ページ2 彼女は奴隷だったとしても道具じゃない

「さてと……まずは本当に僕がこの世界にヴァズールとして転生できたのか確認しよう」


ヴァズールはローブの裏から手鏡を取り出して映せる範囲全てを見てみた。


「あれ……なんで、どうして……」


蒼大は確かにヴァズールとして転生していた。しかし、それはほぼ名前と服装のみで姿形は蒼大そのままだった。


強いて違いを上げるなら髪の色が少し青が強くなっているのと寝癖が無いことくらいだ。


「はぁ〜……成功したのに失敗したような気分だよ。幸先の悪さがまさかこの世界でも出るなんて思いもしなかった……なんて言ってたって始まらないか」


ヴァズールは目を閉じて頭の中で今いる森の全体図を投影し、最短ルートで街中に出る方法を考えだした。


「やっぱりベータテストの時と大差無いか……まぁ、魔法と少しの攻撃手段があればどうにかなるか」


ヴァズールが右足で地面をトンと蹴るとそこから水色の魔法陣が出現し、中から槍とも杖とも見える武具が出現した。


そして彼はそれを手に取ると頭の中に思い描いた道に沿って街へ向かうべく歩き出した。


(ここまでの情報を整理すると、今の僕はステータスが低下した状態で武器だけはいっちょ前って感じか。だとすれば不要な戦闘は避けるべきだね)


ヴァズールにとってこの森はベータテスト時に初めて歩いたダンジョンと言うこともあって、モンスターの出にくい道もある程度は知っていた為、なるべくルートから外れない程度にその道を通った。


結果的に遠回りになってしまったが、何とか街の門が見える所までは無事に来る事ができた。


「ふぅ……戦闘を避けたぶん経験値と路銀は稼げなかったけど、この世界の情報は多分あれから新しくなってるはずだから、昔の常識が通ずるなんて思わない方がいいよね」


ヴァズールは再び地面を蹴って魔法陣を出現させ、自身の武器をその中へしまうと、目と鼻の先にある街へと入っていった。


―始まりの街·スティア


(ここの外見は……特に変わってないか)


「ぃよっ、兄ちゃん……ちょっとうちの店寄ってかね?」


「えっ、あ、はい……」


ヴァズールは情報を聞き出すことも兼ねて魔法石の店へと入った。


そして、今の状況を簡潔に説明した。


「なるほどな……つまり兄ちゃんは異界の人間で、訳も分からずこの世界にぶち込まれたってか」


「そういう事です……それで、この街では何か変わった事とかありませんか?」


「ちょうどこの店の裏口の路地で奴隷商売やってる輩を見かけはしたが……早い話関わらない方が身のためだぜ」


魔法石の職人は最後の方を耳元で囁くように言った。


ヴァズールは中身が高校生という事もあって少し怯えて顔が引きつったが、一言「ありがとうございました」と残して店を後にした。


(そう言えばベータテスト時代にも裏路地で危ない物を売り捌く連中がいたなぁ……それで確かアイツもハズレ物を買わされて泣いてたっけ)


ヴァズールは昔の思い出に浸りながらも路地裏へと駆け出し、先程の職人との会話の中に出てきた店を目指した。


路地裏はベータテストの時よりもかなり治安が悪くなっているのか、不穏な空気が漂っていた。


『おぉっと、坊っちゃんも奴隷探しにここに来たのかぁぃ?』


後から声をかけられ、ヴァズールが慌てて振り返ったすぐ後ろにいたのは燕尾服に蝶ネクタイを付けた怪しげな雰囲気の男だった。


「確かに奴隷は売ってるんだね?」


『勿論ですとも、まぁ……オーナーがいる場所にはお連れできませんが』


「分かりました……では、入らせてもらいます」


『ごゆっくりと堪能くださいませ……』


(この男、明らかに人間じゃない……それにさっきの発言も引っかかるな)


謎の男に案内され、ヴァズールは監獄にも見える奴隷販売店へと足を踏み入れた。


店の中は屎尿は勿論、腐敗臭がしておりとても店と言うには違和感しか感じられない様子だった。


『ッククク……お客様、やけにお顔が怖くなってますねぇ』


「どうして店の奥には進ませてもらえないんですか?それとも……あの扉の向こうに何か隠しているんですか?」


ヴァズールは男に詰め寄り一睨みして質問した。


『やはり貴方の様な強大な魔力をお持ちになられるお客様は厄介ですねぇ……私は別に通しても構いませんが、平然としていられるのも今のうちでしょう』


「なら……今すぐに通せ!もしここで奴隷商売よりも卑劣な行為をしているという事が明るみになればお前達の居場所は無くなるぞ!」


『命知らずですねぇ……では改めて、ごゆっくり』


男はそう言うと部屋の奥にある南京錠の付いた思い鉄の扉を開け、ヴァズールを中に入れて再び閉め、鍵をかけた。


扉の先は短めの通路とその突き当りに扉があるという空間になっていたが、周囲には紫色の煙が充満していた。


(この色の煙……煙じゃない!これはベータテストで試験実装された〈降魔の御香〉が焚かれている証拠だ……って事はこの先で行われてることって……!?)


何か良からぬことを察したのか、ヴァズールはひたすら道をまっすぐ駆け抜け、奥の扉を勢いよく開けた。


その先で彼が目にしたのは、ゴブリン族の青年が鎖で縛り付けたエルフらしき少女を部屋の中央に無理矢理座らせ、何かの儀式を始めようとしていた所だった。


「そこで何をしてるんですか、貴方は!」


『ほお……珍客が来たと思ったら、まさか俺様の人形を買い取りかい?』


「奴隷ならば普通は檻に入れておくらしいじゃないか……どうしてその子はこの部屋にいるんた!そしてどうしてその御香を焚いた!?」


『ハンッ、そこまで自分で聞いておいて分かんねぇのか?これから魔獣を召喚するのさ、この小娘の命と引き換えになぁ!奴隷は道具……使いようによってその有り方を大きく変えるのさ!お前も魔族ならば分かるだろう?』


ゴブリンの青年の一言にヴァズールは背筋が凍ったのと同時に一瞬にして怒りが込み上げてきた。


「仮に僕が魔族だとしても奴隷は好まない!彼女が何処から連れ去られ、こうなったかは知らない……けど、奴隷なんてものは決して扱われてはならない物のはずだ!彼女は奴隷だったとしても道具なんかじゃない!」


ヴァズールの怒りに呼応するかのように彼の周りに青い雷が走った。


『ガハハハ……よぉし分かった、俺と戦え。勝てばコイツを譲ってやろう。負ければお前も生贄にしてやる……どうだ、その怒りの矛先を向けるにはちょうどいいたぁ思わねぇか?』


「お前みたいな命を軽く見る輩に僕は屈しない……彼女は必ず僕が助け出す!」


両者はそれぞれ武器を取り出し、構えた。

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