第8話 諜者

 

 

 再び月に一度の、王家から派遣される医師団がエステルの元にやって来た。


 これまでと変わらぬ問診が行われ、エステルと医師たちの応答の後、帰って行く彼らを見送るためにメリッサは玄関先まで出て行った。


 すると、錬金術師が立ち止まってメリッサに大銀貨を握らせ「侍女殿にお願いがある」と話しかけた。


「何でしょうか」


「あの魔道式機械人形アーティファクト・ドールについて、見聞きしたことを我らに教えて欲しいのだ」


「……私はコーレイン家の者です。主家の内情を明かすわけには」 


 使用人には主家について守秘義務があり、それを破ると厳しく罰せられる。

 まして主家が領主となると、不興を買ったら自分だけでなく、家族までもこの地に居られなくなってしまうかもしれない。


 メリッサがアリアネの命を受けたのは、主家の後継ぎがエステルからアリアネに移ったからだ。

 次期当主の意向に沿うのは当たり前だが、この錬金術師はちがう。


「ああ、もちろん! 侍女殿の忠誠心は素晴らしい。我々は、コーレイン家の内情ではなく人形ドールについて知りたいだけなのだ。人形ドールは研究途上で、今後のエステル殿の治療のためにも、もっと情報がいるんだ」


「そういうことでしたら、ご協力するのもやぶさかではございませんが……」


 錬金術師は力強く頷くと、侍女に連絡先を渡した。

 そして手紙で人形ドールの様子を報告すると約束する。




 馬車に乗って彼らが去った後、小姓ペイジが手紙を届けに来た。


 侍女が受け取った手紙の差出人を見ると、シェルト・ディレンと書かれている。


「ご苦労さま。私からエステルさまにお渡ししておくわ」


 手紙をエプロンのポケットにしまうと、玄関へ歩き出す。


「待って下さい。主人からお返事をもらって来るように、言いつけられています」


「まぁ。エステルさまは、病人なんですよ。今、お医者様の診察を終えたばかりなんです。今日のところは、お帰りなさい」


 小姓ペイジを追い払うと、メリッサはさっそく本館のアリアネの元へ手紙を持って行った。




 ディレン家の封蝋を押された手紙を手にしたアリアネは、開封をためらった。

 自分が姉宛ての手紙を盗んで読んだことを、ディレンに知られるのが嫌だったから。


「封蝋はそのままにして、その封筒の糊づけを剥がしたらどうでしょう。アイロンで熱を加えると、糊が解けて綺麗に取れますよ。後でまた糊付けして置けばわかりません」


 メリッサが助言すると、アリアネは頷いた。


 用意したアイロンをあてて、慎重に開封する。


 しかしアリアネは、シェルトの手紙を読むとグシャリと握りつぶしてしまった。


 手紙には、ディレン家はともかくシェルト自身はアリアネとの結婚は望まず、エステルの快復を待ちたいと思っているという主旨が書かれていた。



 ――まあ、私はお嬢さまからお手当を頂ければいいんだけど。


 アリアネからも大銀貨を受け取って、メリッサはホクホクとした気分で離れに戻る。


「あとは人形ドールの行動を探らなくちゃね。あの錬金術師は、気前がいいのかしら」



 人形ドール自らの意志で動くものオートマタかどうかを、探って欲しいと言われたメリッサ。


 短期間に大金を手に入れられるとあっては、張り切らずにはいられなかった。


◆◇



 離れの庭先で、エステルはレオに支えてもらいながらリハビリとして歩いていた。


 かつては騎士として、甲冑をつけ長剣を自由自在に軽々と振り回していたエステルが、今は覚束おぼつかない足取りで杖を突き、一歩一歩慎重に歩みを進める。

 杖をしっかりと突いていなければ、不安定な身体はすぐにぐらりと揺れてしまう。


 レオはそんなエステルの傍らで、腰に手を回して支えるように歩いている。


「少し休憩しよう。その木陰のベンチまで行ける?」


「ああ」


 エステルをベンチに座らせると、レオは冷たい井戸水を汲んで来た。


 冷たい井戸水でのどを潤し、エステルは息をつく。


 爽やかな初夏の風が心地よい。


「先日の王都から来た錬金術師たちは、しきりにレオのことを自らの意志で動くものオートマタではないかと探っていたね」


「そのようだね」


「前にレオは自分の本質について、語ることは許されていないって言っていたけど。どうして?」


「そのことについては、話題に触れるだけでもこの身体にかなりの負荷を伴うんだ。エステルに話したその言葉ですら、かなり危険なギリギリのラインで――」


 東屋で同じ質問をした時のように、レオは目を瞑って停止してしまった。


 エステルは不安に駆られ震えながら、隣に座っているレオの頬を両手で挟むと、自分から口づけて魔力を流し込んだ。


 しばらくしてレオの長い睫毛が震えながらゆっくりと開いていくと、安堵のあまり深くため息をつく。


「……ごめん。君が何者でも構わないんだ。側にいて欲しい」


「本当?」


 頷くと、抱き寄せられて髪を撫でられた。


 そのままエステルはレオの肩に顔を埋め、身体をもたれかけてじっと考える。


 エステルは彼を失いたくないという、自分の強烈な感情に気づいてしまった。



 レオは、エステルの魔力循環障害を癒すために王家から貸与された。

 いつか返さなくてはいけない日が来る。



 ――ずっと一緒にいるには、どうしたらいい?




 自問自答するエステルと寄り添うレオの姿を、離れた場所から侍女がじっと見ていた。


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