第46話 可愛い赤ちゃん
勘違いだったかもしれない。
そうAさんは何度も言いました。
その晩春のある日、Aさんは子供を連れて、両親と実家のお墓参りに来ていました。
晩春というより初夏に近い日差しは暑く、まだ一歳も来ていない子供はぐずりはじめ、すぐにお墓を離れて、その区画の出入り口にある木陰へ向かいました。
するとそこには、同じように赤ちゃんを抱いたお母さんがいました。
「思いの外、暑くなりましたね。こんな時期のお参りは大変ですよね。」
その人はニコニコ笑いながら声をかけてきました。
「本当ですね。うちの子、ぐずっちゃって……」
そこまで言って、Aさんはハッとしました。
「ごめんなさい。うちの子の声でせっかく寝ているお子さん、起こすかもですよね。」
その人が抱いている赤ちゃんは、その人の腕の中でぐったりと脱力して、よく眠っているようです。
「大丈夫ですよ。うちの子、眠りが深いので、ちょっとや、そっとのことでは起きないんです。」
「羨ましいです。うちはすぐ起きちゃって……」
そこからAさんとその人は、子供をあやしながら、子供の歳や性別などのママトークをしていたそうです。
途中でぐずぐずいうAさんの子供を、優しく声をかけて上手にあやしてくれました。
その手慣れた様子を見て、もしかしたら2人目とか、昔保育士をされてたのかもと思ったほどでした。
その間もその人の赤ちゃんは、気持ちよさそうにお母さんの胸に顔をつけて、すやすやと寝ています。
時々口をモニョモニョさせて、ミルクを飲んでいる夢でも見ているのでしょうか。
(かわいいなぁ……)
髪の毛がモヒカン状態で子猿ちゃんのような我が子と比べると、格段に色白で愛らしく、ちょっと憧れのような気持ちが湧いたそうです。
勿論、それはそれで我が子はとても可愛いのですが……
向こうから、お墓参りを終えた人がやってくると、その人は「あら、主人たちが帰って来ちゃった。それじゃあお先に。」
そういうと旦那さんたちの所へ、歩いて行きました。少し立ち止まって待っていた彼らも、Aさんを見ると軽く頭を下げて、歩き出しました。
(みんな、喪服だな……、お坊さんもいるし、回忌法要かな?)
あのお母さんは黒っぽい服でしたが、喪服という訳ではありませんでした。
(小さい子抱えて法要は大変だ)
そのお母さんのお陰で子供もぐっすり寝たので、Aさんは自分の家のお墓に戻りました。
「あら、寝たの?」
「うん、おんなじくらいの赤ちゃんを抱いたお母さんがいてね、親切にあやしてくれたりしてさぁ。
みんな喪服着てたから法要かなぁ。小さい子抱えては大変よね。」
その途端、お父さんたちは顔をこわばらせました。
「お前、その赤ちゃん見たか?」
「うん、それがすっごい可愛いの。もううちの子、猿かと思っちゃったわ」
お父さんとお母さんは眉間に皺を寄せて顔を見合わせましたが、思い切ったように言いました。
「その子、人形じゃなかったか?」
「いや、いや、普通の子だったよ?」
お父さんたちが言うには、すぐ近くのお墓で、法要がされていたのです。
お坊さんと施主との会話で、弔われている人の享年が、現在の自分の孫と変わらない年齢と知った2人は、悪いと思いながらも、耳を傾けていたそうです。
幼い子を亡くしたお母さんは、どうしても受け入れることが出来ず、ずっと赤ちゃんの人形をその子だと世話をし続けているということでした。
「いや……いや、いや、普通の赤ちゃんだったよ?」
Aさんは、お母さんに抱かれて、口をモニョモニョ動かしていた可愛い赤ちゃんのことを思い出しながら、首をふり続けました。
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