第49話 常連のお客様
大学時代の友人のBは、地方都市で居酒屋のような、小さな和風バーを経営しています。
元は叔父さんの店だったそうで、最初からお客も付いていて、コロナ前はそこそこ繁盛していたようです。
柔らかな卵色の光が揺れる隠れ家的な店で、カウンターの一番奥の席に一月に一度、決まった日に訪れる名物のお客さんがいたそうです。
それは叔父さんが店を開いて直ぐに常連になった方で、当初は夫婦でこられていましたが、そのうち奥様が亡くなり、その頃は月に一度だけ、杖をついたご主人が顔を見せに来られていたそうです。そのお客さんが来られる日は叔父さんも都合をつけて、店に出るようにしていました。
その常連の人は非常に柔和そうなおじいさんで、若い頃にヨーロッパに住んでいたこともあり、非常に博学で話も面白く、他の常連の客もおじいさんが来るのを楽しみにしていたそうです。
しかしコロナの影響で、ノンアルコール、時短でなんとか遣り繰りしていましたが、客足も遠のき、経営が厳しくなり、ため息をつく事が多くなっていったと言います。
そんな中でそのおじいさんは月に一度だったのを、週に一度、店で軽食を取る形にしてくれ、しかも心付けまで置いてくれるようになったそうです。
その夕方も軽いドアチャイムの音がして、振り返るとその人が来てくれました。
いつものように時間を過ごし、早めの閉店時間になると、
「それじゃあ、失礼しましょうか。」
会計を、と軽く手をあげて合図をしました。
その時、Bは何となく別れがたく
「あの、もしよろしければ、看板にしたあと、ご一緒に賄いでも召し上がって行かれませんか?」
声をかけてしまったそうです。
おじさんも乗り気で誘い、店を閉めた後、少しの時間ではありますが、楽しく歓談したそうです。
そしてそれが、おじいさんとのお別れでした。[念の為、コロナではありません]
コロナ流行の折、参列は叶いませんでしたが、お葬式と49日に花を贈って名残を惜しみ、ほかの常連さんと個々に、静かに一杯の酒を傾けて冥福を祈りました。
そして先日のことです。
しきりと古参のお客さんが目を擦っては、首を傾げていることにBは気がつきました。
「どうされました?」
Bが声をかけると、そのお客さんは口籠もりながら小さな声で言いました。
「いや、私は神様とか幽霊とか信じてないんだけどさ。あすこの席に、どうも人がいるように見えるんだ。」
その指差す方向には、いつもおじいさんが座っていた席がありました。
「え、そうですか……」
なんとなくあのお客様だと思ったBは、いつも飲んでいたお酒をそっとテーブルに置きました。
するとお客さんがグラスを持ち上げ、「◯◯さん、乾杯!」と声を上げ、それを見たお客さんたちも習ってグラスを持ち上げたそうです。
Bはなんだか胸が熱くなり、そっと涙をぬぐいました。
それからそのお客様が来ていた日には、予約席として、小さなグラスを置いてあるそうです。
もし誰もいない席に、グラスが置いてあれば、それがBの店です。
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