演者
母は居なかった。父は酒乱だった。
父はいつも酒が足りないと言って、赤い体で私に傷を附けた。お前さえいなければ、と。
耐えるしか無かった。常に笑って謝った。ここに居てごめんなさい。お母さんじゃなくてごめんなさいと。次第に痛みは薄らいでいった。父も段々と手を休めていった。反応が無ければ面白くないからだ。気付いてからは早かった。笑顔さえ消えていった。
ある日父は死んだ。あまりに呆気なく。あまりに汚く。
警察がやってきて、私に事情聴取をしに来た。なんの事か分からなくて反芻したら、警察は署に連れて行ってくれた。父の亡骸があった。
汚かった。顔は原型が無くて、指の骨は全部折れていて。全身が血まみれで。端的に、心の底から汚いと思った。父は汚いまま死んだ。
美しく死にたい。どれだけ経っても汚いままの父を見たその瞬間から、それが私の生きる目標になった。どうすれば美しく去れるか、どうすれば美しく眠れるか。考えて生きるようになった。死ぬ為に生きるようになった。
父に傷を付けられる事が無くなってから、私は街で声をかけられるようになった。自分の顔を綺麗に見せようとしてからは余計に。ある時今のマネージャーから女優にならないかとスカウトされた。二つ返事で了承した。女優なら、仕事の中で美しい死に方を勉強できる。自分が生きる道を模索できる。
仕事は楽しかった。週刊誌が時折訪ねには来たけれど、やましい事などに興味は無いので聞かれたことに答えるだけだ。私はいつしか清廉潔白な才女であるという評価を世間に頂くようになっていた。それに対して特段興味は無かったが、マネージャーは喜んだ。
それに、思った通り学ぶことが沢山あった。ドラマも舞台も映画も演った。汚い死に方も美しい死に方も、手に余るほど観た。何が美しくて何が汚いか、場数を踏むうちに覚えていった。
美しい死に方を、知れば知る程に。
自分が、それを全うできるのか、不安になって。
どう死のうか。それだけを、考えるようになった。
どう死ねば、苦しくないだろうか。それだけを。
今。こうして死の淵に立って。
彼女がいるおかげで、私は。
私はとてつもない痛みと苦しみと、
安心感に包まれている。
嗚呼、やっと、目標が果たせる。
ごめんね、くるみちゃん。
ありがとう。
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