ページ3 命に価値はない

「うおおおおおおっ!」


『ぬぁぁぁぁぁあっ!』


二人の戦いは熾烈かつ一進一退の攻防となっていた。


ヴァズールは杖の先の刃の部分に魔力を送り込んで強度を上げつつも相手の斧を叩き割る為にぶつかる度にその出力を上げていた。


次第に両者の武器がぶつかる音は鈍器と鈍器のぶつかり合いのような重く鈍いものへと変わっていった。


『そんな貧相な体付きでよくここまで渡り合えるなぁ……ま、魔族だからってのもあるだろうよ』


「お前こそ、ゴブリンの癖にここまで機敏に動けるなんてね!」


『お前に褒められると悪い気がしねぇ……でも、決闘は決闘……どっちかの首が撥ねるまで続くのが魔族流のセオリーだろ?』


「僕は首を飛ばすのは趣味じゃない……だから、こうするよ!」


ヴァズールの杖の先から三重に魔法陣が展開され、ほぼ至近距離で強烈な〈閃雷魔法〉を放ちゴブリン族の青年を部屋の奥まで吹き飛ばした。


『バ、馬鹿な……こんな魔法の使い方、見たことねぇよ。ハハッ、コイツぁ一本取られたな……したら約束通り、あのエルフはお前さんのもんだ。なぁに、金なんざいらねぇって』


ゴブリン族の青年はヴァズールからポーションを受け取って飲み干して立ち上がると、鎖に繋がれたエルフの少女を解放した。


―スティアの街中


(その場のノリでエルフの奴隷を引き取った訳だけど……傍から見れば今の僕は間違いなく犯罪者の類に入るよね!?もし騎士に見つかれば捕縛連行、尋問、処刑……あぁっ、考えるだけで逃げ出したいよ!)


ヴァズールは自分の横を顔色一つ変えず歩く少女の事を考えるうちに脳内が一瞬でパンク寸前になり、ちょっとしたパニック状態になっていた。


「えっと……今晩泊まれそうな宿を探そうか……じゃないと困るよね」


ヴァズールは路銀こそ残っているがそんな事本心では全く考えてすらない為、口走った本人は完全に判断力がゼロになってしまった。


「首を切られる覚悟はできてます」


「へっ?」


「夜に抱かれて子を孕まされる覚悟も……」


「そんな事しないから!僕を何だと思ってるの?」


「貴方私の事を何かに利用するつもりで引き取ったのでしょう?」


「違うから!……取り敢えず、名前って……」


「私の名前は……ティナ。呼び捨ててください、ヴァズール様」


「ティナか……いい名前だね!僕の事はできれば親しみを込めてヴァズールって呼んでくれるかな?もちろん無理にとは言わないけど!」


「では、ヴァズール様と呼ばせてもらいます。私の様な者が貴方のような人を呼び捨てなどおこがましいにも程がありますから……」


その後も二人は他愛もない話をしながら何とか泊めてもらえそうな宿を見つけ、部屋へと入った。


「何かごめんね……路銀はあっても、自分の家はまだ無くってさ」


「ベッドで寝られるだけでもありがたい限りです」


(今の言葉だけで全部分かった……彼女は単なる奴隷として生きてきた訳じゃない。あれだけの青痣、生気を無くした虚ろな目……相当魔力を吸われた証拠だ。ベータテストの時にも同じ様にプレイヤー達の間で生き残る為に魔力を芳醇に含んだエルフ狩りが行われた……待てよ、もし仮にとしたら……)


「……様、ヴァズール様?」


「へっ、ど、どうしたのかな……ティナちゃん……」


「何か深くお考えになられていたのでしたら、すいません」


ティナがヴァズールに対して頭を下げるよりも早く彼は彼女に向かって質問した。


「エルフ狩りが行われた事って……覚えてる?」


ヴァズールからの質問を受けたティナは急に顔が悲しみで歪み、膝から崩れ落ちた。


(図星だ……僕の予想した通り、彼女は十中八九エルフ狩りで絶滅したエルフの唯一の生き残りなんだろう……でなければこんな顔はしない)


「気に触ったなら謝るよ……」


「私は罪深きエルフなんです……生きる価値の無い、エルフなんです……」


「え……」


「エルフ狩りがあったその日、私は早朝から出掛けたんです。森の鳥達が遊びたがってるからって。でも本当は、私を忌み子だって嫌う母から逃げる為にそうしたんです。そして鹿達が騒ぎ出したのを見て村に戻ってみたら……異界の人達が次々とエルフを虐殺してたんです」


(エルフ狩りを決行したのは恐らく過激派の連中……ベータテスト完全クリアを目指す廃ゲーマー達だ。掲示板でしか強がれない様な奴らがさも自分達は強者だと騒いだ事で有名だ……)


「私……その光景を見てこう思ったんです……って」


ティナは少し笑顔になりながらも目からは大粒の涙が溢れていた。


「酷い子ですよね……私は」


(僕が元いた世界でもこの出来事はニュースで取り上げられ、あっと言う間に世間が制作会社に対して猛抗議した。終いには警察も動いて運営側も泣く泣くアカウントの行動制限をかける事態になって……今日までずっと社会問題の一つとして報道されたほどだ……でもっ!)


ヴァズールはそっと彼女の体を包み込むように抱き締め、頭を撫で始めた。


「あのね、ティナちゃん……あの時、本当は君を助けたかったんだ」


「どういう……事ですか?」


「あの日、僕は仲間達とエルフ狩りの被害を抑える為に村へ向かおうとしたんだ。けど、過激派の連中の巧妙な罠で大半の有志が倒れて……僕も到着が遅れてしまったんだ」


「貴方も……異界の人だったんですか?」


「元はね……でも、過激派の連中と違って、自由気ままに過ごしてたんだ。そんな中でも僕は間違ったことをしてる人達を裁いてたりもしたんだ……君を守れなかった事、君の村を守れなかった事……有志を代表して謝罪させてくれ。済まなかった……」


「謝らないでください、ヴァズール様……私なんて生きる価値の無い存在に……そんな言葉をかけないでください!」


「違う!いい、……この世界に生きる全ての命に価値なんてものは無いんだよ。命にそんなもの……要らないんだよ。だから……そう思ってしまった自分も、自分で自分を傷つけてきてしまった日々を……許してあげて……君が背負ってきた苦しみは、ここで僕が解放するから」


「うっ……うぅっ……うわぁぁああ!」


(今はただ泣けばいい……泣き晴らしていいんだ。……世界よ、こんな幼い子にこれほどの苦しみを与えた事……後悔させてやる!)


ヴァズールは泣きじゃくるティナの背中を擦りながら、心の底で静かに怒りの炎を燃やした。

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