私の「好意」
月並みな言葉で簡単に表現してしまえば「大変」だったあかねの人生。しかし「大変だったね」なんて無神経に言えるような話ではなかった。
ちっぽけな相棒を抱いて毎日のように「死」を願っていた自分が恥ずかしくなった。
あかねが若くして人生の幕を下ろしたのは、決して彼女の弱さが原因ではないだろう。むしろ彼女は強かったと私は思う。いろいろなことが重なりすぎたのだ。悪い出来事と良い出会いを繰り返し、希望が見えたと思ったらまたすぐに翳った。
「生きて欲しい」と言われて断れるはずがなかったし、断る理由もなかった。
私が生き続けることで、この寂しい幽霊の女の子が少しでも元気でいられるのなら、生きてみようと思う。少しでも私に存在価値があるのなら、それを無下にはしたくなかった。
あかねはそんなことは一切口にしなかったが、もしかしたら佐久間という人と私にはどこか似通った部分があるのかもしれない。心のどこかで佐久間と私を重ねてしまっているのかもしれない。
それでも構わないと思った。「第二の佐久間」のような認識をされていたとしても、一向に構わない。
あかねは初めて、明確に私を必要としてくれた存在だ。それに応えようと決めた。
「柘柚さん、これが前に言ってたチェキ」
差し出されたチェキを受け取った。緑色の文字でサインが記されている。独特な字体でよみにくいが、葉桜と読み取れた。
「その子の名前、書いてある?」
葉桜だって、と私は答えた。本名ではないのだろうけれど、良い名前だなぁと思った。あかねはそっかぁ、葉桜さんかぁ。名前を呼びたかったなぁと悲しげに呟いた。
チェキには撮影日らしき日付も記されていた。今から二十数年前の日付だった。
急に、あかねの存在を遠く感じた。
あかねは葉桜に何も言えなかったことを悔やんでいた。せめて一言お礼を言いたかったと。
葉桜との出会いはほんの数時間にすぎなかったが、あかねにとって大切なものだったのだろう。
「佐久間さんも葉桜さんもとても良い人だったし、大好きだった。だけど今は柘柚さんが一番好き」
そう言ってあかねは、私の手を自身の両手で包んだ。だから生きてね、と言葉を添えて。
私は彼女の目を見て頷いた。
もう、私の目の前に「死」という選択肢は存在しない。願う必要もないのだ。
ただあかねだけを信じようと決めた。
彼女が私を好いてくれていることはよくわかった。だけれども、私は自分の気持ちがわからない。
私はあかねのことをどう思っているのだろう。
彼女のことは人間として好きだ。それは明確にわかる。だけれど、恋愛としてどうかと問われると途端にわからなくなってしまう。
私が持つ彼女への好意は、単に人間としてではなく、恋愛にも繋がる好意なのか。
私にはそのことが明確でなく、あかねに申し訳なく思うのだ。
毎日「好き」と伝えてくれる彼女に、私は答えることができない。
ただ、ありがとうと返す。
こんな私を好いてくれてありがとう、と。
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