第17話 王宮

 


 王宮の騎士館は、王とその一族を警護する近衛騎士たちの宿舎だ。

 近衛騎士団は、騎士爵以上の貴族の子息たちで構成されている。



 半年前振りのエステルの部屋は、小ざっぱりと掃除され、寝具も風を通すなど、整えられていた。


「ここでは、基本的に身の回りのことは自分でする規則になっているんだ。もっとも、騎士達は全員、従者や従騎士がついているんだけどね。部屋の掃除は、寮長が気を利かせてくれたかな」


 荷物は空間魔法付与鞄マジック・バック一つ。この中に必要なものはすべて入れてあった。

 レオは鞄をテーブルに置くと、取りあえずすぐに使用するものだけ取り出した。


「街道のワイバーンの報告書を書いたら、着替えて団長に挨拶に行く」


 エステルは羽ペンにインクを付けると、さらさらと昨日のシナリー山山頂のワイバーンの件を紙にしたため、吸い取り砂を落として乾かした。

 

 それから近衛騎士の制服、詰襟のタイトな青の軍衣に着替えるのを、レオが手伝う。

 右肩に飾緒しょくちょの金糸の三連のモールを取り付け、マントを肩に掛けると、ロングブーツを履く。最後に、儀礼用の柄に国花ナンナの彫刻が施された細身の剣を装着した。


 主に王族の警護に当たる近衛騎士は、国内外の賓客の列席する場に立つことも多い。その為、騎士服も機能的でありながらも美しく金銀糸の縁取りや刺繍の装飾が施されていた。


「レオも、さっきの仕立て屋で買った服を着て見せて」


 近頃、王都では貴族を中心に、甲冑の下に着る緩衝用の下着が上着に変化したジャケットの原型ができ、男性はズボンと上着の組み合わせを着るのが流行り始めている。

 レオに購入したのは、その新しい型の上着だ。


 渡された服を着て、レオが少しおどけて気取ったように一礼するのを、エステルは一歩下がって眺めた。

 

 ダマスク織の上着の袖口からシャツのレースがのぞき、膝下丈のズボンを穿いたレオは、高貴な身分の者に見えた。


「よく似合っている」


「こんな高い買い物をして、大丈夫? ワイバーンの加工と仕立てもビックリするような金額だったし」


「はは、心配するな。私がその服を着たレオを見たかっただけだから。さあ、団長の所へ行って、挨拶と報告だ」



 ふたりが騎士館の団長室に行くまでに、数人の同僚たちとすれ違った。

 回復と職場復帰を祝う言葉を、次々に掛けられる。


 中でも、特にエステルの先輩にあたる女騎士カトリナは、涙を浮かべてエステルを抱きしめた。


「エステルじゃないか! 私も最近復帰したんだ。またこうして共に剣を持って、お互い騎士として王家に仕えられるのは嬉しいな」


 カトリナは既婚者で、エステルが事故に遭った時は、出産の為に休職中だった。


「これから団長に挨拶に行く」と言えば、カトリナはそれ以上引き止めず、エステルたちを行かせた。




 団長室の前まで来て、重厚なオーク材で出来た扉を叩くと、「入れ!」とバリトンの声が響いた。


 エステルは入室し、直立不動で敬礼する。


「近衛騎士団所属エステル・コーレイン、傷病休暇を終え、本日より戻りました!」


「おお、来たか! 艱難辛苦を乗り越え、よく戻って来た」


 近衛騎士団長のミラン・ボルストは、黒髪に銀のメッシュが入った三十絡みの男で、大量に書類が積まれた机の前に座っている。その脇には、文官のひょろっとした青年が決裁書を持って立っていた。


 ミラン団長は立ち上がると、エステルに椅子をすすめ、自らもローテーブルを挟んだ向かいの長椅子へ腰かけた。


「それで、体調はもうすっかりいいのか?」


「はっ。全快しております」


 文官の青年がお茶を入れ、二人の前に置いた。


「その後ろに立っている彼が、手紙に書いてあったレオか?」


「はい。彼は剣の腕もそこそこありまして。できれば、従騎士として私の側に置きたいのですが……」


 貴種でなければ、騎士にはなれない。それでも従騎士までなら、とエステルは団長に申し出た。


「ふむ。従騎士か。俺が直々にテストして、剣を交えてみたいが――王家の至宝に傷を付けるわけにはいかないな」


 レオについて知っているのは、ごく限られた者のみで、そのうちの一人が団長だった。


「そう、ですか」


 目に見えてがっかりするエステル。


「これは王都に来る途中で遭遇した、ムーレン街道でワイバーン討伐の報告書です」


 エステルから渡された報告書に素早く目を通すと、ミランはいくつかの質問をした。


「……この報告書は、私から将軍に上げて置く」


「討伐軍が出されることになりますね?」


「おそらく。まあ、我ら近衛騎士団は王宮と王族の守護が担当だから、出動はないが」


「志願することは、出来ませんか?」


 ミランは呆れたように、エステルを見た。


「お前は、フェリシア姫の守護騎士になるのだろう?」



 その時、再び団長室をノックする者がいて、文官が対応するために出て行く。彼はすぐに戻って来て、団長の耳元で何かを囁いた。


「何だと? まあ、仕方ないな……」


「どうか致しましたか?」


「ここに戻って来たばかりですまんが、さっそくフェリシア姫から、お呼びがかかった。行ってくれ」


「はい」


「また何かあれば、俺に話してくれ。相談に乗る。近衛騎士団は、お前の復帰を歓迎するぞ」


「ありがとうございます」


 エステルは立ち上がると、団長に一礼し、書記官にお茶の礼を言って、団長室を出た。



 

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