第39話 再会 2

 マルが再び目覚めた時、既に雨は止み、強い日差しが葉っぱの隙間を通ってマルの体じゅうのイボをジリジリと焦がしていた。マルはぼんやりと、眼下に見渡す限り広がる泥水に覆われた土地を見詰めていた。

 やがて、遠くの方から十人位の人の塊が、ザブザブと泥の波を作りながらやって来るのが見えた。マルの知っている顔ばかりだった。というのも、みんな向こう岸の川べりの、マル達一家の近くに住んでいた、芸を見せながら物乞いをしていた人達だったから。

(あ、人形遣いのディムさんに妖獣遣いのラームさんだ……)

いつもはロロおじさんのテントや市場で陽気な姿を見せている彼らも、みんな体から泥水を滴らせながら下を向き、ノロノロと歩いていた。それはどこか弔いの列を思わせた。そしてその一番後ろを歩いている人を見て、マルは思わず「アッ」と叫びそうになった。その人はビンキャットという怖いおじさんだった。いつも長い鞭を持っていて、川のほとりに住んでいる人をある日突然追い立てたり、つかまえてどこかに連れて行ってしまうのだ。連れて行かれた人は恐ろしい妖怪の住処にでも連れて行かれたのか、誰一人戻って来なかった。マルは、ビンキャットに見つかりたくなくて、木の枝の間でじっと体を丸め、息を止めていた。しかし、人々の塊の一番後ろに、オムー兄ちゃんの姿を見付けた瞬間、マルは思わず

「兄ちゃん!」

 と声を上げていた。オムー兄ちゃんはサッと顔を上げて、木の枝の間にいるマルに目を留めた。

「マル! どうしてそんな所にいるんだ!」

「おら、親切なおばさん達の家でちゃんと歌ったよ! でも、母ちゃんに会いたくて出てきちゃったの。早く母ちゃんのとこ行きたい。下して!」

「どうやってそんな所に上がったんだ」

「上がってないよ。木の精がおらを抱えて上げてくれた」

 オムー兄ちゃんは長い両腕を伸ばし、マルを抱えて下ろしてくれた。

「おお、マル!」

 そこにいた人々が一斉に呻くように言った。

「イボイボのチビじゃねえか! よくもまあ流されずに生き残ったもんだ!」

 ビンキャットが呆れたように言った。

「母ちゃんは?」

 マルはオブー兄ちゃんに尋ねた。

「ねえ、母ちゃんは?」

「母ちゃんはここにはいない」

「母ちゃんに会いたいよう。おら一人で頑張ったんだよ! 歌もちゃんと歌ったよ!」

 オムー兄ちゃんは返事をしなかった。

「ねえ、ねえ、ねえ!」

「えーい、うるさいチビめ! 黙って歩け!」 

 ビンキャットが怒鳴った。マルはシュンとして口を閉じた。そして皆に遅れないようせっせと足を運びながら兄ちゃんにそっと尋ねた。

「ねえ、これからみんなどこ行くの?」

「避難所だ」

「ひなんじょ? ひなんじょ……」

 マルは兄ちゃんの言葉を繰り返した。聞いたことのない言葉だった。その直後、ビンキャットのガラガラ声が響いた。

「いいか、お前たちよく聞け! 偉大なるカサン帝国の軍隊がお前らに住む場所と食べ物を用意してくださった! だからお前らは口ごたえや周りを乱す事をしてはならん! おとなしくカサンの軍隊様の言う事に従え! 分かったな! それからいったん避難所に入ったら許可無く外に出ることは許さん!」

「ねえ、ひなんじょに行けば母ちゃんに会えるんだよね!」

マルの言葉に、兄ちゃんは答えなかった。マルはその時、空じゅうの黒い雲が胸に埋め込まれたような不安と衝撃を受けた。そのまま黙ってオムー兄ちゃんの後に続いて歩いた。

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