第11話 妖怪ハンターの子ナティ 3

 マルは、川べりに生えている巨木の根っこの大きな穴の中で母ちゃん、兄ちゃんと暮らしていた。

ナティがマルと出会うしばらく前から、その巨木の下に子供を連れた白い女が出る、と村人たちが噂していた。大きい木にはたいがい女の妖怪が住みついているもんだ。おとなしくしているならいいが、時折通りがかりの者に悪さしたり、ひどい時には命を取ったりする奴もいる。

「でっかい木に住みついている女の妖怪はおっかねえからな。お前らむやみに近寄るんじゃねえぞ」

 父ちゃんがナティとナティの兄弟達に向かって言った。 

「昔、女が住んでいる木を勝手に切り倒したせいで、たたりにあって村まるごと一つ洪水で流されたって話もある位だからな」

 二人の兄ちゃんと二人の弟は神妙に頷きながら聞いていた。しかしナティだけは違った。

(父ちゃんときたら、全く腰抜けだぜ! 妖怪の大物をどんどん倒せばみんなありがたがって金をくれる。そうしなきゃ、うちがビンボーになるばっかりじゃねえかよ! ……よしっ、一人で行ってどんな奴か確かめてみよう。もしそれが悪い奴で、俺が一人で仕留めてやったらみんなが俺にひれ伏すだろうな!)

 噂の巨木は川の中にせり出すように生えていた。ナティは木の周りをぐるぐる回りながら、何か物音でもしないかと聞き耳を立てた。しかし聞こえるのはただ木の葉が風に揺れて立てる音ばかりであった。

(チッ! つまんねえの!)

 ナティが拍子抜けして帰ろうとしたその時、木の中から不思議な歌声が聞こえてきた。

「むかしむかし この村に 鋼の心を持つ娘

竜を追いかけ やって来た 」

「むかしむかしこの村に 鋼の心を持つ娘

竜を追いかけ やって来た 」

「妖怪だって なんのその 素手でつかんで なぎ倒す」

「妖怪だって なんのその 素手でつかんで なぎ倒す」

 歌は少ししわがれた深い大人の声と小さな子供の声が交互に繰り返された。ナティは、聞いているうちにその歌声に体ごとぐいぐい引っ張られていくような不思議な感じがした。

(ダメダメ! 歌声に心を惑わされるんじゃねえ! 魔女に首つかまれて、魂ひっこ抜かれるかもしれねえからな……!)

 ナティは足元に落ちていた石を拾い上げ、木の根元にぽっかりと開いた穴に、そろりそろりと近付いた。歌はそれからしばらく続いていたが、やがてフッと途切れた。続いてこんな声が聞こえた。

「マルや、外に子供がいるんじゃないかい?」

(人だ! 人が中にいるんだ!)

 ナティはとっさに思った。妖怪じゃない。妖怪や魔女があんな風に喋るはずがない。

ナティが耳をそばだてていると、続いて子供の声が聞こえてきた。

「うん。誰かいる!」

「お前の歌を聞きに来たのかもしれないよ」

「フフフフフ」

 真っ暗な穴の中で物音がしたかと思うと、小さな、モグラのような子供が這い出して来た。ナティはその姿を目にした瞬間、ギョッと後ずさりした。全身が醜いイボに覆われた子供だった。ナティはこの恐ろしい病気を持った物乞いを遠目に見たことはあったし、他の子達と一緒に「おばけ! おばけ!」と囃し立てたこともあった。けれども、こんなに間近に見るのは初めてだった。その子の顔を覆ったイボの間に、ちんまりとした目が開き、ナティの視線と交わった。それはほんの一瞬で、子供はすぐに小さな尻を向け、再び穴の中に消えた。

「マルや、その子の顔を見たかい」

「見たよ……夜の川に映るお星さまみたいに目がキラキラしてた」

「そうかいそうかい……」

 少しばかりの沈黙の後、真っ暗な穴の中から、まるで歌うような声が流れてきた。

「かわいいちびちゃんおいでなさい この子と遊んでいきなさいなんにも怖くないからね 座って歌を聞きなさい」

 ナティは、真っ暗な穴の中を見詰めながら息を止めていた。

(こんな所に入り込んだら、おっそろしいイボイボ病がうつっちまうぜ!)

 なんせ噂によると、イボイボ病になったら最後、どんな人間も必ず物乞いにならなきゃいけないんだ。それから魔女が現れる森へ毎晩行かされ、木に縛り付けられ、魔女の言葉を覚えさせられるっていうじゃないか……。しかしナティはその場から立ち去ることもまた出来ないでいた。だいたい「かわいいちびちゃん」なんて言われるのも初めてだ。周りの大人には「このクソガキ!」と悪態をつかれるのがせいぜいの所だ。ナティが中に入ることも立ち去ることも出来ず突っ立っていると、中から物音がし、やがて一人の女がゆっくりと現れた。確かに、全体にどこか白っぽい女だった。髪は自分達のような黒ではなく藁のような色で、肌の色も白っぽい。もし口が血を滴らせたような赤色で、体の汚れを洗い落としたら本物の妖怪みたいに見えるだろう。さらにナティは、女の目を見るなりギョッて後ずさりした。まるで青色の石をそこにはめこんだみたいだった。

「ちびちゃん、うちの坊やはかわいいだろう? この子と遊んでやっておくれ。こんなに可愛い坊やを、どうしてみんな気味悪いとか化け物みたいだなんて言うんだろうねえ」

 イボイボの子はそれを聞いて恥ずかしくなったのか、サッと母親の身に着けているボロの中に顔を埋めた。ナティはその様子を見てすっかりおかしくなった。

(ははーん、このおばさん、目が見えないんだ。それでこの子がみっともねえってのが分かんねえんだな!)

 ナティがその場にじっとしたままイボイボの子を見詰めていると、その子はいきなりナティの方を振り返り、四つん這いになって寄って来た。

「おいおい! 俺に触るなよ! お前の病気がうつっちまう!」

 すると子供はピタッと四つん這いのまま静止した。かと思うと、フフフフと笑い声を立てた。川面を飛び跳ねる風のような笑い声だった。ナティもつられて思わず笑っていた。

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