オダッサール観測所

小田原優

オダッサール観測所

 首都星から遠く遠く離れた場所に、オダッサールという観測所がある。

 基本的に銀河系転送ゲートによる移動を繰り返し、中継基地に着いたら光速船を乗り換え、次のゲートを目指す。そういう遠い場所にある。

 星間通信でも、混雑している時間帯には少々ラグが出るほど。

 ちなみに離星エリアになっているので、民間で物を送るときは中継手数料がそれなりにかかる。

 要するに、僻地にある観測所だ。建物としては新しい方だが、とにかく僻地だ。

 そこの所長にロングインタビューをして記事にするのが、今回の仕事。実際に行くと旅費がとんでもないことになるので、星間通信を利用する。

 業務内容に関する型通りの話は終わったので、次はプライベートの話を聞くことにした。


 なぜ、この惑星系に有人の観測所を作ったんですか?

 そのきっかけはなんですか?

「昔の話ですよ。両親も観測者だったので、子供のとき、一緒に星の観測について行ったんです」

 出張ですか?

「長期のね。だから家族一緒の方がいいんじゃないかって」

 じゃあ、いろいろ積んでいったんですか?

「そうですね。採取するための保存容器や調査器具以外にも、子供向けの学習プログラムや子守用の遊び相手、暇つぶしの娯楽もたくさん積んでね。両親は記憶装置を増設して、容量いっぱいに積んでましたよ」

 星間通信はどうでした?

「通信制限はありましたけど、公共だからなんとかなりましたね」

 それに公共は定額ですもんね。

「そうなんですよ。だから流行りものには遅れずについていけましたね」

 それはいいですねえ。観測はどうでしたか?

「順調でしたよ。ちゃんと観測惑星に着いて、見つからないようにその星の衛星に隠れて、さらに見えないように迷彩シールドも張って。向こうが近づいてきたら離れて」

 衛星に来られる文明だったんですね。

「そのときはね。定期的に来てましたよ。街みたいな施設もあったし」

 でも、今はもう…。

「戦争できれいさっぱりなくなりましたけどね」

 ああ…それは残念ですね。

「仕方ありません。それが営みですから。それで、両親は彼らの戦争を観察しながら、私もたまに観測惑星や、拠点にしてる衛星や、周辺の惑星にこっそり降りました」

 サンプルを採取したんですか?

「親の真似をしてね。石を集めていました」

 へえ。どんなやつです?

「微生物がついた石とか」

 貴重じゃないですか。

「一度、観測衛星にその石を落としたことがあって、親にものすごく怒られました。生態系に干渉することになる、乱してしまうって。まあ、その微生物は特に進化することなく滅んだんですけどね」

(…おっと。このへんの答えは削らないといけないか。あらゆる生物を大切に! というカルト団体がいる。狙われたらたまらない)

「でね。子供って好奇心旺盛でしょ。観測期間が終わって離れる前に、記念の物が欲しくなっちゃって」

 遠くに行っちゃった?

「そうです。親には遠くに行かないようにと言われていたのに、親元から離れちゃったんですね。いつもは行かない所に行こうと欲を出しちゃって」

 迷子になった。

「ええ。観測惑星の衛星で迷っちゃって。ちゃんと座標の読み方や操作の仕方は教えられていたのに、パニックになっちゃったんです」

 ああー……。

「そうなんですよ。知っている場所が恐ろしい場所に見えてくるし、一人で寂しいし、わんわん泣いていたら、観測惑星から来てる生物が助けてくれたんですよ」

 えっ!?

「会わないように気をつけていたんですけど、そのときは会っちゃったんですね。こっちもびっくりしたけど、あっちはもっとびっくりしていましたね」

 それはそうでしょうね。

「あちらから見たら私は異星人なので、子供に見えたかどうかは怪しいですが、私が悲しんでいるのは伝わったんでしょう。その生物はおろおろして、でも私の手を引っ張ってくれて、親元に連れて行ってくれたんです。柔らかい手だったなぁ」

 感触は覚えていますか?

