あかねの話 2
東京に着くまで、やはりあかねは苦労した。駅員に何度もホームの場所を訊いた。わからないことしかなかった。
切符を買うのも困難な彼女にとって交通ICカードはとても便利だった。これがあればどこへでも行けるのではないかと、羽が生えた気分だった。
しかし羽が生えたところで、行きたいところも行くべきところもわからなかった。
取り敢えず東京駅で降りたものの、次の行き先を決めていなかった。駅を出て何となくな感じで適当に歩いた。周りの景色は高層ビルばかりで恐ろしかった。
高層ビルの恐ろしさで、人間への恐れが少し和らいだ。東京の人は皆、忙しそうに早足ですれ違い、また追い抜いていった。あかねのことなど、もとより気にも留めていなかった。
通り過ぎようとした喫茶店があまりにおしゃれで、彼女は衝動的にその店に入った。
時間帯だからか、それともいつも通りかわからないが、店内はそれなりに混雑していた。東京という土地柄もあるのだろう。
店員はすまなそうに、カウンターは全て埋まっておりまして、と頭を下げた。空いているのは二人用の席が一つらしい。
二人用を一人で使うのは申し訳ない、と思いあかねが店を出ようとしたとき、いきなり後ろから
「私と相席で。案内してください」
凛とした女の人の声が飛んだ。
あかねはばっと振り向いてしまった。いつからいたのだろうか。女の人は気付いて、微笑んだ。
店員が案内した二人用の席に、二人は腰を下ろした。
「…ありがとうございます。相席していただいて」
まずはお礼を、とあかねは軽く頭を下げた。
「いいのいいの。お互い様でしょ。こちらこそ、ありがとうね」
女の人は快活に笑った。
メニュー表を見ることなく、私はもう決まってるからと言ってあかねに差し出した。
あ、と彼女はそこで気付いた。メニュー表の文字も読めないのに店に入ったことを後悔した。お姉さんになんて説明しよう、と言葉を探した。
「……私、あの、文字が読めなくて…」
「そうなの?じゃあ私が読むよ」
え?とあかねが顔を上げたときには、女性はもうメニュー表を読み始めていた。
アメリカンコーヒー、カプチーノ、カフェオーレ……
丁寧に全ての商品名を読み上げた女性は、どう?決まった?とあかねに声を掛けた。
「今、少し悩んでいて……」
「どれとどれ?」
「パンケーキとプリンアラモード、です」
「両方頼めば良いんじゃない?」
「でも、お金が……」
商品はどれも思っていたよりも値が張っていた。この先どれくらい出費が重なるかは皆目検討がつかないので、あまり目立った無駄遣いはしたくなかった。
「お金は私が半分出すよ。だから半分こにしよう」
それでもいい?と女性は訊いた。
「全然、構わないです。お姉さんはそれでもいいんですか?迷惑じゃないですか?」
あかねはこんなに優しい人には会ったことがなかったので、素直に信じることができなかった。しかし悪い人ではないだろうと明確に感じていた。
「迷惑だったら、こんな提案してないよ。他に何か頼むもの、ある?」
あかねは小さく、カフェラテと答えた。
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