第34話 忠告


その日、実家に帰るために、Aさんは空港へ急いでいました。


就職して初めての帰省で、せっかくだから飛行機で帰ろうと思い、前もってチケットを手配してありました。


 Aさんは飛行機に乗ったことが無かったので、搭乗時間のことで少し緊張していましたが、電車に乗ると気持ちも緩んで、周りに注意を払う余裕も出てきました。


すると隣に座っていたおばあさんと若い女性の会話が耳に飛び込んできました。

「……遅れてはいけませんよ」

「遅れませんから、大丈夫ですよ。」


若い女性がちょっと困ったように返しているのが、どこか嫁姑問題ぽくて、なんとなく会社の既婚の先輩たちの愚痴を思い出したAさんは、興味を惹かれて、膝のありもしないゴミを取るフリをして、二人の方を伺ったそうです。


するとお嫁さんはとても優しそうな雰囲気の人で、大きなボストンバックを持っていました。


(ははん、これはお嫁さんが実家に帰るのを見送りにきたんだな。すると遅れるというのは、帰ってくる日のことかも知れない。)


Aさんはそう推測すると、結婚って大変そうだな、帰省してお見合い話を勧められたら嫌だなぁなどと思ったりしたそうです。


じきに電車はホームにつき、Aさんが降りて暫く歩いていると、先程のお嫁さんも後ろから来ているのに気がつきました。


階段のところで、一人で荷物を重そうに持ち上げているのを見て、Aさんは思わずお嫁さんのところまで戻り、声をかけました。


「おばあちゃんは、どうされたのですか?」

「え?おばあちゃん?」

女性はちょっとビックリして、Aさんの顔をまじまじと見て、苦笑しました。

「いやだ。もしかして電車のことですか?」

「あ、待ちましょう」

Aさんはさりげなくボストンバックを持ってあげました。

「実は知らない人なんですよ。

急に、大きな荷物を持ってどこへ行くのかって、声をかけられて……」

「え?!」



 「まぁ、飛行機なのね?

それは乗り遅れないようにしないといけませんよ」


東京には珍しく、えらい踏み込んでくる人だな……


その女性はびっくりしながら

「遅れませんから、大丈夫ですよ」

と、応えたそうです。


その後も

「もし乗り遅れたら、新幹線の方がいいですよ」

などと言ってきたそうです。


「えー!知らない人だったんですか?!」

Aさんも、ビックリして言いました。

「ええ、あなたも今日、飛行機に乗られるなら、遅れないように気をつけてくださいね」

女性はおかしそうに言いました。


その時です。

「あれ?Aくん?」

突然、大きな声がしました。

それは大学時代の友達で、Aさんは懐かしさで足を止め、そこでその女性とは分かれました。


呼び止めた彼は卒業後東北の実家に帰っていましたが、たまたま仕事で東京へ出てきていたそうです。


「これから僕も実家に帰るんだけど、せっかくだから、ちょっとだけお茶でもしないか?」

名残り惜しいし、どうしようかと思いました。


ところが先程の会話が急に、気になってきました。


(うっかり乗り遅れるようなことになったら……)

もしキャンセルした場合、次の飛行機に乗れるかどうかわかりません。


やはり予約したのに乗ろうと思い直して、連絡先だけ交換して急ぎました。


そして無事に伊丹空港に着きました。


その日は、歴史に残る飛行機事故の起こった日だったそうです

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