第38話 再会 1

 マルは背の低い木の枝と枝の間で、まどろみから覚めた。そして、眼下に広がる泥水に覆われた土地をぼんやりと見詰めていた。そして、自分がどうやってここまでたどり着いたかをゆっくりと思い返していた。

(……そうだ、昨日の夜は、親切なおばさんと子どもたちの家に泊まったんだっけ。母ちゃんに、この家で一人でいい子にしていたらトゥラの話を最後まで教えてあげるって言われて。でも母ちゃんにはなるべく早く戻って来てほしかったから、親切なおばさんに『歌ってごらん』って言われた時、トゥラの話をしたんだ。覚えている所まで全部歌ってしまってその先が分からなくて困ってたら、母ちゃんが助けに来てくれると思って。それで、とうとう知ってる所はみんな歌ってしまって『母ちゃん、助けて、母ちゃん』って心の中で母ちゃんを呼んでたら、急に目の前に『ひこうき』が現れて、言葉が頭の中にピューって飛んできた! ああ、母ちゃんが助けてくれたんだって思った! でも母ちゃんはとうとう来てくれなかった……。だけど、おら、親切なおばさんがいいって言うまで頑張ったよ! ごほうびにおいしい食べ物ももらったよ!)

 マルは、おばさんが敷いてくれた柔らかい藁の中に横になったまま、母ちゃんが扉を開けて入って来て、「マルや、よく頑張ったね」と言って抱きしめてくれるのを今か今かと待っていた。けれども母ちゃんが来ることはなく、そのうち夜が明けてしまった。マルはとうとう待ちきれなくなり、親切なおばさんの家を飛び出した。妖人は平民様の住んでいる所に入っちゃいけないのだ。絶対に。だから体の小さい自分だけここに残して母ちゃんと兄ちゃんは川向うに帰ってしまったんだろう。でももう待てない! 待てない! 母ちゃんや兄ちゃんがいなくても、自分一人であっちへ戻るんだ! 

しかし川の様子は、いつもとは一変していた。歌物語に出て来る、村や町を破壊し尽くす恐ろしい八つの頭を持つ龍が吼えているかのようなすさまじい音を立てている。そして川から溢れ出した水はマルのお腹辺りまで届いていた。しかしマルは、それでもザブザブと水をかきわけながら川に向かって進んだ。ところがいくらも行かないうちに、長い長い龍蛇が、マルの目の前にふわりと浮き上がるように現れ、行く手を遮った。全身の鱗からシューシューと湯気のようなものが上がっている。

(コラアアア! イボイボっ子! 入ってはいかん!)

マルは途方に暮れた。それ以上前に進めないから、龍蛇に沿うようにして横に歩いた。

「龍蛇さん、ねえ、通してよう、母ちゃんのとこに行きたいんだよう!」

その時だった。マルはいきなり強い力で首根っこをつかまれた。

「ちびっ子! そんな所で何してるんだ! 溺れちまうじゃないか!」

 マルが振り返ると、背後に立っている木が、いつの間にか枝を伸ばしてマルの首をつかんでいた。

「お前のような妖人のイボイボっ子がこんな所で死んだらどうなる! 土地が穢れて作物が出来なくなると言って、農民達が騒ぎだすぞ。さあ、隠れるんだ!」

「やだよう、おら、母ちゃんのとこ行きたい!」

「いいから来なさい!」

 マルの体はいきなり木の枝によって持ち上げられた。

「いやだ、下ろして、下ろし……」

 その叫びも空しく、マルの口はガサッと何枚もの葉っぱによってふさがれ、一言も喋ることが出来なくなった。それから間もなく、まるで木の精の魔法にかかったかのように、強い眠気に襲われた。マルはいつしかとろとろと眠りに落ちていた。しかしまどろみつつも、マルは胸の中には雨が降り注いでいるのを感じていた。マルは夢の中でも歌っていた。

「おらは今 母ちゃん語る 恐ろしい 歌物語の中にいる  ゆうらゆうらと 揺れてます 母ちゃんどうか お歌やめ おらをここから 出してよう……」

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