第62話 見つめる人
Aさんはその日出張で、とある街のビジネスホテルに泊まっていました。
その日は早目に寝たせいでしょうか、Aさんには珍しく、夜中に目が覚めたそうです。
(まだ暗いな……まだ眠れるか)
まだ微睡の中にある意識の中で、ぼんやりとそんなことを思っていたようでした。
Aさんの泊まった部屋はツインルームのシングルユースで、壁際にベッドがサイドテーブルを挟んで2台並べて置かれ、ベッドの足元側の壁に沿って長い机が置かれていました。
Aさんはもう一つのベッドの方へ寝返りを打つと、ため息を一つついて、また眠りの世界へと戻って行きました。
その時です。
Aさんは、何かの気配に揺り起こされ、ハッと目を開き、周囲を見渡しました。
すると、こちらを見ている何かと視線が合ったそうです。
それは……
ベッドとベッドの間に立つ、滲むような黒い人影でした。
薄暗い部屋の中で、ぼんやりと浮かぶ黒い影の二つの瞳が、こちらをヒタッと見下ろしているのが、ハッキリと見えたそうです。
Aさんはただ、ただ呆然とその瞳を凝視していました。
しかし段々と意識が覚醒してくるにつれ、ジワジワと恐怖が染み渡り、体が冷たくなって行きました。
鼓動が恐ろしいほどの速さでうっています。喉は締め付けられてあるように、声も出ず、ただヒッ、ヒッと短い吐息が漏れるだけです。
助けを求めるように、シーツを握りしめようとした指に、スマホの角が触れました。
その途端
「ア゛−−!!!!」
悲鳴とも言えない、微かな濁った声をあげて、Aさんはベッドの足元の方へ這いずり、転がって床に降りると、部屋から逃げ出しました。
体が自分のものではないように、力がはいらず、必死で外に出ると、蹴躓いてベタンと四つん這いになり、荒い息を繰り返しました。
バタン
しかし、すぐに後ろでドアが締まる音がすると、Aさんはヨロヨロと立ち上がり、裸足のまま泳ぐように廊下を進み、エレベーターのボタンを押すとクタクタと座り込みました。
Aさんは少し我に戻り
(ど、ど、どうしよう!)
慌てて出てきましたから、チェックアウトするにも、Aさんは何も持っていません。カードキーも部屋に置きっぱなしです。
(フ、フロント?フロントに行こう)
エレベーターの扉が開くと、Aさんはフラフラと乗り込み、そのまま震えながら、フロントへ辿りつくと、呼び鈴?を鳴らしました。
(ど、ど、どうしよう?幽霊?そんなことある?)
Aさんは俄かに、あれは夢のことで、自分が寝ぼけていたのかもという気がしてきました。
「あ、あの、あの……」
(あ!もしかして、泥棒?)
少し眠そうな顔で出てきたフロントの男性は、顔色悪く、しどろもどろのAさんに驚いた様子で、「どうされましたか?」と聞いてきたそうです。
事情を聞いたフロントの人は、嫌な顔もせず、部屋へ確認に入ってくれましたが、案の定というのか、誰もいなかったそうです。
Aさんは、部屋を変えてもらい、翌日、早々にそのホテルを後にしたそうです。
Aさんの話を聞いたとき、私は心底ゾッとしました。
何故なら、数年前、こんな話を聞いていたからです。
ある時、友人4人で旅行に行ったのですが、最後の日に交通網が乱れて、図らずももう一泊することになりました。
その情報を聞いてすぐに連絡を取ったので、幸いホテルを確保できました。
ホテルの部屋割りは、AとB、CとDに分かれたそうです。(上記のAさんとは別人です)
翌朝のことです。
朝食の席で、AはBに対して不機嫌そうに言ったそうです。
「昨日の夜中、何しててん?
お陰で目が覚めて、眠られへんかったわ」
するとBは驚いて
「え?私、朝までグッスリ寝てたよ?」
「いや、あんた、サイドテーブルのあたりでなんやしてたやん?」
「え?それって泥棒?」
2人の話を聞いていたCDが言いました。
慌てて部屋に戻り、荷物を見ましたが、別段取られたものはなく、「おおこどにしたない」ということで、フロントにも連絡をしなかったそうです。
不用心なホテルもあったもんやと、その都市に行くのだったら、気をつけた方がいいと先輩から聞いた話で、たまたま覚えやすい名前だったので、記憶をしていたのですが……
同じホテルでした。
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