第115話 恋人アムトの訪れ 1

 その日、教室に集まった生徒達全員が、期待を込めた目でヒサリの方を見詰めていた。

半年程前、スンバ村にもついに鉄道線路がやって来たのだ。残念ながらスンバ村に駅は作られていない。しかしこれから村を通過する汽車を見に行くのだ。

数日前、ヒサリがその事を生徒に告げた時、皆の口から一斉に歓声が上がった。マルはさっそく隣の席のテルミに興奮して喋り出した。

「汽車が停まる駅を見たんだ! すごいんだよ! 首をあっちに向けてもこっちに向けても見渡せない位大きくてね、まるで王宮みたいに、頑丈で立派なんだ!」

 マルはランに無理矢理アロンガ駅まで連れて行かされた時、駅を目にしたことがあるのだ。その時の興奮を、マルは生き生きと作文に綴っていた。

「それで汽車ってのは、龍蛇みてえな形した、人の造った妖怪だろ?」

 ナティが言った。

「汽車は妖怪とは違います」

「ちげーよ! 人が作った妖怪だよ! だってこないだ汽車が人を踏みつぶして殺したって聞いたぜ。なあ、マル、いつも聞いてるラジオがそう言ってたんだろ? そんでお前、恐ろしくて一晩ろくに寝られなかったって、そう言ってたよなあ! 妖怪じゃなきゃそんな事するわけねえ! それに真っ黒な息吐いて、どんな動物もおっつけねえ速さだってな!」

 マルは慌てて、ナティに向かって「そんな事言わないで!」という風に首を振った。

「妖怪ではなく、文明の利器というべきです。文明の利器には良い面と悪い面がありますから、人が賢く使う必要があります」

「その『文明の利器』ってやつの話を聞けば聞く程、人が作った妖怪って気がしてしょうがねえ!」

 ナティはまくし立てた。

「汽車っていうのは、箱をたくさん繋げたような形で、人をたくさん乗せてすごい速さで走れるんだ」

 ダビは汽車を見た事があるのだろう。周りの子達に説明している。

「それは俺達も乗れるのか?」

 とナティ。

「誰でも乗れます」

 ヒサリが言うと、生徒達はどよめいた。

「それじゃあ、その箱の一つに地主んとこのエルメライと、奴の家族が乗ってるとして、同じ箱に俺も乗ることが出来るのかよ」

 とナティ。

(この子はいつも鋭い事を突いてくる)

 ヒサリは思った。

「お金さえあれば乗れます。特等から三等まで、それぞれ席には違う値段がついていて、金額に応じて乗る事が出来ます」

 それを聞くやいなや、ナティはグイと一度顎を突き出し、それから腕を組んで椅子の後ろにもたれかかると、「へへへへ」と笑った。

「ふふ~ん、そういう事か。つまり俺達貧乏人にはお呼びでないって訳だな。やっぱりそうだ。そう思ったよ。利器だか何だか知らねえけど、つまんねえもんだな!」

「いいですか、よく聞きなさい」

 ヒサリは声を一段高くして言った。

「あなた方は汽車に乗ってはいけないとか、乗ったとしても三等だけなどと決められているわけではないのです。新しいカサン帝国では誰でも努力すれば特等に乗れるようになるのです」

「俺達にゃ気の遠くなるような話だぜ。この中で乗れるとすりゃ親が金持ってるダビ位のもんだろ?」

「おい! そんな言い方するな!」

 ダビは激高して立ち上がった。

「俺達は父さんや母さんの稼いだ金じゃなく、自分で稼いだ金で特等席に乗る! お前も努力すりゃいい、それだけの話じゃないか!」

 マルは、ダビに向かってまた何か言い返そうとするナティの腕をつかんで、必死に引きとめている。

「えーい、マル、お前は汽車に乗りたいのかよ!」

「ううん。おらは乗りたくない。汽車ってすごく速いんだよね。速いのは、ちょっと怖いな」

「汽車に乗ろうが乗るまいが、あなたがた一人一人の自由です。さあ、喧嘩はしないこと!」

 ヒサリはそう言って机を叩いた

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