をした薬を出してくれる?」


言われた通りに鞄から橙色の薬を出すと、俺の手から薬を取り、

女性自ら蓋を開け一気に飲み干した。


「…っぷはぁ」


「今のは?」

「内服薬よ。魔核に働きかけて、負った傷の治癒を促進させる効果があるわ」

「その治療薬はこれで終わりっすか?」

「その鞄の中にあと数本あるわ。一日一本服用したら直に治るわ」

「…なら、大丈夫なんすよね?」

「ええ、あなたのおかげよ」


「ふぅぅぅぅ……」


その台詞を聞いて体から一気に力が抜けた。

体力を使い果たした上に、ずっと緊張していたから心音が鳴り止まず、体のあちこちが痛い。走り抜ける最中に木の枝にでもぶつかったのか、良く見れば細かい傷も負っている。自分でも気づかないくらい張りつめていたらしい。


「でも…しばらく動けそうにないわね」

「すぐに動くとでも言おうもんなら俺がふん縛ってでも止めますよ」

「それは怖いわね。大人しく従うわ。ねぇ、ライド君…だったかしら?」

「ハイ、そうっす」

「ありがとう。助けてくれて」


女性は自らの背中全体を壁に預けると、俺を目を見て、柔らかく微笑み、

そう言った。

そういえば森の奥で倒れているのを見つけてこの小屋へと運ぶまで女性の容姿はよく見ていなかった。森の中は薄暗かったし、外に出た後は背負っていたし、何より体中から血をまき散らしていて、こっちもそれ所じゃなかったから。


濃紺の髪色はその艶やかさを主張する様に腰まで流れていて、少しぽってりとした唇に形が良くすらっとした鼻筋、誰が見てもしっかり印象付けられる程大きい瞳は、

髪色と同じ艶やかさに溢れている。


両袖の無い黒い外套の間には特徴的な首飾りが顔を覗かせていて、体は細身でありながらそれなりに引き締まっている。下穿は太腿の半分くらいまでで、そこから先はスラリとした長い脚が反対側の壁に向かっている。


早い話がすげー美人だった。


村一番の美人と評判のファリカねーちゃんが森の奥にどんと佇むイベル山だとしたら、この人はルパラガン霊峰。


イベル山は、俺が毎日の様に通っている森に面したこの地域で一番大きい山で、隣国ワムスカル王国の辺境都市オルベンクへと繋がっている。険しい山道には強い魔獣が出る事で知られ、この辺りでは一番だろう。

対してルパラガン霊峰は、ラメンデで1、2を争う大きい山々が連なる大山脈で、

シルゼリア教の信者が毎年多くの信奉に訪れる聖地だ。


いやもうマジでそれくらいの違いがある。

別にファリカねーちゃんの事を悪く言ってる訳じゃないぞ?

比較対象になってないってだけで。

そんな人に見つめられると何だか急に恥ずかしくなってきた。


「い、いやっそんな大した事はしていないっすよ!あのーほら、こっちもただ見捨てられなかっただけっていうか何というか…」

「フフ、優しいのね」

「うーん…」


大げさに身振り手振りを付けて謎の弁明する俺を面白そうに笑って見つめる美人。

何故か頭をポリポリと掻くしか無くなったが、俺たぶん顔赤いな。

そう実感するとより赤みが増していく様な気がする。

勘弁してほしい。


「そ、それはともかくとしてっ、良くなるまでしばらくここに居るといいっすよ。村から見えなくてでかい木の真下だから人目に付かないし、食料や水は持って来れますし、何か事情がありそうだから誰にも言いませんし。あ、別に深くは聞かないっすよ?」

「……ありがとう、助かるわ」

「いいんすよ。乗りかかった船ですから」


「そう………ねぇ、ライド君お言葉に甘えたいのだけれど一つお願いがあるの。その結果次第では体を引き摺ってでも私は今すぐに発たなければならない」

「その体で…って、お願いって何ですか?」


先程まで微笑んでいた女性の顔が一瞬の内にその光を失っていた。

言い淀んで少し俯いた後に上げた顔には、先程抱いた印象を覆す程強い意志が宿っていた。


「私は今、とある非道な冒険者に追われているの。傷が癒えるまで私を匿ってくれないかしら?」






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エンプシー・リギウスのよいこのための

わくわく魔獣図鑑


          出版:生命生体研究所

          共著:冒険者協会



2、メミン

  おおうなばらにうかんでるなんたいせい

  ぶつだ。からだは5セルメルくらいでび

  よーんてしているよ。うかんでるだけだ

  からそっとしておいてね。


  だい20しゅしていまじゅうだ。


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