あかねの話  3

 喫茶店であかねが相席した女性ー佐久間桃理さくまとうりは、あかねが置かれている状況を知った。

「あかねちゃんはこの後どうするつもりなの?」

 東京は初めて?何しに来たの?という言葉につられて、あかねはうっかり一切の身の上を打ち明けてしまっていた。

この後の予定は何も決まっていなかったが、本当のことを言ったら佐久間さんに心配をかけてしまう、と思いあかねは嘘を吐くことにした。

「今日のところはホテルを取ってあるので、そこでじっくり先のことを考えます」

 上手く言えただろうか。意識して嘘を吐くのは難しい。あかねはそう感じた。ずきりと胸が痛んだ。

「……そうなんだ。でも本当に大丈夫?」

 佐久間は尚も、あかねの身を案じた。その優しさに甘えたくなるのを、あかねはぐっと堪えた。大丈夫ですからと笑って、佐久間が切り分けてくれたパンケーキを口に入れた。

 上に乗ったクリームが甘くべたべたしていて、気持ち悪かった。


「佐久間さん。いろいろありがとうございました。話を聴いてもらえて嬉しかったです」

 喫茶店を出て、あかねは佐久間に言った。

佐久間はやはりあかねを心配している様子で、何と声をかけるべきか迷っていた。

「……元気でね」

 長い沈黙の後にそれだけを言って、微笑んで軽く手を振った。あかねもそれにこたえた。

 二人はお互いに反対方向に歩き出した。

 とても優しい人だったなぁと、あかねは佐久間を振り返った。どんな土地にも優しい人、意地悪な人がいる。自分が元々住んでいた土地で優しい人に会えなかったのは、巡り合わせが悪かったからなのかな、と彼女は思った。

 どこへ行こうというてもなく、気が向いた方へふらふら歩いた。何かできそうな仕事がないかと考えながら。

 もう軽く二時間は歩いただろうか。疲労の色が見え始めてきたあかねのすぐ前方に、丈の短いエプロンドレスを着た少女が立っていた。

 明るい茶色の髪は二房に分けて低い位置で結わえてあり、丁寧に編み込まれていた。エプロンドレスにはフリルやリボンがあしらわれていて可愛らしい。

「メイド喫茶ホワイトでーす!ご主人様、お嬢様のご帰宅をお待ちしておりまーす!」

 少女は手に小さな看板を持っていて、可愛らしい声で呼び込みをしている。あかねは通りすぎるときにその看板を見てみた。

 見たところで内容をすぐに読むことはできないが、端のほうに印刷された女の子のイラストが可愛くて、何となく気持ちが軽くなった。

 メイド喫茶はあかねの地元には無かったので、何となく別世界だなぁと彼女は感じた。

 ゆっくりと歩きながら立ち並ぶ高い建物を眺めていると、先ほどの少女が声をかけてきた。

「お嬢様、一度ご帰宅されてみませんか?すぐ近くにありますので!」

 にこにこ笑って、少女は言った。その笑顔が眩しくて、あかねは頷いてしまった。


 「お嬢様のご帰宅でーす」

 さきほどの少女が扉を開けて声を上げた。あちこちから、お帰りなさいませお嬢様という言葉が聞こえてきた。あかねは恐縮した。

 席に着いてメニュー表を渡された。しかし読めないので、なるべく高くなくておすすめのメニューでお願いしますと言ってメイドに任せた。

 ドリンクと小さめのオムライスが運ばれてきて、最後にメイドが美味しくなる魔法、というのを施した。

 これならできるかもしれない、とあかねは思った。客引きと接客なら、自分にもできるかもしれないと。

 バイトの募集はしているだろうか、と考えていると先ほどのメイドがやってきて、チェキをとりましょうと言った。

 控えめにポーズをとって、メイドの横で小さく笑った。

 カラーペンでチェキにお絵かきしているメイドに、あかねは尋ねた。

「バイト、募集してますか?」

「あ、随時募集中ですよー。実は私もつい二週間前に入ったばかりで……」

「今日、面接とか出来ますか?」

「大丈夫だと思いますよ。待っててください。店長に訊いてみますね」

 完成したチェキをあかねに渡して、新人メイドは店の奥に消えた。

 もっと笑えば良かったかも、と渡されたチェキを見てあかねは思った。緑色のペンで文字のようなものが書かれていた。多分サインなのだろう。解読できないことを、彼女はひどく残念に思った。

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