第27話 歪んだ空間
これは21話のAと一緒に、同じく21話のBであり15話のA(今回はBとします)の学生マンションへ行く途中の道の話です。
大学からBのマンションへは、16話に出てくる自動車の通る道を進み、途中で曲がって坂道を登る経路が順当な行き方ですが、坂道を登るのが面倒なため、あまり通ることがありませんでした。
一番の近道は、大学の裏手から
とはいうものの、並んで歩くのは難しいほど細く、舗装もされてない道で、街灯もなく途中には背の高い草が両側に覆い茂っている箇所もあり、登下校の時間帯から外れると人気がなく、いかにも犯罪の起こりそうな雰囲気です。
その上、そこにいないはずの知り合いが草の間に立っていたとか、道を外れると幽霊がでる沼があるとか都市伝説のような噂話もあり、昼間でも一人では通りたくないという人が多かったものです。
その日講義が終わるのが遅くなり、約束の時間より大幅に遅れた私たちは、いくつかある道のうちどれを通るか相談し、上記の獣道を通ることにしました。
丁度その背の高い草が生えている場所に入る手前で、Aがふと思いついたように立ち止まりました。
「あ、これコピーしといたったわ」
Aは背負っていたリュックから、数枚の紙を取り出すと、私に差し出しました。
「え、ありがとう!むちゃ助かる!コピー代、いくらやった?」
風邪で学校を休んでいた私のために、Aは講義のノートをコピーしてくれていたのでした。
私は財布を出そうとしましたが、Aは無言でさっさとリュックを背負い直しました。
「ほんまにありがとう。今度ご飯食べいこ?」
Aは非常におっとりした性格で、しかも恥ずかしがり屋だった為、時々無反応に見える時があります。しかし、よく見ればいつもより口元が緩んでるなどで、なんとなく意思が伝わっていました。
「カフェテリアの新しいメニュー、もう食べた?こないだなぁ、行ったコから聞いてんけどなぁ……」
私はぺらぺら喋りながら、Aの前を両側から倒れてくる草を分けるようにして進んで行きました。
しばらく歩いて、もう少しでその草のところを抜けるという場所で、後ろのAが遅れがちで、話しかけても無言なのに気がつきました。
私は草むらを抜けると立ち止まって、Aが追いつくのを待って話しかけました。
「A、どないしたん?体調悪いん?」
「いや、別に」
顔を曇らせ俯き加減で、明らかにいつも笑顔のAとは違います。
「ええ?気になるやん。ゆうて?」
私が何度か促すと、渋々という体でAが話始めました。
「せこいと思うけど、コピーまで取ったったのにお礼も言わへんとか、嫌な感じがしてん」
「え?私、ゆうたよ?」
コピーをもらった時の距離は、当然のことながらそんなに離れているわけではありませんでした。ですからそこから水掛け論です。
聞いてない。
ゆうた。
ゆうてない。
私は一つ深呼吸をして、なんとか落ち着こうとしました。
「まぁこんなん水掛け論やから、どうしようもないけど」
落とし所を見つけようと思うのですが、不思議なほど心が波立って、どうにも考えがまとまりません。
いや、私が改めてお礼を言えば、済む話なのですが……
「機嫌悪いからゆうて、無視とか感じ悪るない?ちゃんとゆーてや」
言った瞬間に、相手に謝らそうとしている自分に気がつき心の中で舌打ちしました。
Aなら勘弁してくれないかな……と思った瞬間
「え?お前かて、なんもゆうてへんかったやん!俺がコピー渡した時から、ずっと無言でお前こそ感じ悪いねん!」
いつも穏やかで言葉の少ないAが、語気も荒く言い返してきました。
そこまでAを怒らせたことにショックを受けて、私は自分に対して自分が正しいことを証明したい気持ちでいっぱいになりました。
「え、何それ!Aがお礼聞いてない言うんやったら、その時言えば良かってん。後からグジグジ言うとかほんま鬱陶しいわ」
Aの長所だと思っていたノンビリしたところが実は最大の短所で、それを気がつかないフリをしていたことが、突然はっきりと分かりました。
そして今まで、それにものすごく我慢していたことにも……
(どうして今まで、気がつかなかったんだろう!)
そうなると、次々に今までのことが、脳裏に浮かびました。
そうだ、あの時も我慢してAのペースに合わせてあげた。
そういえば、あの時もAがはっきり言わないから……
自分がこんなに我慢しているのに、言いがかりをつけてくるAに対して、どんどん腹が立ってきました。
「もうええ。これ、返すわ。気持ちだけで充分やから。
とりあえず、Bを待たせるし早よ行こ」
私はバッグからコピーを出して、背の高いAを舐め上げつつ、胸元に突き返しました。
それから急いで踵を返すと、小走りに道を進み始めました。
最初は自分が如何に正しくて、Aが間違っているか、そんなことを考えていましたが、段々と疑問が湧いてきました。
(Aはそんな嘘をつく子だろうか?)
しかし私は、御礼を言った記憶がハッキリとあります。
(なんでAが、あんなに怒るのか?)
何かおかしい……
私は立ち止まると、後ろを振り返りました。Aは顔を強張らせながら歩いています。
見上げると青い空が広がっています。
私はなんだか、すっかり疲れていました。
なんにせよ、誰しも完璧ではないし、どんな欠点を持っていても、Aが気持ちの良い友人なのに変わりありません。
(大体こんな些細なことで、喧嘩とか馬鹿げている)
「ごめんな」
声をかけると、Aは私が立ち止まっているのに気がついて、慌てて追いついてきました。
「俺も、ごめんな」
「なんか、おかしいな」
とりあえず仲直りができたことにホッとしつつ、釈然としない気持ちでBのマンションへ急ぎました。
「あそこな、あそこおかしいやろ」
マンションに着くと、Bが顔をしかめて言いました。
「お前らみたいに突然喧嘩になるやつもおるし、急に体調悪くなるやつもおんねんて。もちろん、何もない事の方が多いんやけど」
私とAは顔を見合わせました。
「あそこ、なんかの磁場かなんかでちょっとでもムカつくことあったら、マイナスの思いが増幅するんちゃうかって言ってんねん」
その場にいた友人が言いました。
「ええ〜、なんか怖」
穏やかなAですらあんなにイラつくのであれば、そりゃ大変なことだな……気をつけよう
みんなで言い合いました。
たしかにあの時、Aの性格について考えたことが、どうしても自分が思ったこととは思えないのです……
もしあなたが急にいつになく腹が立って、今までのことを思いもよらぬくらい悪く思い始めましたら、もしかしたら別のモノの影響かもしれません。
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