第30話 おとしもの


これはまだ携帯電話が、そこまで広まっていなかった頃の話です。


Aさんは、当時の彼女といい感じで交際が深まっていて、前のデートの時に部屋の鍵を渡したそうです。


ところが彼女が泊まりに来る約束をしていたその日に、よりによって仕事で家に帰れませんでした。


その時は丁度Aさんの仕事が忙しい時期で、会えない日が続いていましたが、約束した日は定時で帰れるはずだったので、二人ともとても楽しみにしていたそうです。


そのせいでしょうか。

翌日、彼女の家に電話をかけると

「Aくんは、もう信用できない。」

と言われたそうです。


しかし、もし帰宅が遅れそうならAさんの部屋の家電のベルを二回、帰れそうになければ三回、鳴らして切るという合図を決めていて、帰れないということは知らせていたはずなので、信用できないとまで言われるのは心外です。


そこでAさんは、彼女に理由を尋ねました。すると彼女が言うには……


彼女は家族には外泊すると言っていたこともあり、そのままAさんの家に泊まったそうです。


すると、夜中にドアの辺りで物音がしました。

もしかして、Aさんが帰ってきたのかなと思って、玄関の近くまで行って待っていました。

しかしドアが開かないので、そっとドアスコープを覗いてみました。


が、誰もいません。


「なんだ」

彼女がため息をついた時、ドアの向こうから、小さな声が聞こえてきました。


「すみません、カチューシャ、落としてませんでしたか?」


「え?カチューシャ?」


彼女は、Aさんの部屋にその人がカチューシャを忘れて帰り、それを取りに来たとピンときたそうです。


(ひどい!ずっと忙しいって言っていたけど、別の人と会っていたんだ!)


彼女は涙が出そうになりましたが、それでもAさんの部屋を見渡してみました。


「ないみたいです。また明日にでもAが帰ってきたら、聞いてみてください!」


彼女はドアも開けずそういうと、部屋に戻り、悲しくなって泣いてしまいました。


(もしかしたら二股ではなくて、友達だったのかな?

それでも私には仕事で会えないって言っていたのに、他の女の子とは会うんだ……)


悶々として夜を明かすと、自宅に戻ったそうです。


Aさんはそれを聞いて、ビックリして弁解をしました。

「いや、絶対それ、部屋を間違えたんだわ」


タイムカードをカメラで撮って見せてもいいし、同僚に聞いてもらってもいいと必死で説得しました。


なんとか彼女に機嫌を直してもらい、ホッとしつつ、帰宅したAさんはマンションの入り口で絶句することになりました。


マンションの入り口にはキープアウトの黄色いテープが貼られ、Aさんは警察官に尋問をされたからです。


後日、読んだ新聞の記事によると、彼女が泊まった前日の夜、Aさん宅の前の部屋に住んでいる若い男が、彼女との別れ話のもつれで◯してしまったそうなのです。

そして彼女が泊まった日に、借りた車で◯体を運び出し……


「それってもしかしたら……」


二人は震えたそうです。

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