第40話 伝えたかったかもしれない

 ある夏の夜のことです。


当時大学生になったばかりのAさんは、バイト上がりに夜遅く帰宅していると、急に暗闇からふらふらっと人が現れて、

「た、たすけて……」

目の前に倒れ込みました。


「う、うわっ!ど、ど、どうされたんですか?」

Aさんは膝をついて、声をかけました。

「気持ちが悪い……喉が乾いた……吐き気がする」

倒れ込んだ人は、ガタガタと体を震わせているようです。


「水、水、買ってきましょうか?!いや、ひ、ひ、人呼びましょうか?

えーっ!救急車呼びますか?」


Aさんはパニック気味で、とりあえずすぐ近くの自販機に走りました。そこで焦りながら、ミネラルウォーターを買って、急いで戻ると、そこには誰もいませんでした。


(え……えーっ?!)

Aさんは二度びっくりです。


その人は本当に変な顔色をして、恐ろしいほどガタガタ震えて、とてもではありませんが、一人で動けそうな感じではなかったのです。


しばらくウロウロとしましたが、どこにもいません。


(あ!もしかして、イタズラ?

動画を撮ってSNSにアップするのかもしれない……くそ!悪質だな)


疲れていた事もあり、ものすごく嫌な気持ちになって、小走りに家に戻りました。


 それから、何年も経って社会人になったAさんは、先輩とたまたまその辺りを通りかかりました。


「先輩、私、学生時代にこの辺りに住んでたんですよ。」


Aさんがそういうと

「え?マジで?そういえばお前、B大って言ってたもんな!

俺の友達もB大で、やはりこの辺りに住んでて、ちょくちょく遊びに来てたんだ。

知らんうちに、俺たち会ってたかも知れないな!」


そうですねと笑い合っていると、先輩があるアパートの前でふと足を止めると、小声で言いました。


「そう言えば、今から4年ほど前の夏に、ここのアパートで人死んだの知ってる?」



 丁度それは先輩が友達と一緒に、その友達の家に向かっていたある月曜日の夕方の話です。


そのアパートの前に見慣れない大きな灰色のバスのような車が停まっており、ひとだかりができていました。


「あの……どうされたのですか?」

先輩たちは、人の良さそうなおばさんたちに声をかけました。


「あら、あなた、それがね……」


そのおばさんたちが、口々にそれぞれが偶然見かけたことを、総合すると。

午前中に首からどこかの会社の身分証をぶら下げていた人が来ていた。


その後不動産屋が来た。


「救急車も来てたけど、空で帰ってね」

おばさんたちが、ウンウンと頷きます。


それからパトカーが来た。


「多分、ご両親……うちのブロック塀、車停める時に壊したんだけど……請求しにくいわ」

「ほんま、なぁ……」


困ったように、顔を見合わせました。


「じゃあ、あの車は?」

「多分鑑識とかいう奴、違う?」



「あとからおばさんたちが、熱中症で亡くなってたん違うかなって、ゆうとったわ。

丁度、それ月曜の話やったから、土曜とかで亡くなってたん違うかな……」


それを聞いたAさんは真っ青になりました。


「先輩、俺、その土曜日の夜遅く、バイトの帰りがけにここでこんな事があって……いや、違うんかも知れんのですけど……」


二人は顔を見合わせると、何とも言えず嫌な気持ちになりました。


「ええええ……関係ないんかも知らんけど、ここで俺とお前がこんな話になるの、偶然?

なんか、もうマジ笑えんな……」


二人はどちらからともなく、自販機でミネラルウォーターを買うと、その消えてしまった人が倒れ込んだ所に、ペットボトルの水を撒いたそうです。

アスファルトに沁みていった水が、その人に届くことを祈りながら。


「もしかしたら、その人な、お前に悪いことしたなって、思うてはったんかもしれんな」


先輩がアスファルトに消えていく水を見つめながら、そう呟いたそうです。

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