第18話 余興

 

 

 近衛騎士団団長室の外に出ると、女官が待っていた。


「ご案内させていただきます」

「よろしく頼む」


 女官の後をついて、エステルとレオは騎士館を出た。主塔ベルクフリートの見える第一庭園を横切り、王族たちの住まう居館パラスへと向かう。


 宮殿の居館パラスは王の行政と公式行事が行われる外廷と私生活の場である内廷に分かれている。

 内廷は、さらに王妃や王子、王女達のための小さな建物と庭にはテラスが連なっている。それに加え、数多くの園庭と離れがあった。


 王宮のフェリシア姫の居住区へ向かう途中、園庭の一画で賑やかな声が聞こえてきた。


 複雑な構造の居館パラス内を、足早に進んでいた女官は立ち止まって、エステルに告げた。


「陛下がこちらに参られます」


 エステルたちは道の脇に寄り、跪いて頭を垂れた。


 前の方から、鈴の音が鳴るような華やかな女の笑い声が近づいて来る。

 

「ご覧ください、陛下。サザンナの花が、赤、白、ピンク。あんなに咲いて。なんていい匂い。あれはネリネの花ね。国花ナンナのような気高さはないけれど、華やかで美しいこと」


「……そうか? この園庭のどの花より、余の寵姫は美しいと思うが」


「まあ、陛下ったら、お上手ですこと」


 衣擦れの音と共に、ディーデリック王とその寵姫の姿が現われた。


 妹姫と同じストロベリィ・ブロンドに翡翠色の瞳の若き王は、高貴な紫色の、膨らんだ袖に、袖なしの毛皮の縁取りのあるジェストコートに、ぴったりとしたズボン、革のブーツ、装飾用の短い絹のマントを翻し、寵姫の腰と手を取ってエスコートしている。

 寵姫は見事な黒髪を高く結い、真紅と金の絹のドレスは、身体のラインがはっきりと現れる最新のデザインで、豊かな胸が強調されていた。


「あら、見かけない騎士ね」


 寵姫がエステルに目を止め、足を止めた。彼らに付き従っている侍女と近衛騎士も立ち止まる。


「面を上げよ。名は?」


「エステル・コーレインです、陛下。傷病休暇を終え、本日より、王宮にまかり越しました」


 切れ長の涼やかな瞳の王の問いに、エステルは顔を上げて答えた。


「ほう、お前がフェリシアの……では、その後ろにいるのが叔父上が言っていた魔道式機械人形アーティファクト・ドールか」


「まああ、女騎士だったのですね。あなたの従者はとても綺麗だけれど、その者も女性なの?」


「ニコレット、それは人形ドールだ」


「えっ、これが? 大祭司さまが陛下に強請っておられた人形ドールですの……?」


「ふふ、ニコレットも古代遺物ドールに興味を持ったか。ならばエステル、お前たちもついて来い」


 エステルがここまで案内した女官を見ると「姫さまには、私からお伝えしておきます」と視線を落とした。


 王の一行に、後からついて行くことになったエステルは、近衛騎士に目で問いかけた。


「あれは、王都で人気の歌劇団の歌姫で、ここ最近、陛下に寵愛されている女人だ。これから園庭の東屋で、お茶を楽しまれるそうだ」

 


 すでにお茶の準備が整っている東屋は、橋の掛かった池の中央にあった。


 赤や黄色に紅葉した葉が池に浮かび、池の周囲にはアスぺラの白と青の小花が咲いている。

 その向こうには薄紫のアリウムが丸い小さな鞠のような花を風に揺らしていた。


 近衛騎士たちは池の外側から東屋を見守り、王と寵姫と侍女、エステルとレオが橋を渡った。


 東屋の中には、給仕係の他にちょっとした余興にと呼ばれた錬金術師とその助手もいた。


 香りのよいお茶が磁器の茶器に注がれ、貴重な砂糖菓子が添えられる。


「錬金術師よ、今日は余と寵姫を、その手品だか詐欺師の技で楽しませてくれ」


「陛下に置かれましては、どうか日頃の私の研究の成果を、御目にてご確認くださいますよう」


 錬金術師は助手に手伝わせて、ガラスの丸い容器に水銀を注ぎ、王水を混ぜてから、火魔石で熱し、賢者の石と呼ばれる触媒を用いて、水銀を黄金に替えて見せた。


「ああ、なんということでしょう!」


 寵姫は手を叩いて、感嘆のため息をついた。


「銀が黄金に変わるなんて。この技術があれば、ますます王国は栄えますわね」


 王は目を丸くして興奮している寵姫を見て、くっくっと笑った。


「見事な余興だ。褒美をつかわそう」


「有難き幸せにございます」


 錬金術師たちは深々と頭を下げた。


「今のインチキはともかく、魔道式機械人形アーティファクト・ドールの荒唐無稽な報告書はいただけないぞ」

 

「いいえ、陛下。長きに渡る観察と考察から導き出されたことでございます」


「ほぉう。人形ドールが自ら意志を持ち、魔力供給者と意思疎通しているばかりか情を通じているなどというホラ話を、余に信じろと。大司祭の叔父上まで本気にし出して困っておるに。――それで、余の近衛騎士エステルよ。この錬金術師の言う事は、誠か?」



 そこに居る者たちの視線が、一斉にエステルとレオに向けられた。


 

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