「ええ。力を込めたら潰れそうなくらい柔らかくて、食用にしたらいい感じの手でしたね」

 あ、最近養殖に成功したアレみたいな?

「それに近いですね。アレ、おいしいですよね。ここにも真空パックで届きますよ」

 それで、その生物はあなたを親元に連れて行った?

「ええ。サンプルとして採取される可能性だってあったのに、すごく親切な生物でした。両親も恩義を感じて、その生物は採取しなかったんです。あ、記憶はちゃんと消しましたよ」

(…お。ここは微笑ましいエピソードだから採用できるな)

 良かったですね。

「あとでその星の記録を調べてくれるように、こっそり頼みましたが、私たちの記述はありませんでした。記憶はちゃんと消えていたようで、良かったです」

 少しでも残ると大変ですからね。

「ですよね。それでね、いつか恩返しをしようと思ったんです」

 恩返し、ですか。

「もしあの星になにかあったら、私のときみたいに助けようと思って。でも私の場合、助けると言っても技術者や政治家じゃありませんから、どうにもこうにもならなくて……」

 今は観測者…ですよね。

「ええ。だからこうして観測所を作って、観測を続けているんですよ。そのとき繁栄していた種が絶滅したり、氷河期を繰り返しながら、何度も文明が築かれる星って、あまりないでしょ?」

 ないですね。

「貴重だからこうして観測しているし、人工の惑星開発や試験場を作るときに応用できますし」

 品種改良では大いに役立っていますもんね。

「そうですそうです」

 観測して記録することで、助けるんですか。

「本来の助けるとは違った意味でしょうが、有機物、無機物、文明、文化、感覚、思念、音、物語。この目で見えるものは、できるだけ記録したいんです。そうしてあの星を残すんです」

 残す、ですか。

「私はなにかを発明したり、作ったり、導くことはできませんが、見ることだけはでき──」


 ブツッ──。


「…え!?」

 思わず前のめりになる。映像も音声もオフライン。

「え? え?」

 更新しても駄目。何事かと回線を調べても異常なし。官公庁や宇宙専門のニュースサイトで観測所周辺の状況を調べても、なにも異常なし。

「どういうこと…!?」

 すると、短い文章が飛んできた。「今 面白いものが すみません」という、微妙に内容が伝わるようで伝わらない文章。

 …あ。そういうことか。なにか観測できそうなのか。思わずため息が出る。無事ならそれでいいか……。

 まあ、仕事の内容は先に聞いていたし、プライベートの話はインタビューをいろどる要素だったので、この部分はごっそり切っても良かったが、オチとしては良かった。

 なので、オフラインになった様子も書いて上司に原稿を提出すると、オッケーをもらえた。

 一仕事終えて、改めて宇宙図を見る。

 所長が子供時代に迷子になった衛星は、今の向こうの文明によれば、月という名前らしい。

 観測している惑星の名は、地球。

 太陽と呼ばれている恒星は、まだ若いという。

 所長の一族の名を付けた観測所は、今も月の裏側にこっそりと隠れて、地球と、地球が属する惑星系を観察している。

 今の地球で繁栄を謳歌しているヒトという種に擬態して、地表に降りて身近で観察したり、睡眠時に繋がる無意識の大海に溶け込み、大勢の意識を渡り歩いて観察するそうだ。

 インタビュー掲載後も、所長とはやり取りをした。

「もしかしたらあの星の生物が、また月に来るかもしれませんよ。ほら。この前、こちらの都合で通信を切ってしまったときですよ。月に行くぞっていう演説が始まってね。実際ちょっと来たんですけど、すぐ終わりました」

 そう語る所長はとても残念そうだった。念のために、助けてくれた生物のことを聞いてみた。

「助けてくれたときの生物? あの星の生物の寿命は、私たちほど長くはありません。もう生きていませんよ。だって私の子供時代ですよ? あの星の単位だったら、何万年前だって話です」

 そりゃそうだ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

オダッサール観測所 小田原優 @masaru2020

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