第33話 鍵の音

 それは緊急事態宣言が出て、在宅ワークになって数ヶ月経ったある日の夕方のことでした。


一人暮らしのCが、玄関近くの洗面所にいたところ、急にドアの方から自分の部屋の鍵のあたりをガチャガチャと言わせる音がしました。


「え?」


ビックリしたCは、玄関の方へ顔を出してドアに注視しました。


しかし、それだけでもう物音はしませんでした。


(部屋を間違ったのか……)


Cは玄関まで行き、ドアスコープから覗いてみましたが、誰もいない廊下が続いているだけでした。



(あれ?前もこんなこと無かったっけ?)


Cはふと既視感を覚えました。

確かに、あれ?と思った記憶がありましたが、今日のようにハッキリとしたものではありませんでした。


Cの住んでいたコーポは、作りが2dkで、築年数が古く家賃も安かった為、小さな子供連れの家族から学生さんまでわりといろんな人が住んでいました。

ですから、学生さんが酔っ払うか、子供が自分の部屋と間違ったのかなと思ったそうです。


それから季節は移り変わり、底冷えのする日には雪がチラホラと舞うようになっていました。


そんな冬の日の暮れなずむ頃、Cは買い物から、歩いて帰っていました。


当時Cの住んでいた処は地方都市で、大きな川の側で景色がなかなか良かったそうで、買い物のついでに、遠回りしてブラブラとすることがあったそうです。


もうあたりはつるべ落としに暗くなり、遠くの山は紫色に闇に馴染み、東の空には星が瞬き始めています。

道沿いの家の窓には灯りが灯り、子供達がはしゃぐ声、料理の音など家族の団欒の一時が想像できる物音がしていました。


しばらく帰れてない故郷の家族のことを思い出したCは、すこしセンチメンタルな気持ちになり、今夜あたり一回電話をしておこうかなと思いながら、自分のコーポに目を向けたそうです。


Cのコーポは、土手から降りてそちらに向かう道路からは、障壁の関係で部屋のドアの下の方だけが見える作りになっており、3階建ての一番上の階の奥の自分の部屋の前に、人影があるのが見えたそうです。


(宅配便かな?)


Cは一本道を小走りにコーポに戻り、階段を駆け上がって、突き当たりまで見える廊下にたどり着きました。



そこには誰もいませんでした。


(あれ?)


急いで一階降りて、2階の廊下を見ましたが、誰もいません。

下まで降りて左右を見ましたが、むこうからこちらに来る人しかいませんでした。


そういえば宅配便なら、車かバイクでしょうが、そういった社用車は駐車していませんでした。


Cはあの日以来漠然と疑っていたことが、もしかしたら事実ではないかと思いました。


それはあの鍵の音は、一ヶ月に一度決まった日の、決まった時間にしているのではないかというものでした。



翌月のその日、丁度緊急事態宣言が解けていましたので、隣の県に住む友人に来てもらうことにしました。


そして二人は玄関へ移動して、その時を待っていました。


その時間が近づくと、二人は自然と無言になり、固唾を飲んでじっとドアの方を伺っていました。


そしてついに、ドアからガチャと鍵の音がしました。


一瞬、強張った顔を見合わせた二人でしたが、友人はドアスコープを覗き込むと「うっ!」と呻き声をあげました。

そして隣に立ったCも……


Cが思わずドアを開けようとするのを、友人が押し留め、必死で首を横にふりました。


それからどれだけ時間が経ったでしょうか、外から車の音がし、近くの家から子供の泣き声が聞こえてきていました。


友人はゆっくりとドアを開けると、冷たい風の吹く廊下に人影はなく、いつもの田舎の町が広がるだけでした。



しかし二人は、薄い暗闇の中に半袖のTシャツ姿の子供が立っているのを見たそうです。

その子は鍵を鍵穴にさして、ドアを開けようとしていました。


Cのコーポの近くを流れる川は、大きなものですから、もしかしたら溺れた子がいたのかも知れませんし、近辺の道路で思わぬ事故があったのかも知れません。

そしてその子はその日に、いつも家に帰ろうとしていたのかも知れません。


調べればわかることでしょうが、どうしても調べる気持ちにはならなかったそうです。

 

それから、無理矢理Cは引っ越しをしたそうです。

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