第14話 宿駅


 

 陽が傾き始めると、シェルトは「今日は無理をせず、早めに街道の宿駅マンシオーに泊まって、明日、王都に入ろう」と提案し、エステルも同意した。


 溪谷で思わぬワイバーンとの戦闘があり、馬たちも肉体強化を掛けた影響で余計疲労して神経質になっていたから。

 


 ムーレン街道は、王都から主要都市までを、軍事的な目的からほぼ直線コースで結んでいる。

 だから途中の村や町から、離れていることも多い。

 

 そのため街道にはいくつかの休憩所ムーターティオー宿駅マンシオーが建てられ、場所によっては民営の茶屋や宿屋、馬を休ませケアする厩舎、鍛冶屋などがあった。

 施設を建てたのは王国だが、運営しているのは地域の領民たちだ。


 エステル達が宿駅に入って馬丁に馬を預けると、宿屋の主人が頭を下げながらやって来た。


「騎士様方、お泊りですか?」


「風呂付でニ部屋、すぐに用意しろ」


 シェルトが近衛騎士の徽章を見せると、主人はさらにペコペコとお辞儀をした。

 そして速やかに、三階の一番いい部屋に案内される。


 王国の騎士は、街道に設置された施設を優先的に使用する権利があるが、平民の商人や巡礼も利用している。

 王都に近いこの宿駅マンシオーは、そこそこの旅人たちでにぎわっていた。



「六の刻から一階の食堂をご利用いただけます」


「あとで警備隊長と少し話がしたい。連絡を頼む」


 声を聴いて、目の前の騎士が女だと気付いた主人は、ぎょっとしてエステルを見た。

 そして差し出されたチップの銀貨を受け取ると「か、畏まりました」とあわてて下がって行った。

 

 部屋割りはエステルとレオ、シェルトとヨハンで「じゃあ、夕食の時にまた」と別れてそれぞれの部屋に入った。



「食事の前に、風呂に入りたい」


 ワイバーンの返り血を早く落としたかったエステルは、テーブルの上にマントを置き、旅の装備を外してブーツを脱ぐと浴室へまっすぐ向かった。


 浴室は手押しポンプで水を溜め、火魔石で湯を沸かす石焼き風呂だ。

 貴種なら造作なく準備できるが、平民ならポンプを押して水を張るのも一苦労だろうし、微弱な魔力では火魔石の扱いも難しいだろう。


 エステルは洗い場で身体を洗い、浴槽に浸かるとふうと息を吐き、人心地ついた。


 ――そうだ、レオは何をしている?


 浴室から部屋を除くと、レオはエステルの汚れた衣類を片づけ、着替えを用意していた。


「レオも風呂に入れ。汚れを落としたいだろう?」


 ――レオには、いつも世話をしてもらっているけど、たまには意趣返しをしてみようか。


「私が洗ってやるよ。今日はワイバーンとの戦いで、レオがいてくれてすごく助かったから」


 レオが濡れても大丈夫だというのは教えてもらっていたから、洗い場の椅子に座らせ、泡立てた石鹸でレオの髪を洗い、お湯ですすいだ。

 関節が球体のレオの滑らかな身体も、今は見慣れてしまった。

 だから、レオが目を閉じて口元が少し上がっているのを、心地よいのだろう、と思うことにして洗った。


 最後に一緒に浴槽に浸かると、レオは魔力供給を強請って来た。


「エステル、欲しいんだけど」


「ここで?」


「うん。キスして」


 温かな湯に浸かりながら、レオに抱きしめられ唇を重ねる。


 エステルからレオへと魔力が流れ、受け渡されていく。

 微かな脱力感の中、レオを見ると薄っすらとオーラのような光が輝いて見えた。


「レオ……?」


 パチパチと瞬きして見つめ直すと、もう光は消えていつものレオに戻っていた。

 

 ――考えてみればここ最近、王都に出発する前の挨拶回りや準備、そして乳母の娘の赤ん坊の件があったりと、慌ただしく忙しい日々を過ごして来た。ゆっくりと二人で話をする余裕もなかったけど――。


「……ねえ、レオ。あの時ワイバーンを、どうやって仕留めたの?」



 レオについて色々と不思議に思う事は、これまでもあった。

 ただその一つ一つが、多分些細な、小さな出来事だったから、エステルはあまり気にしていなかったのだ。


 だけど、ワイバーンを討伐するのは並大抵のことではないのだ。


 エステルたち騎士は、幼少から貴種の力を心身ともに鍛え上げて、魔力操作、肉体強化のスキルを剣術と共に磨いてきた。


 その自分達と匹敵する力を、レオは持っているのだろうか。

 


 

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