7分27秒の悔恨



本来なら真っ先に、名乗りを上げなければいけなかった。



*



彼の罪は重かった。例え何を弁明しようと、抗うには足りないほどに。世界はあまりに理不尽で、あまりに自分勝手に回る。


あの時。双子の兄に、宝物庫からの道で見かけたと言及された、その時。私の心臓は槍が刺さったように凍りついた。本来なら、その心のままに、是を応えていなければならなかった。


私は規則を破った。彼が目撃した姿の曖昧さを利用して。彼の、彼らの、私に対する忠誠心を利用して。私はその瞬間から、王族としての、ある種の誇りを一切闇に落とした。


彼女は狡かった。狡く、そして賢かった。私は待ってしまった。いつか彼にも、跡継ぎを残す意思ができる、と信じて。今思えば、愚かだったのかもしれない。


彼女は何も言わなかった。きっと誰しも分かっていた。けれど、私はこの座を譲り渡すつもりは毛頭ない。彼の命と引き換えに繋いだこの椅子は、必ず守り抜く。……傲慢ね、人間というものは。


彼の処罰を決めた私を見て、顔を歪めたかつての腹心。いいえ、今も信頼しているのは、確かだけれど。昔、私が大事にしていた鏡を磨こうとして、手を滑らせて割ってしまったわよね。ふふ、あんまりに悲痛な顔で謝るものだから、叱る気も失せてたくさん慰めたわ。でも、元々怒るつもりはなかったのよ。


……彼は、あの時と同じ顔だった。何を隠したのか私には分からない。傷を負わせたのか、見る影もない姿にしたのか、それともその双方かも分からない。ただ、私に後ろめたいことを、隠していたことだけは明らかだった。咎めるようなことはしない。同じだから。それに彼はきっと、私を案じていただけだから。でも、……いいえ。やめにしましょう。


ねぇ、ズィロ。貴方はどう思った?頭の切れる貴方なら、全て分かっていたかしら。庇わせてしまったかもしれない。ごめんなさい。


ねぇ、カルピオ。貴女は昔から、彼を慕っていたわね。彼を取り合って、その度に彼は痛いと笑って。……貴女は私を、恨んでいたかしら。ごめんなさい。でも、赦さない。


ねぇ、ツィーニ。貴方はきっと、私だと知っていたのね。嘘を吐いて、仮面に泥を塗ってしまって、ごめんなさい。貴方が信じてくれた私を貫けなくて、ごめんなさい。


ねぇ、フリス。貴方は何を考えていたの?私に彼を、愛していたかと聞いたあの時。好意的な感情を抱けないと、俯いたあの時。私の答えは貴方の心に、何かを残したかしら。


……彼は、貴方たちに強く当たりすぎた。彼が居ない今、貴方たちは何処へでも行ける。何処へ行くにも好きにすればいい。けれど、これだけは言わせてほしい。助けてあげられなくて、ごめんなさい。


ねぇ、アヴェーン。きっと貴方は、手を汚してなど、いないのね。最後まで貴方は誠実だった。あの言葉に、嘘偽りはなかった。あの目に、嘘偽りはなかった。常に彼を敬い、時に叱り、彼を支えた貴方に。嘘偽りは、なかった。


今更何か言い訳するつもりはないわ。私は取り返しのつかないことをした。貴方が彼に対して抱いていた何もかもを、私は無下にした。どれだけ謝っても謝り切れない罪を、私は犯した。せめて貴方の魂が、安らかに眠る事を、心から祈っています。……ごめんなさい。


本来なら、今の私にこの仮面を着ける権利などない。本来なら、罰されるべきは私だった。自らの夫を、国王を手にかけ、王族の誇りを捨て自らの保身のために従者を、アヴェーンを罪人としてでっち上げた。


何よりも。こうなるまでに。彼を変えることができなかった。彼の心を正しく戻すことを、私はできなかった。或いは彼に見切りをつけて、革命と称して彼を、処罰することもできたはずなのに。最悪の事態に、陥る前に。何も、何もできなかった。


本来なら真っ先に、名乗りを上げなければいけなかった。彼が、生きているうちに。



……許されようとか、そんなつもりはないわ。今の私にできるのは、私が踏み台にした彼の、彼らの死を無駄にしないために、この國を守ることだけ。


なんて綺麗なことを言いながら、私は自分のために椅子に座るのね。……本当に、愚かだわ。





  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る