第64話 うたかたの思い出
全国紙で報道されたとある事故に関連した話ですので、フェイクを入れています。
◇◇◇
それはAさんにとって、久しぶりの帰郷でした。
といってもその町は、生まれ育った場所というわけではないそうです。
Aさんは子供の頃の一時期、その田舎の小さな町で過ごし、その後何十年もそこを訪れることはありませんでした。
しかし都会生まれの都会育ちだったAさんにとって、自然に囲まれた小さな田舎の町で過ごした少年の日々は、鮮烈な思い出として残り、そこを第二の故郷のように思っていました。
その故郷のような町を訪れることを、Aさんはとても楽しみにしていたそうです。
駅に着いたAさんは、記憶の中の風景とあまり変わらない様子に驚くと共に、とても嬉しくなったそうです。
しかし時の流れは残酷で、町の中に一歩足を踏み入れると、活気のあった商店街は、ほとんどの店がシャッターをおろし、かろうじて開いている店も、商品は色褪せ、埃が溜まったようなさびれぶりです。毎日のように通った神社の側の小さな駄菓子屋は、廃屋になっていました。
友達の家も何軒も空き家になり、ようやく出逢えた当時の知り合いも、わずかな間の滞在者であったAさんのことは、あまり思い出せないようでした。
(知らない間に、遠くまで来てしまったみたいだなぁ……)
Aさんはかつてみんなで遊んだ川の近くの岩に腰を降ろし、自嘲の笑みを浮かべました。
自分にとってこの町での思い出は宝物であり、一緒に過ごした人々は、忘れ得ぬ特別な存在でしたが、彼らにとって自分は、日常の中で積み重なり、忘れていく記憶の小さな破片でしかないことに気がついたのです。
Aさんは靴を脱ぐと、昔のように川の中に足をひたしてみました。
川の水は、あの頃と変わりなく、Aさんの足を包み込み、くすぐり、ゆるやかに流れていきました。
「変わらぬのは、川の水の流れのみ……か」
Aさんは、ため息をつきました。
(ああ、あんなに楽しかったのに……)
その時です。
「Aちゃん?もしかして、Aちゃんじゃないの?」
「え?」
驚いて顔をあげると、どこか見覚えがあるような、ないような同じ年頃の女性が、少し離れたところに立っていました。
「あ!やっぱりAちゃん?アタシ、B子よ、わかる?
もうすっかり、オバアチャンになっちゃったもんね、分かんないか。」
わはははは!
その人は、大きな口を開けて笑いました。
「あ!B子ちゃん!」
それは、少し歳上の女の子でした。
「この子、馴染めるか、心配なんです。」
両親と3人で、近所への挨拶回りに行った時のことでした。日に焼けた元気いっぱいの子供達を横目に、母親のスカートに隠れている色白で線の細い我が子を気遣うようにそういうと
「それなら、うちの娘に面倒を見させましょうか。」
見るからに陽気そうなおばさんに呼ばれて出てきたのが、B子ちゃんでした。
B子ちゃんは面倒見の良い姉御肌の気性で、自分より歳上の子もいましたが、近所の子供達のお姉さんのような立ち位置だったそうです。
Aさんは彼女が気にかけてくれたお陰で、すぐに近所の子供達のグループに入り、いじめられることもなく、楽しく過ごせたのでした。
「B子ちゃん!変わらないね!すぐにわかったよ」
Aさんがそういうと、またB子さんは大きな口を開けて、わははは!と笑いました。
「C太もD美たちもいるのよ。覚えてる?」
「え?ほんとに?」
「A!久しぶりじゃないか!いいジジイになっちゃって、まぁ!」
そこには4、5人の男女が、笑顔で立っていました。
「覚えてくれていたんだ!お前たちも立派なじいさん、ばあさんだな!」
昔のように、階段に並んで座ると、あれやこれや、思い出話に花を咲かせました。
トントン
楽しく話をしていると、突然、肩を叩かれて、Aさんは驚いて、振り返りました。
「あの……大丈夫ですか?」
それは中年のお巡りさんでした。
「川辺で1人でずっとうずくまってる人がいるって、連絡がありましてね」
「え?1人?」
AさんはB子さんが座っていた場所へ視線を戻しました。
そこには誰もいません。
「え?!どうして?!」
Aさんは驚いて立ち上がると、あたりを見渡しました。
B子さんだけではなく、今さっきまで笑い転げていた仲間たちの姿は煙のように消えていました。
「どういうことなんだ?」
「大丈夫ですか?なにがありましたか?」
ただならぬ様子に、お巡りさんはAさんを心配そうに覗き込みました。
「今さっきまで友人と、ここに座って話をしていたんです。」
「お友達ですか?こちらの町の住人ですか?」
お巡りさんは戸惑った顔になりました。
「私は今から数十年前に、こちらに住んでいまして……」
Aさんは焦りながら、先程までのことを話しました。すると話を聞いたお巡りさんが、顔を青くしました。
「◯◯県であった〇〇という事故のことを覚えていますか。ええ、多くの方が川に落ちて亡くなったあの事故です。あの時にたまたまB子さんたちは旅行に行っていて、あの事故に遭遇してしまって、亡くなったんですよ。」
「そ、それじゃあ、私は夢でも見たんでしょうか?
でも、B子さんとC太さんは高血圧や血糖値に問題があって食事制限をしてるとか、D美さんは事故に遭って右脚を少し引き摺るんだって……」
「え……B子さんとC太さんはその通りでした。でもD美さんは……あっ!」
Aさんとお巡りさんは、顔を見合わせました。
Aさんは、きっと彼らが会いにきてくれたんだねと、この話をしながら微かに微笑んだそうです。
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