第18話 もう一人
私の通っていた大学の中庭には、コロセウムのように、下に向かって階段がついている円形の装飾的な施設があり、そこに丑三つ時に、日本兵が行進して消えていくという噂がありました。
私たちは、たまに泊り込みのある学科だったので、ある初夏の夜、行ってみようという話になりました。
午前二時が近づいた頃、実習室から、コロセウムのある中庭の方へ、歩いて行きました。
コロセウムは、泊り込みなどがある実習棟から、事務棟などの方へ行く途中にあり、いくつかの高い講義棟の横を通って行きます。
暗く沈んだ構内の所々に灯された、保安灯のオレンジ色の光が、侘しい雰囲気を醸し出していました。
そのコロセウムの底まで見える場所にある、ベンチの影や、植木の影に、私たちは分かれて身を潜ませ、時が来るのを待っていました。
シーンとあたりは暗く静かで、見上げると、広い星空が広がっています。
いつもは騒がしい構内も、今は静かに闇の中で眠っているようです。
明るい実習室で聞いた時には、あんなにバカバカしく聞こえた話が、なんだかありえるような気がしてきました。
ゴクリ
隣で腹ばいになっていた、友人の唾を飲み込む音が、すぐそばで聞こえてきました。
私も緊張をしてきて、胸がドキドキと早鐘のように打ち始めました。
(ほんまやったら、どうしよう)
血を垂らし、包帯を巻いた兵隊さん達が、目の前を、足を引き摺りながら歩いていく姿を、想像すると、急に背筋が冷たくなり、恐ろしくてたまらなくなりました。
斜めにある生垣の茂みに隠れている、友人の影が、側の保安灯に照らされて、2つ並んでいます。
隣のベンチに目を向けると、隠れている友人が、闇の中に浮かぶ、白い顔で振り返り、頷きました。
時折、風が吹き抜けて、浮かんだ汗を乾かそうとしていきます。
泊まりで詰めている、学生の声が微かに聞こえてきます。
静かに、静かに時が流れていきます。
ふぅ
隣に寝そべっていた友人が、ため息をつきました。
「もう、2時過ぎたよね」
それを合図のように、隣のベンチに隠れていた二人が立ち上がりました。
「やっぱ、何も無いやん」
「ほんまや」
「アホらし〜」
どこか安堵に満ちた声で、私たちは笑いあいました。
そうなると、課題の方が気になってきて、「ほな、帰ろけ」
私たちは、奇妙な達成感を感じつつ、歩き始めました。
「あれ?」
私の隣に身を潜めていた友人の声に、振り返ると、彼女は不思議そうな顔をして、一緒にきたメンバーを指折り数えています。
「どないした?」
「いや、うっとこが二人、それから隣のベンチに二人、それから植え込みんとこ、三人おったやろ」
「へ、植え込み、俺とこいつだけやったで」
植え込みの陰に隠れていた子が、不思議そうに言いました。
「うん、影、二つしかあらへんかったよ?」
私も頷きました。
「見間違えやろ」
「アホや」
「あれ?見間違いやったか」
きまり悪げな彼女を促して、私たちはそそくさと教室へ戻りました。
ところが
隣のベンチに隠れていたもう一人の子が、スマホでナイトモードのムービー撮影できるアプリをインストゥールしていて、せっかくだからと映していたそうです。
後日、なんか変なものでも映ってなかったか、見ていると
「ここ、見てや!」
皆で見せてもらったところ、すぐそばの保安灯に照らされた、生垣の後ろの地面のあたりに、影が三つ写っていました。
もう一人は誰だったのでしょうか……
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