第20話 捕獲


 王妹フェリシア姫の守護騎士拝命式の日、エステルは神殿に入り沐浴にて身体を清めると、礼拝堂に向かった。


 礼拝堂の厳かな雰囲気の中で会衆――姫の側近たちや、近衛騎士団団長、シェルトたち――に見守られ、エステルは神々の像の前に置かれた祭壇前まで真っ直ぐ進み、父から与えられた家宝の剣を鞘から抜いて置くと、跪いて祈りをささげた。


 王都への出立の朝、エステルは父に挨拶に行くと、この剣を渡された。

 病床にあって一度は父に返したアダマンタイトの剣を、再び授けられたのだ。


「騎士の精神に則り、正しくこの剣を使うように。これまでお前には王家への絶対服従を教えて来たが、もう一つ大事なことを付け加えよう。王家に対して負う義務が、お前の神々に対する義務と争わない限り、と。よいな、エステル」

 

 その父の言葉を思い返していた。

 

 ――騎士に復帰した私に、お父様は何を伝えたかったのだろう。貴種は聖種に仕えるが、神々は聖種より上、至高の存在だ。神々への義務は王家への忠義より勝ると言いたかったのだろうか。



 祭壇横には、大祭司ステファヌスとフェリシアが立っている。


 大祭司は祭壇の剣に聖水を振りかけて聖別し、エステルを祝別した。


「エステル・コーレイン、汝は光の神ヘイムダルの名にかけて、その末裔である尊き聖種フェリシア・イフォンネ・ムーレンハルトの保護者かつ守護者となるように」


 フェリシアは聖別された剣を大祭司から受け取ると、抜き身の剣を跪くエステルの肩に置いて宣言する。


「ムーレンハルト王家第十四王位継承者、フェリシア・イフォンネ・ムーレンハルトは、エステル・コーレインをわたくしの守護騎士に命じます」


 エステルが剣を受け取り鞘に納めると、フェリシアは今日の記念にと守りの指輪を与えた。



 神殿に集まった市井の人々に花や菓子、硬貨が配られ、その様子を会堂の片隅でレオが見守っていた。



――我が主よ、この神殿の地下は貴方さまが封印されていた場所。探ってみようと思います。


 ヨルムンガルドが念話でレオに伝えると、気をつけて、と返す。


 腕輪から闇蛇の姿に戻ると、ヨルムンガルドは気配を断ち、物陰に隠れながら神殿の地下を目指して姿を消した。



 神殿の地下へと降りる階段を、闇蛇がするすると降りて行くと、かつて遺跡のあった場所が、今では巨大な貯水槽になっていた。


 数代前の国王が、王都の人々に安定して水を供給するため、数百本もの大理石の円柱の並んだ柱廊の部分を掘り下げて、ホランセ川から水を引いて、この貯水槽を設置したのだ。


 水を通さない特殊なモルタルでおおわれた耐火レンガの壁伝いに、ヨルムンガルドが進んで行くと、ビリリと電流が走り、見えない壁に押し返される。


――聖域か。


 それ以上先へ進むことはあきらめ、引き返す。


 次に潜り込んだのは、神殿の図書室の奥にある書庫だ。


 地下遺跡についての記録を探る。


 お目当ての書物はすぐに見つかり、念力で書棚から取り出し本を開く。

 暗視スキルを持っているので、暗がりでも文字を読むことが出来る。


 羊皮紙で書かれた分厚いページをめくっていると、ガタン、と書庫の戸を開ける音がした。


 ――チッ、誰か来たか。


 ヨルムンガンドは書物を元に戻し、書棚の陰に潜む。


 魔道ランタンを片手に持った誰かが書庫に入って来た。ゆっくりとした足取りで、やがてヨルムンガルドが隠れている書棚の前で足が止まった。


「ほう、こんなところにネズミが」


 白い手袋をした手が伸びて、闇蛇を掴んだ。


――隠行スキルを発動しているのに!


 あっさりと見つかって、捕まえられたことに驚愕するヨルムンガルド。


 魔道ランタンの黄色味を帯びた明かりに浮かび上がった顔は、どこかディーデリックに似た面差しの大祭司だった。


「ふふ、誰かの使い魔か? 大人しくしていれば殺さない。聖種の力に、使い魔ごときが叶わぬ。あきらめろ」


 ステファヌスは、ヨルムンガルドを書庫の棚に置いてあった瓶の中に入れると、コルクの栓をして封印した。



 ――クッソ! このまま捕まった振りをして、こやつとその周辺を調べてみるか……。


 大人しく観念したように、ヨルムンガルドは瓶の底でとぐろを巻いて目を閉じた。

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