第11話 大司祭と姫


 

 王都にある光の神ヘイムダル神殿は、王宮から広場を挟んだ場所にある。


 神殿内に建てられた礼拝堂の高い円天井には、精密な壁画が施されている。

 戦場で戦に倒れた騎士達の魂を天空より戦乙女ヴァルキリー達が迎え降りて、天上ヴァルハラへと導く絵だ。

 漆喰が乾き切らないうちに顔料で彩色する技法で描かれ、時を経ても色鮮やかに色彩を保っていた。


 ステファヌス大祭司が朝の祭儀を終えると、礼拝堂の外で待っていた錬金術師の使者が書類を渡した。


「ご苦労だった」


 それは錬金術師に出来上がり次第、すぐに届けるようにと言い渡していた魔道式機械人形アーティファクト・ドールについての報告書だ。受け取ると、そそくさと自分の書斎に戻る。


 ステファヌスは整った顔立ちの中年の男で、王族の血を引く聖種でありながら難聴という障碍があり、信心深い母親によって幼少時に神殿に捧げられた。

 大祭司となった今は聖職者としての務め以上に、地下遺跡と古代遺物の魔道式機械人形アーティファクト・ドールの研究に没頭しているのだった。


 書斎の机の上には、神殿地下遺跡について書かれた書物と、人形ドールの過去の記録が置かれている。


 彼はその机の前に座ると、報告書を開いた。

 

「――相変わらず奴の報告は、仮説と妄想ばかりだ。おまけに、無知な侍女の目撃情報を重視して……」


 コーレイン家の侍女によれば、魔力循環障害をわずらう女騎士は人形ドールとまるで恋人同士のように、片時も離れずに過ごしているという。


 六十年前の資料にも、同じ病の貴種の将軍の側に付けられた人形ドールが、仲の良い親子のようだったという証言と、耄碌した将軍が死んだ自分の息子と人形ドールの区別が付かなくなっていたという証言が二通りあった。


「わしが、聖種でなければな……。この手で人形ドールを使って試せるのに」


 古より、王族は人形ドールの使用を固く禁じられている。


 また王家の聖種が人形ドールを我がものとすることは、禁忌中の禁忌とされ、破った者には神の怒りが落ちると言い伝えられていた。


 研究者たちからは、聖種の魔力と人形ドールの相性が悪いのだろうと推測されているが、この古代遺物の研究の為に貴種を当てることが公式記録以外にも過去にも数回あったのだ。


 ステファヌスの指が、過去の資料をめくって行く。途中、頁を破かれた箇所がいくつかあり、手が止まった。


「おそらく過去に、聖種の誰かが禁忌を犯している。だがムーレンハルトの王家の系譜を調べても、それらしい記録は見当たらないし……」


 破棄された記録を辿ろうと、この何年も尽力して来たが徒労に終わっている。


 王家では触らぬ神に祟りなしとばかり、人形ドールには触れないようにと、ここ数十年は厳重に封印されていた。 


 それが、フェリシア姫の事故によって、久しぶりに人形ドールは日の目を見ることになった。


「このチャンスを上手く使って、人形ドールの秘密を解かねば」



 机の上の魔道灯が赤く点滅して、書斎に人の訪れを知らせる。


 ステファヌスが立ち上がると、扉の外に修道士に案内されたフェリシア姫が居た。


「叔父さま、お忙しいところお邪魔してすみません」


「おや、姫。どうぞ、お入りなさい」 


 フェリシア姫は、お着きの侍女と共に書斎に入り、勧められてカウチソファに腰を下ろした。

 侍女は扉の側に立ち、修道士は飲み物を持ってくるようにとステファヌスに言いつけられる。


 姫は白絹のドレスを胸の下に金色の帯で締めて、ストロベリー・ブロンドの髪を頭の両側で三つ編みにし、真珠のピンを挿して丸くまとめ、さらにその上からベールを被っていた。


「可愛い姪に会えるのは、何であれ嬉しいものだ。して、今日はどのようなご用件かな?」


「はい……。以前ご相談した、私の騎士のエステルのことです。叔父さまにお力で古代遺物ドールをエステルの側に置いたことが良い結果になったようです。最近は、かなり快復していると……」


 叔父は耳に障碍があるが、読唇術に長けていて、明るい場所での会話に不都合はない。


「ほう、それは良かった」


 錬金術師や医師たちから報告を受けているのに、初めて聞いたような風を装い、優し気な笑みを浮かべる。


 修道士が、お湯割りの果実水の入ったゴブレットをトレイに載せて持ってくると、ステファヌスは杯を受け取り、姪にも勧めた。


「今朝、神殿の果樹園で採れたレムンの実を絞ったものだ。身体が暖まり風邪を予防する」


「いい香り。……頂きます」


「それでは、その女騎士は、近く王都に戻って来るのかな?」


「本人はそう希望しています。ただ、引き続き人形ドールを従者として、側に置きたいと言って来て……。万全な体調に戻るまで、無理はしないようにと言い渡してあるのですが、その」


 フェリシアはいったん言葉を切り、伺うように叔父を見た。


「何でも言ってごらん。わしは姫の味方だと、知っているだろう?」


「ありがとうございます。彼女は私の魔力暴発のせいで、ひどく苦しませてしまいました。ですから、私は何でも望みを、と言ってしまったのです。エステルは早期に近衛騎士に復帰して功績を立て、人形ドールを王家より賜りたいと希望していて」


「――なんと!」


「すみません、叔父さま。でも、人形ドールを取り上げたら、またエステルは寝た切りになってしまうのではと怖くて」


「ふむ……人形ドールを伴い、職務に復帰する件は、わしが何とかしよう。だが王家の至宝を欲するなど、身の程知らずにもほどがある。罰を与えねばならん」


 罰と聞いて、姫は青ざめた。


「叔父さま、待ってください。私が無理に望みをと言わせたのです。私とエステルだけの話のこと、今回はお許しを」


 手をもみ絞って、姫が嘆願すると、ステファヌスは息を長く吐いた。


「……いいだろう。許すのは、一度だけだ。その者が王都に来たら、わしの元にも顔を出すように、姫からも言っておくように」


「はい……」



 叔父の大祭司との話が済むと、姫は輿に乗り、その後を侍女と護衛がついて、神殿内の王族専用の礼拝堂へ向かった。


 一般参拝とは異なる別の入り口の前で輿から降りると、先触れによって神殿の者達がフェリシア姫一行を向かい入れた。彼らの後について、石の階段を地下へと降りて行く。


 天井近くの灯り取りの窓から光が射し込み、 壁龕へきがんには魔道灯が置かれ辺りを照らしている。



 祭壇で供物と祈りを捧げる前に、清めの室でフェリシア姫は洗盤の水で口を漱ぎ、手足を洗う。


 清めの室にも壁画が描かれていた。

 闇夜に雷神が大河で凶神をいなずまの網で捉え、荒れ狂う嵐の大海に軍神が黒竜を投げ入れる恐ろしい絵だ。


 礼拝堂の祭壇に進み、神々の像の前で供物と花を捧げ、姫は祈る。


「どうか、私に仕える者達をお守りください……」 



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