第31話 降りてくる人

就職を機に、引越しをする方は多いと思います。


就職して新しいマンションに住み始めたAは、まもなく、ちょっとおかしなことに出会うようになりました。


一階でエレベーターを待っていて、扉が開く瞬間、中に男の人が見えるそうです。

ところが、扉が更に開くと、その姿は見えなくなっているそうです。



最初は気のせいかなと思っていましたが、毎回ではないものの、繰り返し見えるので、だんだん気味が悪くなってきました。


ほんの一瞬のことですが、そんな時にはエレベーターの中に入ると、何かおかしな臭いがする気がして、背中がゾクゾクし、なんとも嫌な気持ちなるそうです。



「怖い。引っ越したい」


そうは思いましたが、就職して一年目で、引っ越すような経済的な余裕はありません。


初めての仕事のせいか、このことのストレスか、時折、背中が痛くなったり、身体が重くてとても体調が優れない日もあり、憂鬱な気持ちになっていました。


そんなある日、帰りの電車で大学時代の知り合いのBに会いました。


彼女はたまたま、Aと徒歩で5分程度の同じ系列のマンションに住んでいました。


元々そんなに親しい訳でもありませんでしたし、近くに住んでると言っても、仕事の終わる時間の関係で顔を合わせることも滅多になかったそうですが、あまりにAが憂鬱そうな顔をしているのを見て、お茶に誘ってくれたそうです。


Aから話を聞くと、みるみるBの顔が曇ってきました。



「Aちゃんとこ家賃、いくら?」


AとBは同じタイプの部屋に住んでいたのですが、Aの方が少し安いそうです。


Bは深刻そうな顔でしばらく黙っていましたが、思い切ったように口を開きました。


「親から聞いてんけど、バブルの頃にこの辺りでマル暴の抗争があったんやて。

それでここらのマンションのエレベーターで、人が射○されたらしいねん。

どこのマンションかは知らへんかってんけど、もしかしたらAちゃんとこかも……」


「うそぉ……」


「うちも場所を決めた後、親から聞いて……

ごめんな、気味が悪い話よな……」


その日から階段で上り下り(結構上の方だったので大変だったそうです)して、エレベーターには乗らないことにしたそうです。


そして翌年には別のマンションに引っ越しをしました。


別のマンションに移ってから、それまで時折感じてた身体の不調が無くなったとのことです。




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