第27話 囚われの君1

 

 

 

 エステルの視線は無意識にレオを探して彷徨い、レオのクリスタルの瞳と視線が絡まり合った。


 ディーデリック王は、自分が思っていたような反応がエステルに見られず、眉をひそめる。


「そなたの身体は快復したし、余もいる。もうその人形ドールは、必要ないだろう」


「そ、それはっ! どうかレオを、私から取り上げないでください、陛下!」


 その場で跪き頭を垂れるエステルに、ディーデリックは興を削がれて不機嫌になった。


「なるほど。人形ドールの反作用が出てしまったようだな」


 ビクリとしてエステルが顔を上げれば、王は腕を組んで「ふむ」と考え込んだ。



 侍従たちは王の気まぐれにも慣れた様子で素知らぬ風を装っている。

 しかし同じ近衛騎士のシェルトとカトリナは、王とエステルのやり取りをハラハラしながら見守っていた。


 ――エステルは、真面目で融通が利かない性格だ。こういう事なら、誰かが仲介に入った方が良かったのに……。


 シェルトたちが、人形ドールを見れば、人形ドールはクリスタルの瞳を逸らしもせず、じっとエステルを見つめていた。



人形ドールは、過去に使用した王族たちで問題が起きたことがあった。あれは毒にも薬にもなる。人の心を映し出す鏡のような神代遺物アーティファクトで、依存してしまう事例もあるのだ。人のように見えても、心のない人形に過ぎぬ。案ずるな、余がそなたを癒してやる」


 跪くエステルを立たせると、ディーデリックはエステルの鎖骨の下にある誓約紋を騎士服越しに触れた。


神代遺物ドールを返却し、余の慈悲を受けよ」


 聖種の魔力が誓約紋に流れ込み、王家への絶対的忠誠心がエステルの内側で炎のように熱く焦がす。


 主君の命令ならば、躊躇わず遂行する――例えそれが死ぬより辛いことでも……。


「陛下――」


 レオと繋がっていた絆が途切れたのを感じ、胸を締め付けられるような哀しみが襲った。

 スカイブルーの瞳から、ハラハラと涙が零れ落ちていく。


 突然、パン! と乾いた音が鳴り、エステルは床に叩きつけられるように倒れ込んだ。


 思い通りに行かない玩具に癇癪を起こした子供のように、ディーデリックは気づけばエステルの頬を叩いていた。


 侍従やシェルトたちに、衝撃と緊張が走る。


 エステルは、再び跪き「申し訳ございません」と呟く。


 チッと小さく舌打ちをしたディーデリックは、この状況に突然沸いたエステルへの嗜虐心を煽られていた。


「余の情けを掛けてやろうというのに、何故そのような顔をする!」


 床に額がつくほど頭を下げているエステルを、さらにブーツの踵で踏みつける。


 王は、エステルの胸元の服を掴むと乱暴に立たせ、服を引き裂いた。


 ボタンが数個床に飛び、誓約紋が露わになる。


「そなたの貴種の力を封じる。魔力なしのただの女になって、余の情けに縋り、仕えよ」


 それは貴種にとっては最大級の屈辱的な措置で、罪を犯したり敵の捕虜になった時などに、聖種によって魔力を封印されるものだった。



 破れた服を胸の前で押さえ震えるエステルを見てなお、ディーデリックの怒りの矛先は治まらなかった。

 服の下の白い肌と丸みを帯びた柔らかな胸に、さらなる嗜虐心と情欲を掻き立てられて、エステルを壁際に押し付ける。


「お許しください、どうか――」


 ディーデリックはエステルの肩を抑え、もう片方の手でエステルの胸の膨らみを痛いほど握りしめた。


「賤しい貴種の分際で――」



 シェルトたちは、エステルを助けてやりたくても、王の意に逆らうことは出来ない。

 エステルにどうしてやることも出来ず、ただこれから起こるであろうことを黙ったまま視線を落とし、せめて見ないでやるしかなかった。


 この場を圧倒的な力で支配しているのは、聖種の国王ディーデリック。

 だれも王の凶行を止めることはできない。



「――手を離せ、ディーデリック」


 だから突然聞こえた声に、その場にいた一同は――王も含めて――呆気にとられた。



 いつの間に、どのように動いたのか、デーデリックとエステルの間に人形ドールが入り、エステルを庇うように立っていた。

 

 

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