クレプトプラスティ



帰ってきた兄は、少しやつれていた。


「おかえり。」

「……ただいま」


瞳からは、細く一筋、光が伝っている。兄が泣いているのを見たのは、いつぶりだろう?


「なんで泣いてるの。もう平気だよ、和葉」


顔に笑みを貼って問いかけたそれに、兄は小さく頷いただけで。向こうで、何か、があったのは、分かった。



あれから、同じ夢を何度も見るようになった。


和葉が私に背を向けてどこかへ行ってしまうのを、私は身動ぎもせず、……違う。少しの身動ぎさえ、できずに、見てる。


でも、私はそれに、後悔していなかった。姉と弟に、謝ってはいたけれど。


体が、彼の瞳と同じ色に代わっていって、とうとう息を飲み込むことすら出来なくなっても。


私は、彼がそう選んだことに、後悔なんてしていなかった。




「……和葉。」


家に居る時間が、少し多くなった兄に、声をかけてみる。兄は二秒ほど間を置いて、ゆっくりとこちらを向いた。


「……、どうしたの、沃」


目の下は前よりずっと濃くなっている。よく眠れていないんだろう。ずっと唸っているのを、私は知っていた。


「無理はしないでね。」


あの鳥籠の中で言ったことを、もう一度繰り返してみる。兄は少し目を見開いて、観念したように笑った。


「沃はほんと、いつだって同じ事を言うんだね」


そう返しながら、目がほんのりと潤んでいる気がしたのは、きっと言わない方がいいんだろう。きっと言ってもはぐらかされるんだろうし。


「当たり前でしょ?私は和の妹だよ?」


どうやら兄に巣食っているらしい暗くて重い不安を、少しでも剥がせたらな、と。くるくる笑ってみたが、兄の表情は芳しくなくて。


「…………同じ事、言うんだね、ほんと」


泣きそうな顔で、そんなことを言うから。伝染りそうになって、思わず抱きしめた。


「!」

「なんでそんな顔するの。私、もう元気だよ。怖かったけど、お兄ちゃんが助けてくれたじゃない」


堪えきれなかった。大粒の雫が兄の肩を濡らす。熱が伝わる。生きている。兄は、生きている。


「こわかったよ。あっちに行って、お兄ちゃんがもし、もし帰ってこなかったらって、ずっと怖かったよ。でも、帰ってきてくれた。」


自分の手を汚して、喪ってしまった本当の兄は。もう、何を言おうと、許してはくれないし。怒ることさえしてくれない。


でも。今、兄はここで生きている。私の兄は他に居なくて、それが、それだけが、心の支えで。


「もう、どこにも行かないでよ、お兄ちゃん」


あなたまで、あなたまで居なくなってしまったら、私がここに居る意味なんて無い。


伝わっているだろうか。私が覚えていて、兄が覚えていないあの場所の光景を、私がずっと喉奥に引っ掛けていることが。


あなたが飲み込んだ言葉を、知っていて私が、違う選択肢を選んだことが。



「もう、あんなこと、言わないで。」



怪物は、私の方だから。


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