第28話 電話

昔、電話が固定電話しかなかった頃の話です。


その日、Aさん(男性)は大学時代の友人と、久しぶりに電話で話をしていたそうです。


「あれ?混線してる?」

友人の言葉に耳をすませると、女性の声が聞こえてきました。

「あ、本当だ」


昔はたまにこうして電話が混線して、よその会話の声が聞こえることがあったそうです。


「それにしても、今日のはよく聞こえるね」

声だけではなく、まるで一枚薄い壁を隔てた感じで、会話の内容が聞こえていたそうです。


Aさんがそういうと、友人がいきなり

「こんにちは!聞こえますか?混線していますね?」

大きな声で女性たちに呼びかけたそうです。

その途端、女性たちは話をピタっとやめてしまいました。


Aさんはもうドキドキして、厚かましい友人をたしなめようとしました。

ところが、相手の女性たちは、クスクス笑い始めました。

「良かったら、一緒に少し話しませんか」

友人は言葉巧みに女性たちを誘い、まんまと話に引きずり込み、聞き辛いながらも四人で楽しく話をしたそうです。

相手の女性をアイさんとケイさんします。


「今度一回四人で会わない?」

友人がそんなことを口にすると、アイさんは満更でもないようでしたが、もう一人のケイさんは「私、もうすぐ結婚するんです」と断ったそうです。

「またまた。僕たちに会いたくないから、そんなこと言うんでしょう?」

「いいえ、本当よ」

軽く押し問答になりました。


「本当、本当にケイさん結婚するの。今日はそれで電話をくれていたのよ」

アイさんがそう言うと、友人は

「二人で口裏合わせているんじゃないの?はっきり断ってくれたらいいのに」

押し強くそんなことを言い、Aさんはハラハラしたそうです。


「ううん、本当。6月23日(仮)に式をあげるんだって」

「へぇ、恋愛結婚なの?」

「いいえ、上司の紹介でお見合いなの」

二人は、友人に聞かれるまま、場所や内容などを教えてくれたそうです。


そんなこんなでそれで、また会えるといいですねという感じで電話を切ったそうです。


それから数年後、Aさんはその時のことを思い出しました。

まさにそれは6月23日、自分の結婚式の日のことでした。


なんと日付も場所も同じでした。

そういえば奥様とは、上司の紹介で交際が始まっており、名前もケイと呼べなくもありません。


その上、式場は奥様の希望で、当時流行っていたスモークをたいてゴンドラで降りてくるような、大きくて豪華な所ではありません。

レストランを借りて、食事がメインの静かな式でした。

つまり当時的には、非常に珍しい地味婚で、当日、そこで式をあげている人はいません。

レストランも結婚式は初めてだと、打ち合わせの時に言っていたそうです。


びっくりしたAさんは、電話のことを奥様に聞きました。

が、奥様は目を丸くして、知らないとのことでした。


結婚式は平日にすることは、少ないかと思います。

思い出してみれば、電話の年も翌年も、6月23日は休日でも祝日でもありませんでした。


一体、あの電話はなんだったのだろうと、今でも不思議に思い出すそうです。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る