第7話 侍女の仕事


 

「他に使用人が居ないとのことですが、私は雑役女中じゃありませんから、洗濯や掃除などは致しませんよ」


 メリッサは、離れの女主人エステルにきっぱりと宣言した。


 侍女の主な仕事は、主人の側に居て仕えること。

 身支度やベッドメイキング、衣類の管理、出かける時の付き添い、話し相手など。お茶を入れるくらいはするが、調理などもしない。


「そうだな……。本館で人手が足りていないのなら、私が個人的に使用人を雇ってもいいが。ヘルブラントに言付けを――いや、一筆手紙を書くので後で届けてもらおうか」


 そんなやり取りがあったものの、この小さな離れでは雑務もまったくやらない訳には行かないだろう、とメリッサは考えていた。


 ところが、この病人には人形ドールが常に側に控えていて、主人の髪を梳いて結ったり着替えさせたりという、侍女がするべき仕事もすべてレオがやってしまう。


 メリッサが本館に行ってメイド長に離れの様子などの報告を済まし、厨房から受け取った主の食事を運んで来ると、いつの間にかレオがどこから調達したのか、様々な食材を使った極上の料理をエステルに饗しているではないか。


 熱々の兔肉のパイシチューに川魚の香草焼き、鴨肉の胸肉のローストには春菜の胡桃和えを添えて、デザートには野苺のゼリー、飲み物は冷やした甘口の白ワイン。


 美味しそうな香りに、思わず唾が出てごくりと飲み込む。


 それに比べてメリッサが持って来た料理は、青豆のスープとパン、ベーコンエッグ、柑橘類の果物だ。

 これも庶民からしたら十分な食事内容なのだけれど。

 捨てるのももったいないしと、メリッサは自分と主の分もあわせて食べ、片付けた。


「あの人形ドールは、料理まで出来るというの!? こんな離れにある小さな台所で、あんなに贅沢な料理を用意するなんて。私にも分けてくれたらいいのに」


 メリッサは台所になにか残っていないか探したが、すでに鍋もフライパンも綺麗に洗って片づけられている。


 就寝前に主を入浴させたのもレオで、準備も手際よく、メリッサの手出しをする隙が全くない程だった。


「入浴はレオがやってくれるから、大丈夫だ」


 エステルにそう言われて、メリッサは早々に自分の屋根裏部屋に引っ込んだ。

 身体の不自由な主の介助を、レオが一手に引き受けてくれるのなら仕事が減って良かった――と思うことにした。


 ――さすがに女物の衣類のお世話は、私にしかできないでしょうね。でも、エステルさまは病人だから、ドレスは必要ないだろうし……。明日は衣類を見せてもらわないと。


 さっさとベッドに横になると、メリッサは眠りに落ちた。




 翌朝、主の部屋に行ってみると既にエステルは、レオの用意した目覚めの紅茶と共に起こされ、着替えを済ませたところだった。

 すでにベットメイキングも終わっているようで、部屋の外に使用済みのシーツが丸めて置いてある。


「おはようございます、エステルさま」


「おはよう、メリッサ」


 レオはメリッサと入れ違いに、部屋を出て行く。


「あの、お食事は……あの者が用意するのですか? 私は聞いていなかったので」


 怪訝な顔をするエステルに、メリッサは説明した。


「あの豪勢な料理は人形ドールが用意したようですけど、そういうことは私にもあらかじめ伝えて欲しかったです」


「……そうか。すまなかった」


 主はそう言ったきり考え込んでしまい、次の言葉を待っているメリッサはイライラしてくる。


 そこへ、レオが朝食を載せたワゴンを押して来て、テーブルセッティングを始めた。


 焼き立てのパンにバターと蜂蜜、ベリージャムを添えて、コーヒー、ふわふわのオムレツ、フルーツヨーグルト。

 流れるような洗練された仕草で、次々にテーブルクロスの上に料理やカラトリーを並べて行く。


 それを見ているメリッサは思わず、ぐぅとお腹が鳴ってしまった。


「メリッサも、朝食をして来るといい」


 主人に気遣われてしまったようだ。


 一礼して部屋の外に出ると、床に丸めてあったシーツは片づけられ、廊下には塵一つ落ちていない。


 ふと窓の外を見ると、庭にリネンなどの洗濯物が干されていた。



 ――まさか! こんな短時間で洗濯をしたというの?


 あわててメリッサは庭に出て、木の枝に張られたロープに干してある洗濯物を確かめた。

 綺麗に洗って干されたリネン類は濡れていて、今干したばかりといった感じだ。


 メリッサは頭を振りながら、自分の朝食を取るために本館の厨房に歩いて行く。


「離れに雑役係は、いらなそうね」



 朝食を済ませたメリッサは、気を取り直してエステルに「衣類を確認させていただきたい」と話した。


 エステルの許可をもらって、クローゼットや衣装ケースを開けると男装の衣類ばかりで、ドレスなどは一つもない。


 ――ドレスのひとつも作った方が良いと勧めたいけれど、病人だし嫌味になるかしら。


 衣類にはほつれなどもなく、寝間着や肌着なども一通り数は足りているようだ。


 ――困ったわ。もしかすると、私のする仕事がないんじゃないかしら。それらしくここに居座らないと、アリアネさまのご命令も果たせなくなってしまう。



「そうだ、靴! 靴の確認もしなくっちゃ。……病人に靴がすぐに必要なのかといえば、どうかと思うけど」


 メリッサは玄関のシューズボックスの前に陣取り、ひとつひとつ靴を手に取って見ていく。


 ――近衛騎士をしていただけあって、ロングブーツが多いわね。靴ひもを取り替えたり、磨いたりする必要があるわ。



 メリッサは、主人の世話や雑役を人形ドールに任せて、のんびりと靴の手入れをすることにした。




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