第48話 凍った空間
それはAさんが夜勤の後によく行く、24時間スーパーでの話です。
Aさんはいつものように、まだすいている駐車場に車を停めると、スーパーの中に入っていきました。入り口付近にあるカート置き場へ行き、カートの上にカゴを乗せて、野菜コーナーへ向かいます。
(えーっと、玉ねぎとにんじん……あ、今日、ほうれん草安くない?じゃあ、予定を変更しよう。そうなると……)
Aさんは頭を忙しく働かせながら、商品を次々とカートに入れていきました。
(卵、卵っと。)
野菜コーナーを過ぎ、卵を手にした時に、ふと周囲に違和感を覚えました。
いいえ、最初から何か引っかかるものはあったのですが、アレコレ考えていたせいで、気にしていなかったのです。
(あれ?)
Aさんは周囲を見渡しました。
あかりはついているのですが、いつもより薄暗く感じます。
(え、もしかして開店前なのに入ってきちゃった?いや!ここは24時間営業じゃん?)
シンと静かで物音一つしません。
その時、A さんは自分の違和感の正体に気がつきました。
そう、いつも掛かっているお店のテーマソングが、聴こえません。
(もしかして、お店の都合で閉店してる?)
Aさんはキョロキョロしながら、通路を進んで行きました。すると向こうの陳列棚の前にお客さんが立っていました。
(あー、良かった!)
早朝に行くと来ているお客さんの顔ぶれは、大体決まっているそうで、その人も見覚えのある人でした。
精肉コーナーにも、Aさんが飲食店の人だと踏んでいる、いつも奇抜な格好をしているおじさんが立っています。
(なんだ、なんだ!お店の人がBGMをつけ忘れてるだけじゃん!びっくりした!)
Aさんは胸を撫で下ろしました。
(いやぁ、BGM一つかかってないだけで、活気がこんなに違うとはね。もう場末の倉庫みたいだよ!)
変な感心をして、カートを精肉コーナーまで進めると、そのおじさんの近くで品出しをしている店員さんに気がついて、目を見張りました。
その店員さんは、品出し用のカートから肉のパックをつかんだまま、中腰で止まっていました。
おじさんはバンダナをハチマキのように額に巻いているのですが、そこに指を添えようとして途中でとまっているような、なんとなく中途半端なポーズです。
Aさんはコーヒーコーナーに立っているおばさんを振り返りました。
おばさんは、コーヒーの銘柄を確かめるように指差して、そのまま止まっているように見えました。
(えっ?!)
その時です。
急にいつものテーマソングが店内に鳴り響きはじめ、あたりがパッと一段明るくなったように感じました。
おばさんはコーヒーの袋を取り、自分のカゴに入れていました。
おじさんの方を見ると、おじさんはバンダナの横を二、三度軽く指で叩いて、肉のパックをいくつかカゴに放り込み、店員さんは肉を並べていきます。
(え?え?気のせい?)
Aさんは戸惑いながら、レジを済ませて家に帰ったそうです。
いつかあなたも知らない間に、時の狭間におちているかもしれません。
いえ、いえ。
勿論、気のせいでしょう。
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