第16話 袋小路


これも大学時代の話です。

友人の下宿で飲み会を開いていましたが、途中で、おつまみが足りなくなってしまいました。


そこで、お酒を飲んでいなかった私と友人Aが、買い出しにいくことになりました。


Aが自動車を運転し、私は助手席に座り、少し離れた24時間スーパーへ行くと、適当にお菓子やお惣菜を買って帰路につきました。


Aは、社交的な性格でしたが、かといって、ベラベラと喋るタイプではなく、二人とも無言で、ぼんやりと夜景を眺めながら、帰っていました。


友人の下宿まで、あと少し……という場所の信号で止まった時、Aは吸っていたタバコを、外へ捨てました。

ポイ捨ては良くない、と思いましたが、たしなめることも出来ず、そのまま車は発進しました。


その道は緩くカーブした一本道で、カーブを抜けて、五分もしないうちに、友人の下宿の前に着くはずでした。



しばらくすると、また信号がありました。

私たちは無言で、外の暗闇の中に沈む街を眺めていました。


そしてしばらくいくと、また信号が……


「なんや信号、えらい、ひっかかるな」

Aがぼやくように言いました。

「ほんまな。夜なのに赤ばっかやな」

私は、いかにも気軽そうに応えましたが、内心、不安な気持ちになっていました。


……そもそも、こんなに、信号あったかな?


お互いにそんなことを思ったのが、なんとなくわかりました。

先程とは違う、緊張感が混じった沈黙が、車内に流れ始めています。


しばらくいくと、また信号が……

しばらくいくと、また……


「いや、うそぉ」

昔、ちょっとヤンチャだったというAが、引きつった、困ったような笑顔をつくり、低く笑いました。


私は膝の上で握った手を、更に強く握りしめて、それでも微かに笑って、口を開きました。

でも、言葉が見つからず、また微かに笑い声というのか、息をわざとらしく震わせました。


「無茶、信号あるやん?」

Aは、それでも車を走らせつつ、笑って言いました。


信号で止まり、また発進させます。

暗い夜道にほかに車はなく、周りは代わり映えのない、街並みが続いていきます。

暗く沈む家の中にも灯の点いている窓もあり、それが反対に不気味にすら、思えるのでした。


「なんや、ずっとおんなじとこ、回ってる気ぃせぇへん?」


Aが、まるで天気の話をするように、全く気軽な口調で聞いてきました。


「えっ……そうかな」

認めると本当になる気がして、私は不自然に笑いました。でも、恐ろしくて、恐ろしくて、横の窓から外を見ると、そこに化け物がいそうで、ひたすら前を凝視して、できるだけ普通な顔をして、異常に気がついていないフリをしました。声が震えて、おおよそ、フリにもなっていませんでしたが……


「あ……」


私たちは、怯えながら、向こうから迫る赤信号をみつめました。


次の信号に止まった時、二人の間には、ただ、ただ沈黙しかありませんでした。


しかし、車を走らせ始めると明らかにAの様子がおかしくなり、その次の信号で止まると、ついにAは小さな悲鳴をあげました。


「タバコ、タバコの吸い殻、落ちとる!!」


それは、もしかしたら、別の人の捨てた吸い殻だったのかも知れません。

しかし、その時、私たちは外に出て、確かめる勇気もなく、悲鳴とともに、車を発進させました。


「いややぁーーー!ごめんなさいぃぃぃーーーー!」


私たちは悲鳴をあげながら、ひたすら、何かに謝り続けました。


そして、そのまま、友人の下宿の前に着きました。


時計は見る余裕もなく、時間がどうだったのかはわかりません。

しかし、私たちにとっては、30分以上同じ場所を回っていた気がしました。


それから、その友人が下宿を変わったため、その道を夜通ることはありませんでしたし、同じ目に遭ったという話は聞きません。

Aはタバコをやめることなく、少なくとも卒業するまで、吸っていました。








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