第3話 婚約破棄
シェルトの見舞いから間もないある日、エステルの父母が揃ってエステルに話があるとやって来た。
エステルの父はコーレイン家当主として、決断したことを告げる。
「お前には酷な話だが、何時治るとも言えぬのに、ディレン家のシェルトを待たせて置くわけには行かない。お前の代わりに、シェルトには妹のアリアネと結婚して婿入りしてもらうことになった。コーレイン家は王家に仕える筆頭騎士家だ。家を絶やすわけには行かないのだ」
「エステル、どうか私達を恨まないで頂戴。これは致し方のないことなのです」
「……そんなっ、あんまりです! お嬢さまが可哀想過ぎます」
病床のエステルの代わりに、抗議したのは乳母のヒルデだ。
「ヒルデ、いい。……分かりました。お父さま、お母さま。シェルトがアリアネとの結婚を望んだのなら、私からは何も言う事はありません」
婚約破棄を静かに受け入れるエステルに、安堵する両親。
「これからは家のことは何も心配せず、療養するように」
「はい……」
両親が居なくなると、ヒルデは「本当にあれで良かったのですか?」と問う。
「お嬢さまは、もっとご両親にご自分の気持ちをおっしゃればいいのに。いつも聞き分けがよくていらっしゃるから、損をなさる」
「わが家は、男子で魔力を持つ者がいなかったから私が騎士になったが、アリアネは私と同じ
ミズガルズでは、一定の魔力を持つ者は貴種と呼ばれている。その貴種よりも更に膨大な魔力を持つ者を聖種といい、彼らは王侯貴族として特権階級にあった。
「ですが、お嬢さまは甘やかされてお育ちのアリアネさまと違い、幼いころよりコーレイン家の後継者として修行と鍛錬を積み、騎士になられましたのに」
その時、エステルの母が一人戻って来て、ヒルデに険しい表情でピシリと遮った。
「ヒルデ、お下がり」
ヒルデが頭を下げてから退出すると、母はエステルの枕元に行き、話しかける。
「今後、アリアネが産む子がコーレイン家の後継になるでしょうが……。もし、エステルが望むのであれば、シェルトの二人目の妻になるのもいいと思うのよ」
「お母さま? 一体何を……」
怪訝な顔をする娘に、言い聞かせるように話しを続ける。
「ええ。正妻はアリアネだけど。あなたもシェルトのもう一人の妻、名目上は家族ということになりますね。こうなった以上、姉妹で力を合わせコーレイン家を盛り立てて行くのがよい、とこの母は考えました」
エステルは怒りのあまり、身体が震えた。
「――妹が正妻で、姉が妾など……世間では聞いたこともありません。お断りいたします」
母から目を逸らすと、部屋の隅に立っているレオが目に入った。彼のクリスタルの瞳を見ると、少しだけ冷静になった。
「エステル。お父さまや私は、あなたを一生守ってあげることはできません。今の状況では、新たな縁談も難しいでしょう。でもエステルが貴種の子さえ産めば、その母として尊重されます。あなたにとってもこの家にとっても一番良いでしょう?」
母も部屋を出て行くと、エステルはレオと二人きりになった。
「この国では、貴種の女は貴種の子を産み育てることを、何よりも望まれる、か」
自嘲するようにエステルが呟くと、レオは自分に話しかけられたと思ったのか、彼女のベッドの側まで行き跪いた。
「そうだな。貴種同士の男女から貴種が生まれる確率は六割程度。その為、どの騎士家でも後継を得るために苦慮している」
「両親は、騎士としての私はもう立ち行かないと考えているようだ。私はもう、元には戻らないのだろうか」
「エステルの以前を知らないが、快復することはできる」
エステルは驚いて、レオを見た。
「レオは私の病(やまい)、魔力循環障害を知っているのか。医師は時間薬だと言っていたが、他に何か手立てが?」
ファリシア姫の魔力暴発を受けたエステルの身体は、体内に聖種の魔力が入り込み、それが原因で身体に様々な不調を起こしていた。
「知っている。僕は癒す方法も、その手段を取ることも出来る」
「何だって? どうしてそれを黙っていた?」
「僕には色々と制約がある。その中には、聞かれない事を話すことが出来ないというものも」
「そうか。なら、その方法とは?」
レオはエステルの耳元でささやくように告げると、エステルは顔を真っ赤にして布団の中に顔を埋めた。
「恥ずかしがらないで。だって、僕は人形(ドール)なんだから」
エステルはレオを見ないようにして、首を振った。
「エステルの好きなように、僕を使ってくれて構わない」
「……少し考えさせてくれ」
煌々と輝く満月の夜。
窓のカーテン越に差し込む月明かりに照らされ、エステルは寝つけず目を開けたまま、物思いに沈んでいた。
騎士として王家に忠誠を誓い、コーレイン家の後を継ぐため、女だてらに鍛錬を続けていた日々。
結局このようなことになって、シェルトとの婚約破棄され、両親から言われたこと、そしてレオの提案を考え続けていた。
――私は何を望み、どのような未来を掴み取りたいのだろう。このまま臥せっていたら、これまでの努力が無になってしまうのは確かだ。なら、もう迷うことはない。
部屋の隅のスツールに、身じろぎもせず腰掛けているレオを見る。
「レオ、起きて居るか?」
人形(ドール)が眠るのかは分からないけれど、エステルが声を掛けるとレオはパチリと瞼を開く。
一瞬、レオのクリスタルの瞳が光彩を放ち、部屋の中に様々な色の光が散った。
こちらに顔を向けたレオに「昼間の話だが」とか細い声でエステルは続ける。
「この身体が快復できるのなら、頼みたい」
レオは静かに立ち上がると、エステルの寝ているベッドの中にするりと入った。
ベッドの中でエステルを抱きしめる。
精巧な等身大の人を模した
滑らかな白い肌は、木でも磁器でも金属でもなく。
その身体は温かかった。
「初めてなんだ……優しくしてくれ」
「大丈夫、力を抜いて。僕に任せて」
クリスタルの瞳が温かみのある色に煌いて、エステルの唇と重なった。
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