第56話 優しい手
姉がまだ独身の頃に、友人達と旅行に行った時の話です。
最終日の朝、姉は目がさめると非常に体調が悪くなっていました。
その日はホテルを出た後、日が暮れるまで観光することが決まっていましたが、姉は一足先に帰ることにしました。
「みんな、私の分まで楽しんでね」
姉はそう言って、友人達に見送られて電車に乗り込みました。
電車が動き出すと、気が抜けたのでしょうか、姉は更に急速に具合が悪くなり、ぐったりと窓に寄りかかりました。
ゴー
静かな音を立てながら、電車は進んでいきます。
その電車の終点の近くには、当時私が住んでいましたので、姉は迎えに来るようメールを私に送ると、また目を瞑ったそうです。
頭はガンガンと痛み、吐き気が酷くなり、目を開くとめまいがします。
すると、突然
「大丈夫?」
年配の女性の、優しい声がしました。
目を開けようとすると
「ここに頭を置きなさい」
暖かく柔らかい手が、そっと姉の頭を支えて、隣の席に落ち着かせました。
「静かに、じっとして」
頭の下には柔らかな適度な弾力のものがあり、なんとも気持ちが良かったそうです。それはその女性の膝のように感じました。
悪いなとは思いましたが、余裕が既にない姉は大人しくされるがままになっていました。
(ああ、麒麟(私)は、ホームまで来てくれているかしら……)
ため息をついて身動きをすると、その女性は、優しく手を握ってこう言ったそうです。
「大丈夫よ、上手く行くから。心配しないで、少し眠りなさい」
不思議なことに、まるでお母さんに手を握ってもらった小さな子供のような、穏やかな気持ちになり、頭痛や吐き気も軽減して、そのまま眠りに落ちていったそうです。
そして
姉は激しい揺れで、意識を取り戻しました。
「え?」
目を覚ますと、そこは救急車の中でした。
そして側の人に尋ねると
「あなたが乗車してから、ずっと具合が悪そうにしていたのを見ていた近くの人が、終点に着いても起きないので、心配して駅員に通報されたそうです」
「ああ、その女性の方は?」
姉が聞くと
「いえ、男性だったそうです。」
「え?私の隣の席の……」
「え?聞き違いかも知れませんが、ずっとお一人だったと」
「あの……妹は……迎えに来てと言っていたのですが……」
そうです……
ただ体調が悪いから駅まで迎えに来いと言われた私は、改札口で首を長くして待っており、余りに遅いので、遅まきながらホームに駆けつけた頃、姉は救急車に乗せられ、すれ違っていました。
それから病院から連絡を受け、駆けつけ、姉にこっぴどく叱られたという、私にとって恐ろしい思い出です涙。
しかし、その親切な女性はどなただったのでしょうか。
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