第19話 余興2


 

 東屋で立ったまま控えていたエステルとレオを、ディーデリック王と共にテーブルに着いていた寵姫は、その大きな黒目がちの潤んだ瞳で見つめた。


「その人形には、人間のような心があるというんですの? それでどうやって人と意思疎通を?」


 レオの左右対称の完璧な造形の顔は無表情で、作りもののクリスタルの瞳は何も映っていないかのように光を失くして、鈍色に染まっていた。


「人形に心などあるものか。まして意思疎通など、出来るわけがない。その人形には、声を発生するための器具は付いていないから、人の命令に黙って従うだけだ」


「そうなんですの。しゃべれたら、面白いのに」


 ディーデリックは寵姫と話しているようでいて、エステルをじっと観察していた。



 ――でも、レオは美しい声を持っている。私と二人の時にしか語らないけれど……。


 エステルは心が千々に乱れ動揺するのを必至に抑え、表に現わさないようにと努める。



「ついでにニコレットが知りたいだろうから教えると、人と情を交わすための器具も付いていないぞ。残念だったな」


「……んまっ! 陛下ったら。嫌ですわ」


 ぽってりとした肉厚の真っ赤な唇を尖らせ、扇子で口元を隠すと、寵姫はくすくすと笑って、王に身を寄せ甘えるような仕草をした。


「なあ、錬金術師よ。余は歴代の王にしか明かされぬ、その人形の秘密を知っているのだ」


 錬金術師は青ざめた顔で、その場に立ちすくんでいた。自分の立てた仮説が王によって崩れ去り、不興を買ったのではと怖れて。



「さあ、エステル、答えよ」


 エステルは震える指先を固く握りしめ、胸に手を当てて頭を下げ「恐れながら」と口を開いた。


「陛下には、一騎士でしかない我が身に、王家の至宝を数か月前より預けていただきました。その結果、このように健康を取り戻し、再び王家にお仕えする名誉を賜りました。言葉に尽くせぬご恩に報いるため、誠心誠意この身を賭してお仕えする所存にございます」


「それでは、答えになっておらぬぞ」


 王は尊大に立ち上がってエステルの前まで来ると、顎に手をやり上向かせた。


「清廉で芯の強い、野に咲くリーリィの花のようだ。余の園庭にはない花よ。そなたは筆頭騎士家コーレインの出、ましてフェリシアを守り、傷を負ったそなたに情けを掛けずにいられようか」


「もったいない、お言葉でございます……」


 フッと笑みを浮かべると、ディーデリックは手を離した。


「なかなか、一興であった」


 そのまま王は、足早に橋を渡って東屋を去るのを、慌てて歌姫が追いかけた。すれ違い様に、横目でエステルをキッと睨みつけて。



 

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