第42話 おしゃべり

 Aさんは妊娠中に、「寝つわり」になったそうです。

とにかく気持ちが悪いほど眠たくて、座って気を抜くと、気が付かないうちに眠りに落ちてしまうそうです。

こんな状態ではとうてい仕事にならず、旦那さんの転勤と重なったこともあり、一旦退職することにしました。


 さて引っ越しをして専業主婦になったAさんですが、相変わらず、洗濯を終えてソファに座り、次に目を開くと夕方だったという生活を送っていました。


ある日、いつものようにその気もないのに気を失ったように寝ていると、意識が戻りかけていたのでしょうか、外から人の話し声が聞こえてきたそうです。


「……なんだって」

「へぇ、そうなんだ」


どうやら近所の人の、噂話のようです。


(私も子供が出来たら、近所の人とあんな風にどうでも良いことを、あれこれ話をするようになるのかなぁ)


どうやらAさんの家の前は、近所の人の立ち話をするスポットだったようで、ウトウトしている時、毎日、毎日、話し声が聞こえてくるそうです。


そのうち、角から三番目の家の子はヤンチャだとか、赤い屋根の家のおばあちゃんが、最近家から出て来なくなったとか、ほとんど会ったこともない人の事なのに、誰かの立ち話のお陰で、すっかり情報通になっていました。


 買い物に行く時には、「ははぁ、ここが夫婦喧嘩の絶えない家か」だの、「あー、本当にここの犬よく吠えるわ」だの、検証?したりして、「案外、事情が分かると興味もてるもんだな」などと感心したりしていたそうです。


ある日のこと、また近所の人たちの話し声が聞こえて来ました。


「明日は地震が来るね」

「うんうん、来る」


(はぁ、明日は地震かぁ〜)

まだまだ眠っているAさんは、明日は雨が降る、みたいなノリで、心の中でふんふんと頷いていました。


それを思い出したのは、まさに翌日、結構大きめの地震が来て、揺れがおさまった後のことでした。


「おばさんの知恵袋って感じよね。ビックリしちゃったわ!」

「そりゃあ、是非仲良くしてもらって、コツを教えて貰わなきゃだな」


旦那さんと笑い合ったそうです。


 そんなこんなで近所の人の立ち話を聞きながら、妊娠期間を終えたAさんは、無事に子供を産み、産褥期を実家で過ごした後、家に帰ってきました。


初めての子育てはなかなか大変で、ある日の昼下がりにまたウトウト寝ていると、外から声が聞こえて来ました。


しかしそれは、カアカアというカラスの鳴き声でした。


「あれ?カラスだ……」


その日から気をつけていましたが、おばさんたちの話し声が聞こえることはありません。


(もしかして、うちの子の泣き声がうるさくて、場所変えたのかな)


ある日、近所の人と顔を合わせた時、Aさんは「子供の泣き声がうるさくないか」と挨拶がてら、声をかけました。


「いいえ、全くよ。

それより、このへん、カラスが多いでしょ。それこそ昼間、カアカアうるさくて、赤ちゃんの邪魔にならない?」

「えー、ああ。最近、カラスの鳴き声がするなぁって気がついたんですけど……。カラスが多いの、ここ1、2ヶ月位ですよね?」


「いいえ、もうずっと前からなのよ。だからゴミ捨ては気をつけなきゃいけないのよ」


Aさんはビックリして、単刀直入に聞くことにしました。

「え?あれ?

私、人の話し声がよく聞こえてたんですけど、この辺りで、よく立ち話されてる方って、うちの子の声がうるさくて、他所に行かれたのかなって申し訳なくって……」


「まぁ、たまには立ち話くらいするでしょうけど、この辺りでずっと、というのは見かけないわ」

その女の人は、笑って手をふりました。

「やだ、きっと何処かのTVの音を聞き間違えたんじゃない?」

「はぁ、そうですかね」

でもTVにしては、話題が超ローカルすぎて……


もしかしてAさんが聞いていたのは、ご近所のカラスたちの噂話だったのでしょうか。

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