第16話 王都
明朝、日の出と共に出発する予定のエステルたちは、深酔いはせず早めに食堂の喧騒を後にした。
夜は食堂兼酒場で賑わっていた宿屋も、中空の月が傾くころにはすっかり静まり返っている。
ベッドには、程よいお酒と旅の疲れにぐっすりと眠り込んたエステル。
その隣に横たわるレオに、ヨルムンガルドは腕輪の擬態を解き、シュルシュルと耳元まで近寄って話しかけた。
「我が主よ、まさかこのまま王都入りなさるのですか?」
閉じていたレオの瞼が、パチリと開いた。
「そのつもりだけど」
「王都は結界が張り巡らされ、
「王都の結界の中にいたから、ヨルムンガルドは僕を見つけられなかったんだっけ?」
「……くっ。面目ございません。して、このまま逃げるという訳には行きませんか? 我が主の魔力供給なら、魔石を集めれば。何もこの者が居なくとも」
「僕が逃げたら、エステルはどうなる? 彼女は誓約魔法で縛られているから、連れて行くわけにはいかないのに」
「その者はさして役には立たなそうですから、捨てて置かれればよろしいかと存じます」
ヨルムンガルドに向けられたレオのクリスタルの瞳が、すっと冷えたように色を失った。
「お、王都に行けば! 我が主の呪いを解く手掛かりがあるやもしれませんな。この老骨めは、神殿を探ってみましょう」
主の怒りに触れたと、ヨルムンガルドのピーンと伸びた蛇の尻尾の先が、わなわなと震えている。
「――うん。十分気をつけてね」
レオが再び
とぐろを巻いて顎を身体に載せると、ひっそりと溜息をついた。
――かつては、女に入れ込むようなお方ではなかったのに……。
◆◇
ムーレンハルトの王都は、外敵から守るため二層の外壁に囲まれた城郭都市だ。
外側の壁は魔獣や野生動物、盗賊から農民や農作物を、さらに堅固な内側の壁は王都とそこに住む特権階級の人々を守っている。
都の中心は丘の上にある神殿と王宮で、高さ十メートルほどもある城壁には等間隔に方形の塔が突出して設けられ、その詰所には射程距離の長いバリスタ(弩砲)が大きな窓に設置されていた。
昼に王都に到着したエステルたちは、アーチ型の城門に通行証を持って列をなした旅人や馬車の横をすり抜け、門兵に近衛騎士の徽章を見せて通り過ぎる。
旅人は通行証を、馬車の積み荷には荷物のチェックがあり、王都の中に入るのにはかなり時間がかかる。
近衛騎士は別口で、徽章を見せるだけでいいので、待たずに済んだ。
エステルは城門を通って王都に張られた結界の中に入る瞬間の、ぞわっとする感覚に鳥肌が立つ。
結界特有のこの感じは、魔力を持っているものにしか分からないという。
シェルトとヨハンもわずかに眉をしかめていた。
結界は、王都を内と外の両方を守っている。
街中でテロ行為など起こされないように、魔法を制限する術式が掛けられているのだ。
王都に入ると、シェルトはエステルに声を掛けた。
「俺達はこれから、コーレイン家の
「私は街で買い物をしてから、騎士館へ入る」
「そうか。じゃあまた、拝命式で」
エステルはシェルトと別れ、街の仕立て屋に向かった。
◆◇
近衛騎士たちご用達の仕立て屋で、エステルは
「これは、ワイバーンの皮ですね」
「店主なら、腕の良いなめし工職人を知っているだろう? これでレオの装備一式を作って欲しい」
「かしこまりました」
店員が別室でレオのサイズを計っている間、エステルと店主は納期や費用などについて話し合っていた。
「ワイバーンは高級皮なので、扱える職人が限られております。お時間と費用がその分かかりますが」
「かまわない。あと、その吊るしてある服を見せてくれ」
仕立て屋は特権階級の者たちがオーダーメイドで服を作るので、吊るされた服は売り物というより見本品、店の装飾的なものだ。
店主がダマスク織の上着を壁から外して、エステルに渡す。
絹の青灰の単色で光沢の異なる経糸と緯糸を使った模様は、ドラゴンと世界樹の図柄をパターン化した美しい織物だ。しっかりとした縫製で最新の流行の型で作られている。
「これも、レオに」
「大変お似合いです。中々お目が高い」
上客にホクホクした店主は、さらにリネンのレース飾り付きのシャツなどを奨めると、エステルは黙って頷く。
レオに着せかけると丈を多少短くすれば良いだけだったので、その場で店の針子に直しをさせる。
エステルはワイバーンの仕立ての前金と服の代金を店主に渡すと、店を出て王宮内の騎士館へと向かった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます